表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/31

第11話 動き出す者たち

離宮の部屋は、静かだった。


 寝台の上で、王女はまだ眠っている。

 呼吸は深く、脈は安定していた。


 黒ずんだ斑紋は、完全には消えていない。

 だが、確実に薄れている。


「……妹は」


 王子が、声を落として言った。


「本当に、助かるのか」


「助かります」


 俺は短く答えた。


「ただし、毒の影響は残っています。回復には時間が必要です。」


 王子は、小さく息を吐いた。


 肩から力が抜けるのが見えた。



 王女の指が、わずかに動いた。


 王子が、反射的に寝台へ近づく。


「……大丈夫だ」


 囁くような声。


 王女は目を開け、ぼんやりと天井を見た。


「……にい、さま……?」


 掠れた声だった。


 王子の表情が、崩れる。


「起きなくていい」

「今は眠れ」


 王女は、視線を動かし、俺の存在に気づいたようだった。


 だが、言葉は続かない。

 まぶたが落ちる。


 その瞬間だけ、

 王子の手を握り返した。


「……っ」


 王子は、その小さな力を確かめるように握り返し、

 静かに頭を下げた。


 それは誰に対してでもない。

 ただ、生きていることへの安堵だった。



 王子は、俺とエレインを別室へ通した。


 机の上には、書類も印章もない。

 王族の執務室ではなく、ただの部屋だ。


「改めて礼を言いたいところだが」


 王子は、まっすぐこちらを見る。


「礼は後にする。今は、頼みがある」


 俺は頷いた。


「言ってください」


「妹の件は、当面“呪いの悪化が止まった”として扱う。神殿にも、王宮にも詳しいことは知らせない」


 エレインの眉が、わずかに動く。


「隠す、ということですか」


「隠す」


 王子は即答した。


「灰紋草が原因だと知られれば。誰が、どこから入れたかという話になる。」


 言外に、王宮の闇が滲む。


「今ここで騒げば、妹が危険になる。だから、静かに動く。」


 王子は一拍置いて言った。


「あなたには、しばらく王女の経過を見てほしい。できる限りで構わない。だが、私にはあなたが必要だ」


 俺は短く答えた。


「分かりました」


 王子は、初めて目を細めた


「ありがとう」


 それは王族の言葉ではなかった。

 兄の声だった。



 離宮を出る廊下で、エレインが低く言った。


「王族が動くと、国が動きます」


「ええ」


「でも、まだ表には出さない。賢い判断です」


 俺は少し考えた。


「なぜ、そこまで隠す必要がある」


「簡単です」


 エレインは淡々と答える。


「“祈りが必要ない”と知れた瞬間。神殿の権威が揺らぐから。」


 窓の外に、王都の街並みが見える。


「人々は祈りで救われていると思っている」

「正確には、“祈りを買っている”のに」


 そう言って、言葉を切った。


「でも、当たり前はそう簡単に変わりません」

「変わるときは、静かに崩れます」


 今の状況が、まさにそれだ。



 一方、神殿では。


 白い石の回廊を、二人の神官が早足で歩いていた。


「王女殿下の容体が、落ち着いたそうです」


「祈祷は?」


「追加の祈祷は、行われていないとのことです」


 上位神官が、足を止める。


「……妙だな」


 短い沈黙。


「祈りなしに、回復する病があるというのか」


 その言葉は、疑問ではなく、拒絶に近かった。


「確認しろ、王宮の医官の動きも、そして……フォルツァ家の周囲。」


 若い神官が、反射的に頷く。


「承知しました」


 上位神官は、視線を細めた。


「“偶然”ではない。この違和感は、必ず原因がある」



 離宮から戻る馬車の中で、俺は自分の手を見た。


 治した。

 ただ、それだけだ。


 毒が原因なら、抜く。

 壊れたものは、戻す。


 いつも通り。


 それなのに。


 王族が動き、

 神殿が違和感を覚え、

 世界が少しずつ形を変え始めている。


 エレインが静かに言った。


「あなたは、もう街の噂では済みません」


 俺は答えなかった。


 次に必要になる治療は、

 きっともっと重い。


 そしてそのとき、

 祈りの世界は、さらに揺れる。


 ――それでも。


 命に大小はない。

 やることは変わらない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ