表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

第9話 治るという事実

それから数日。


 フォルツァ家の屋敷の裏口には、いつの間にか人が集まるようになっていた。


 私兵。

 使用人。

 街の職人。


 誰も大声では話さない。

 ただ、順番を守って待っている。


「……次の方、どうぞ」


 一人の男が前に出た。


「荷運び中に、腰をやりまして、神殿では“歳のせいだ”と言われました」


 俺は、背中に手を当てる。


 痛みの位置。

 動かしたときの反応。

 筋肉の張り。


「筋を痛めています」


「……それだけで?」


「はい。骨ではありません」


 男は、ほっと息を吐いた。


「治りますか」


「ええ」



【対象:腰部筋損傷】

【致死リスク:低】

【対応:筋繊維修復・炎症抑制】


 最小限の魔力を通す。


 数十秒後。


「……立ってみてください」


 男は、恐る恐る腰を伸ばした。


「……あ」


 驚きに変わる声。


「動く」

「さっきまで、曲げるだけで痛かったのに」


「今日は重い物を持たないでください」

「三日もすれば、元に戻ります」


「……ありがとうございます」


 男は、深く頭を下げて去っていった。



 次に来たのは、若い女性だった。


「包丁で、指を切ってしまって……」


 傷は浅いが、血が止まらない。


「縫うほどではありません」


 そう告げて、傷口を合わせる。


「切れた皮膚を、元の位置に戻す。それだけです」


 光が、ほんの一瞬だけ灯る。


「……もう、血が」


「はい。終わりです」


 女性は、何度も指を動かし、目を見開いた。


「祈ってないのに……」


 その言葉に、俺は答えなかった。



 夕刻。


 屋敷の前に、見慣れない馬車が止まった。


 装飾は控えめだが、造りが違う。

 護衛の立ち方も、明らかに訓練されている。


 私兵たちが、ざわめいた。


「……王都の紋章だ」


 馬車の扉が開く。


 降りてきたのは、若い男だった。

 背筋が伸び、視線に揺れがない。


 だが、その態度は威圧的ではなかった。


「突然の訪問を、許してほしい」


 男は、静かに頭を下げた。


「噂を聞いた。祈りではなく、治す者がいると」


 試す目ではない。

 すがる目でもない。


 ただ、確かめる目だった。


「表に出ているのは、私だが……」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「本当に診てほしいのは、別の者だ」


 エレインが、俺の隣に立つ。


「王族です。ここから先は、失敗が許されません。」


 屋敷の空気が、静かに張り詰めた。


 俺は、一拍だけ置いて答えた。


「命に大小はありません。いつも通りです。」


 それ以上の説明は、しなかった。


 若い男――王族は、一瞬だけ目を伏せ、

 それから、深く頭を下げた。


「……承知しました。それで、十分です。」


 その言葉に、余計な力はなかった。


 立場ではない。

 命を預ける覚悟だけが、そこにあった。


「準備が整い次第、案内します」


 男はそう言い、静かに馬車へ戻る。


 扉が閉まる。


 エレインが、俺を見る。


「ここから先は、失敗が許されません」


「分かっています」


 俺は、そう答えた。


 治せるかどうかではない。

 治すしかない場面だ。


 次に開く扉の向こうには、

 王族の命が待っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ