第14話 影の男
エレインが、静かに扉へ視線を向けた。
指先が、わずかに動く。
合図だった。
扉が音もなく開く。
入ってきたのは、一人の青年。
年は二十前後。
整った顔立ち。
柔らかな笑み。
だが、足音がまったくしない。
部屋に入るまで、気配すらなかった。
王子の視線が鋭くなる。
エレインが言った。
「ルカ、私の部下です」
青年は軽く頭を下げた。
その動きも無駄がない。
俺は、その立ち方を見る。
重心が低い。
訓練された体だ。
ルカは机の瓶を手に取る。
液体を軽く揺らす。
匂いを確かめた。
「灰紋草ですね」
王子が眉を上げる。
「分かるのか」
ルカは肩をすくめた。
「潜入任務では毒も扱います、知らないと死ぬので」
軽い口調だった。
だが、嘘はない。
エレインが言う。
「神殿の薬室。調べて」
ルカは迷いなく頷いた。
「了解」
瓶を机に戻す。
「夜なら入れます。裏庭から薬室の窓に届く」
王子が聞く。
「警備は二人、神官と衛兵がいる」
ルカは淡々と答える。
「問題ありません」
エレインはそれ以上聞かなかった。
完全に信頼しているのだろう。
ルカは扉へ向かう。
途中で、ふとこちらを見る。
「王女を治したのは、あなたですね」
「ええ」
ルカは小さく笑った。
「そうですか」
扉を開く。
そして言った。
「じゃあ、少し神殿を散歩してきます」
青年は、次の瞬間には廊下に消えていた。
王子が小さく息を吐く。
「……見た目より、危ない男だな」
エレインが短く答える。
「優秀です」
俺は机の瓶を見る。
灰紋草。
祈り。
滋養薬。
そして毒。
今夜。
神殿の奥にあるものが、少しだけ見えるかもしれない。




