第17話 神殿の異変
翌朝。
神殿の薬室は、いつも通りの静けさに包まれていた。
神官たちは祈祷の準備を進め、薬師たちは薬草の整理をしている。
何も変わらない朝。
……のはずだった。
一人の神官が、棚の前で手を止めた。
「……おかしい」
袋を持ち上げる。灰紋草。
だが、量が減っている。
ほんのわずか、だが、神殿で薬草を扱う者なら分かる程度には。
神官は眉をひそめた。
「誰か触りましたか」
近くの神官が首を振る。
「いいえ」
空気が、わずかに変わった。
⸻
神殿の奥。
神官長の執務室。
重い扉が開く。
神官長は静かに部屋へ入った。
机の前に立つ。
書類。
祈祷具。
そして――
灰紋草の箱。
男の手が止まる。
蓋を開ける。
中を見た。
沈黙。
数秒後。
神官長は小さく息を吐いた。
「なるほど」
声は落ち着いていた。
怒りも焦りもない。
ただ、理解したような声だった。
机の書類をめくる。
調薬記録。
数枚が消えている。
「侵入者か」
独り言のように呟く。
しばらく考える。
そして、静かに笑った。
「面白い」
⸻
数刻後。
神殿の会議室。
神官が数名集められていた。
神官長は机の前に立っている。
「薬室に侵入がありました」
神官たちがざわめく。
「侵入者だと?」
「神殿に?」
神官長は続ける。
「灰紋草が持ち出されています」
沈黙。
一人の神官が言う。
「盗賊でしょうか」
神官長は首を振った。
「違う、目的が明確すぎる」
部屋が静まる。
神官長は言う。
「灰紋草の存在を知っている者、しかも薬室の場所を知っている」
神官たちは顔を見合わせた。
神官長は続ける。
「つまり」
「内部事情を知る者です」
一人の神官が言う。
「ですが、なぜ灰紋草を」
神官長は答えた。
「王女です」
空気が凍る。
神官長は静かに言う。
「王女の件を調べている者がいる」
神官たちは黙った。
やがて一人が聞く。
「誰でしょう」
神官長は少し考える。
そして言った。
「二つ可能性がある」
指を二本立てる。
「王族、もしくは」
一拍。
「近頃、医者と名乗り治療を行う者が街にいると聞いています。」
その言葉に、数人が顔を上げた。
神官長は静かに続ける。
「王女の病を、呪いではなく毒と考える者、そんな者がいるとすれば」
そこで、男の目が細くなる。
「……一人だけ」
神官長の脳裏にも、ある男の顔が浮かんでいた。
神殿の広間。
数週前。
「神の奇跡を否定する者は、この神殿には不要です。」
追放した男。
あの神官見習い。
「……まさか」
神官長は小さく笑った。
「面白い」
神官たちは困惑した顔をしている。
神官長は言った。
「調べなさい、王女の周囲を。そして、、」
その声は静かだった。
「医者と名乗る者を」
⸻
その頃。
離宮では。
王女の治療が続いていた。
王子が言う。
「神殿はまだ動かないな」
俺は答える。
「証拠が表に出ていませんから」
エレインが言う。
「ですが、時間の問題でしょう」
ルカが笑った。
「もう気づいているかもしれません」
俺は王女を見る。
呼吸は安定している。
毒も、かなり抜けてきている。
だが。
この静けさは長く続かない。
神殿は必ず動く。
そして。
その時。
神官長はきっと気づくだろう。
この国に、
祈りではなく
治療で人を救う者がいることに。




