第20話 毒
神殿前広場は、完全に静まり返っていた。
神官。
兵士。
貴族。
市民。
誰もが、階段の前に立つ二人を見ている。
神官長。
そして、俺。
神官長が静かに言った。
「懐かしいですね」
落ち着いた声だった。
「見習い、私のことを覚えていますか」
広場にざわめきが広がる。
俺は答えた。
「覚えていますよ」
神官長は小さく笑う。
「まだ、祈祷なしで人が救えると考えているのですか」
広場の神官たちが頷く。
俺は言う。
「はい」
一歩前へ出る。
「王女の病は呪いではない」
神官長は聞く。
「では何だと」
俺は答えた。
「毒です」
広場がざわめく。
神官長は静かに笑う。
「毒、王族に毒を盛ったと?」
俺は布袋を取り出す。
階段の石の上に置き、中身を出す。
乾燥した草。
灰紋草だった。
神官たちの顔色が変わる。
俺は言う。
「神殿の薬室から見つかった」
神官長は表情を変えない。
「ただの薬草です」
俺は続けた。
「灰紋草は神経毒です。少量なら死なない。ですが、毎日摂取すれば衰弱する」
広場の空気が変わる。
俺は書類を取り出す。
調薬記録。
王女の名前。
そして灰紋草。
王子が言う。
「神殿の薬室から押収した」
広場のざわめきが大きくなる。
神官長は書類を見る。
沈黙。
やがて言う。
「偽物です」
広場がどよめく。
神官長は続けた。
「神殿を陥れるための捏造でしょう」
その時だった。
「違う!」
声が響いた。
神官の一人だった。
群衆の中から、一人の神官が前へ出る。
神官長が視線を向ける。
男は震える声で言った。
「その記録……本物です」
広場が凍りつく。
男は続ける。
「薬室の調薬記録です。王女の滋養薬に灰紋草が混ぜられていました」
神官たちがざわめく。
神官長の目が細くなる。
「……誰だ」
静かな声だった、よほど近くにいなければ聞き取れないほど。
その瞬間。
男が小さく笑うと、神官たちの中に紛れて見つけられなくなった。
人びとの注目がまた神官長に戻る。
広場がどよめく。
神官長の目が細くなる。
俺は言う。
「呪いではない」
灰紋草を持ち上げる。
「毒です」
広場の視線が集まる。
俺は続けた。
「祈りでは治らない」
一歩前へ出る。
「ですが、治療なら治る」
神官長の表情が、わずかに揺れた。
俺は言う。
「王女は回復しています」
群衆がざわめく。
「神の奇跡ではありません」
静かに言う。
「医学です」
沈黙。
王子が前へ出た。
その声は広場に響いた。
「神官長」
王子の目は冷たかった。
「説明してもらおう」
神官長は黙っていた。
広場のすべての視線が、男に集まる。
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いつのまにかエレインの隣にいたルカは肩をすくめる。
「神官の変装、楽勝でしたよ」
それを聞き、エレインはわずかに微笑んだ。
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祈りと医学。
神殿と王族。
その力関係がいま、音を立てて崩れ始めていた。




