第0話 外科医として死ぬまで
はじめまして。
本作は「医療の概念がない異世界」に、
現代日本の外科医の知識が入り込んだら何が起きるかを軸にした物語です。
序盤はやや理不尽が続きますが、
その分、後でしっかり回収します。
外科医としての人生は、
報われたとは言い難かった。
大学病院。
過密な当直。
意味のない医局人事。
救った命の数より、
頭を下げた回数のほうが多かった気がする。
生まれは、貧しいシングルマザーの家庭だった。
勉強だけが、逃げ場だった。
努力はした。
結果も出した。
医師になった。
それでも、
顔が良いわけでもなく、
要領が良いわけでもなく、
気づけばいつも、輪の外にいた。
三十八歳。
独身。
恋人はいない。
それでも、手術だけは裏切らなかった。
切る。
止める。
繋ぐ。
目の前の身体は、嘘をつかない。
正しくやれば、正しく応えてくれる。
だから、好きだった。
その日も、緊急手術だった。
交通事故。
多発外傷。
時間との勝負。
「頼みます」
若い研修医が、震える声で言った。
「やるしかない」
そう答えて、メスを取った。
出血は制御できていた。
手順も、判断も、間違っていない。
――なのに。
胸の奥が、締めつけられた。
息が、吸えない。
視界が、白くなる。
「先生?」
呼ばれた気がした。
最後に見えたのは、
無影灯の光だった。
――ああ。
患者は、助かる。
それでいい。
もし次があるなら。
祈りじゃなく、
金でもなく、
ちゃんと“治せる”世界がいい。
そう思ったところで、
意識は途切れた。




