第9話 治るという事実
それから数日。
フォルツァ家の屋敷の裏口には、いつの間にか人が集まるようになっていた。
私兵。
使用人。
街の職人。
誰も大声では話さない。
ただ、順番を守って待っている。
「……次の方、どうぞ」
一人の男が前に出た。
「荷運び中に、腰をやりまして、神殿では“歳のせいだ”と言われました」
俺は、背中に手を当てる。
痛みの位置。
動かしたときの反応。
筋肉の張り。
「筋を痛めています」
「……それだけで?」
「はい。骨ではありません」
男は、ほっと息を吐いた。
「治りますか」
「ええ」
⸻
【対象:腰部筋損傷】
【致死リスク:低】
【対応:筋繊維修復・炎症抑制】
最小限の魔力を通す。
数十秒後。
「……立ってみてください」
男は、恐る恐る腰を伸ばした。
「……あ」
驚きに変わる声。
「動く」
「さっきまで、曲げるだけで痛かったのに」
「今日は重い物を持たないでください」
「三日もすれば、元に戻ります」
「……ありがとうございます」
男は、深く頭を下げて去っていった。
⸻
次に来たのは、若い女性だった。
「包丁で、指を切ってしまって……」
傷は浅いが、血が止まらない。
「縫うほどではありません」
そう告げて、傷口を合わせる。
「切れた皮膚を、元の位置に戻す。それだけです」
光が、ほんの一瞬だけ灯る。
「……もう、血が」
「はい。終わりです」
女性は、何度も指を動かし、目を見開いた。
「祈ってないのに……」
その言葉に、俺は答えなかった。
⸻
夕刻。
屋敷の前に、見慣れない馬車が止まった。
装飾は控えめだが、造りが違う。
護衛の立ち方も、明らかに訓練されている。
私兵たちが、ざわめいた。
「……王都の紋章だ」
馬車の扉が開く。
降りてきたのは、若い男だった。
背筋が伸び、視線に揺れがない。
だが、その態度は威圧的ではなかった。
「突然の訪問を、許してほしい」
男は、静かに頭を下げた。
「噂を聞いた。祈りではなく、治す者がいると」
試す目ではない。
すがる目でもない。
ただ、確かめる目だった。
「表に出ているのは、私だが……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「本当に診てほしいのは、別の者だ」
エレインが、俺の隣に立つ。
「王族です。ここから先は、失敗が許されません。」
屋敷の空気が、静かに張り詰めた。
俺は、一拍だけ置いて答えた。
「命に大小はありません。いつも通りです。」
それ以上の説明は、しなかった。
若い男――王族は、一瞬だけ目を伏せ、
それから、深く頭を下げた。
「……承知しました。それで、十分です。」
その言葉に、余計な力はなかった。
立場ではない。
命を預ける覚悟だけが、そこにあった。
「準備が整い次第、案内します」
男はそう言い、静かに馬車へ戻る。
扉が閉まる。
エレインが、俺を見る。
「ここから先は、失敗が許されません」
「分かっています」
俺は、そう答えた。
治せるかどうかではない。
治すしかない場面だ。
次に開く扉の向こうには、
王族の命が待っている。




