第10話 王族の重症治療
案内された先は、王都の一角にある離宮だった。
王城ほどの豪奢さはない。
だが、警備の密度がまるで違う。
通された廊下の随所に、訓練された兵の気配がある。
先導していた若い男が、扉の前で足を止めた。
――この国の王子。
王位継承権を持つ、直系の王族であった。
「ここから先は、王族の私的な居室になる」
王子は、静かに言った。
「立場は関係ない。
今はただ、兄として話したい」
そう言って、扉を開ける。
⸻
寝台に横たわっていたのは、少女だった。
年は、まだ若い。
顔色は悪く、呼吸は浅い。
白い肌には、黒ずんだ斑紋が浮かび、
時折、指先が小さく痙攣する。
「……私の妹だ」
王子は、視線を外さずに言った。
「王族として公の場に出ることは少ないが」
「間違いなく、この国の王女だ」
声は落ち着いている。
だが、その奥に焦りが滲んでいた。
「数か月前から、体調を崩した」
「神殿では、“強い呪いに侵されている”と」
祈祷。
供物。
特別な儀式。
できることは、すべて試した。
「……これ以上は、神の領域だと告げられた」
俺は、少女のそばに立ち、注意深く観察する。
皮膚の変色。
不規則な脈。
周期的な痙攣。
そして、かすかに残る――
苦味を帯びた薬草の匂い。
「……呪いではありません」
その一言で、部屋の空気が凍りついた。
「毒です」
王子が、はっと顔を上げる。
「毒……?」
「灰紋草由来の慢性毒です。この国では、鎮静や滋養目的で使われる薬草ですね」
俺は、淡々と続けた。
「ただし、少量でも長期間摂取すれば、神経と内臓を、確実に蝕む」
「皮膚に斑紋が出る、痙攣を起こす、進行が遅い。……呪いと誤認されやすい」
王子の拳が、強く握られた。
「なぜ、神殿は……」
「祈祷では、毒は抜けません。原因が体の中に残っている限り、治らない」
「助かるのか」
一拍置いて、正直に答えた。
「……今なら。ただし、時間はありません」
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【対象:灰紋草慢性中毒】
【致死リスク:極高】
【対応:毒素分離・神経修復・臓器機能回復】
これまでで、最も重い症例だ。
だが――
やることは同じ。
「いつも通り、やることをやるだけです」
体内の流れを“見る”。
本来、存在してはならない成分。
それが、血とともに巡っている。
一気に抜けば、体が耐えない。
順番を誤れば、即死だ。
だから――
少しずつ、確実に。
時間が、静かに流れた。
⸻
やがて。
少女の呼吸が、深くなる。
痙攣が止まり、
黒ずんだ斑紋が、わずかに薄れていく。
「……っ」
小さく、喉が鳴った。
「峠は越えました。今は眠っています」
その瞬間。
王子は、膝をついた。
王族としてではない。
ただの兄として。
「……ありがとう」
声が、震えていた。
「妹を……。この国で、たった一人の兄妹を」
深く、深く頭を下げる。
「この恩は、必ず返す。王族として、あなたを守る」
俺は、首を横に振った。
「礼はいりません」
「治療をしただけです」
王子は、ゆっくりと顔を上げた。
「それができる者が、この国にどれほどいるか。……あなたは、特別だ」
その言葉は、重かった。
⸻
部屋を出たあと。
エレインが、低く言った。
「灰紋草……」
「王族の食事に混ざっていれば、気づきませんね」
「ええ」
「事故とは、考えにくい」
俺は、頷いた。
「……でしょうね」
この日。
一人の王女は救われ、
一人の王子は、主人公を後ろ盾に選んだ。
同時に――
神殿が“呪い”と呼んできたものの正体が、初めて暴かれた。
それが意味するものを、
まだ誰も正確には理解していない。
だが確実に、
この国の“常識”は、静かに崩れ始めていた。




