表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

第25話 医療

王女が目覚めてから三日後。


離宮の中庭は静かだった。


王都では神殿の件で騒ぎになっているが、ここは別世界のように落ち着いている。


俺は椅子に座り、自分の手を見ていた。


回復魔法。


この世界では存在しないはずの力。


それを、俺は使える。


「あなたという人は」


声がした。


顔を上げる。


そこに立っていたのはエレインだった。


陽の光を受けた長い髪が揺れる。


整った顔立ち。


凛とした目。


軍人らしい鋭さの中に、どこか柔らかさもある。


美しい、と思った。


そして自分で少し驚く。


俺はそんなことを考える人間ではなかったはずだ。


「本当にすごい」


エレインが言った。


俺は苦笑する。


「そうですか」


「ええ」


エレインは腕を組む。


その仕草も様になっている。


「毒を見抜き、治療し、神殿を崩した」


一拍置いて言う。


「普通の人間ではありません」


沈黙。


風が中庭を通り抜ける。


エレインがふとこちらを見る。


視線が合う。


なぜか、少しだけ気まずい。


俺は視線を外した。


少しして、口を開く。


「……普通ではないのは」


エレインが眉を上げる。


「自覚はあるのですね」


俺は言う。


「実は前世があります」


沈黙。


エレインの表情が止まった。


「……前世」


「ええ」


俺は続ける。


「この世界ではない場所です。もっと文明が発達していて、医学が体系化されている世界」


エレインは黙って聞いている。


俺は言った。


「俺はそこで、外科医でした。医者というやつです」


風が中庭を通り抜ける。


エレインはしばらく黙っていた。


やがて小さく息を吐く。


「なるほど」


意外にも落ち着いていた。


「だからですか」


「ええ」


俺は頷く。


「骨、神経、血管、臓器、それを理解している。それを回復魔法に使っている」


エレインが言う。


「つまり、あなたの魔法は医学と魔法の融合」


「そうです」


俺は言った。


「だからこの世界では再現できない」


沈黙。


エレインは言う。


「……面白い」


その目は少し楽しそうだった。


「あなたはこの世界の医療を変えるかもしれません」


「今まで黙っていてすいません。あなただけには言った方がいい気がしたんです......」


その時だった。


足音が聞こえる。


王子だった。


「少し話がある」



神殿。


王都最大の建物だった。


白い石で造られた巨大な建築。


だが中に入った瞬間、違和感があった。


祈祷室。


献金箱。


祈祷待ちの列。


俺は言った。


「……これが医療ですか」


神官が答える。


「はい……」


俺は列を見る。


老人。


子供。


怪我人。


神殿の腐敗の話を聞いてなお、皆、祈りを待っている。ここにしか頼るところがないからだ。


だが、治療は行われていない。


「薬は」


神官が答える。


「神の加護です」


俺はため息を吐いた。


「なるほど」


エレインが言う。


「想像以上ですね」


王子は俺を見る。


「変えられるか」


俺は答えた。


「変えます」



その日の午後。


神殿は完全に変わった。


俺は神官たちを集めた。


「まず」


俺は言う。


「祈祷室は閉鎖します」


神官たちがざわめく。


俺は続ける。


「代わりに、診察室を作る」


神官が言う。


「診察?」


俺は答える。


「患者を見る場所です」


そして命じる。


「患者を連れてきてください」


最初の患者は老人だった。


腕の骨折。


祈祷を受けていたが、まったく治っていない。


俺は言う。


「骨折ですね」


神官たちがざわめく。


俺は続ける。


「折れている骨を元の位置に戻す。それから固定する。順番を間違えると、治っても使えない腕になります」


骨を整復する。


そして回復魔法。


数分後。


老人が腕を動かした。


「……動く」


神官たちが息を呑む。


俺は言う。


「これが治療です」


沈黙。


次の患者。


高熱の子供。


診察。


回復魔法により、水分補給と解熱。


母親が泣き出す。


「ありがとうございます」


神官たちは言葉を失っていた。


エレインが小さく笑う。


「……すごいですね」


王子は静かに言う。


「これが医療か」


俺は神官たちを見る。


まだ誰も動けないでいた。


だから、はっきりと言った。


「これからは私が治療にあたります」


沈黙。


神官たちの視線が集まる。


俺は続ける。


「そして皆さんにも、この診療の方法を伝えます。祈るだけでは、人は救えません」


一拍。


「治療するんです」


神殿の空気が変わった。


祈りではなく。


治療で人を救う。


神殿は変わる。


祈りの場所から。


治療の場所へ。


この世界の医療は、


いま、


始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ