埋葬の日
車は夜の山へと上って行く。
途中までは民家もあったが、それを越えると大きな寺があり、その先は灯りも無い道になる。
「何か、薄気味悪いっすね……。やっぱり明日の昼に出直しません……」
ケンジはハンドルを握りながら兄貴分のタツに言う。
「お前は馬鹿か……。夜じゃないと人目に付くだろうが。だからわざわざこんな夜中に来てるんじゃないか……」
助手席でタバコを吹かすタツは、ケンジの頭を叩いた。
「でも、何か出ますよ……。こんな山の中……」
ケンジは肩を窄めながら言うとヘッドライトの照らす先を見つめる。
「黙って運転しろよ。何か出たって命までは取られやしねぇよ……」
「はい……。タツ兄ってやっぱ根性座ってますよね。尊敬します」
「うるせえ……」
タツはドリンクホルダーに置いた缶コーヒーをすする様に飲んだ。
「オヤジが二年も愛した姉御なんだ。ちゃんと葬ってやらないとな」
ケンジは顔を顰めてコクリと頷いた。
「オヤジも酷いですよね。新しい女が出来たからって簡単に姐御を……」
タツは缶コーヒーをドリンクホルダーに戻して、
「オヤジはああ見えてピュアなんだよ。二股掛けるとか異常に嫌う人だからな……。ほら、去年、組辞めたジロウって居ただろ。アイツは三人女が居てな。ジロウの家で鉢合わせしちまって、激怒した女が別の女を刺しちまったらしいんだ。まあ、刺したのは太ももだったらしいから命に別状はなかったんだけど、それを聞いたオヤジが怒ってな。お前は破門だって大変だったんだ」
そう言った。
「怖いっすね……。オヤジ、そんな怒るイメージ無いっすモンね……」
「ああ、俺ももうこの組に来て十年くらいになるけど、怒ったオヤジなんて見たの数える程だ」
車は山奥の真っ暗な道を進んで行く。
車がぶつかり折れ曲がった標識の傍にケンジは車を停める。
「この脇道に入れ……」
タツは細い道を指差した。
「はい……」
ケンジはゆっくりと舗装された道から外れ、更に山の奥深くに入って行く。
舗装されていない道はその車体を大きく揺らす。
「姐さんの身体に傷付けるなよ……」
「そんな事言われても」
車はその細い道で大きく車体を揺らしながら更に奥へと入って行く。
タツは車のトランクを気にしながら缶コーヒーをまた飲む。
「その奥に入ったところに少し広くなっている場所がある。其処に車を停めろ」
「はい……」
ヘッドライトが照らす視界は狭く、気を抜くと山の木に突っ込んでしまう。
ケンジは額に汗を流しながらハンドルを握った。
「そこだ」
タツの指差す場所にケンジは車を停めた。
「馬鹿、今から穴掘るんだよ。頭から突っ込んでライトで照らさないと何にも見えないだろうが」
タツはまたケンジの頭を叩いた。
「はい……」
ケンジは勢いよくバックして、木々の奥を照らす様に車を停めた。
「よし……。じゃあやるか……」
タツは後部座席に乱雑に乗せたスコップを確認してドアを開け外に出た。
それを見て、ケンジも外に出る。
「やっぱなんか居ますよ……。その辺に捨てて帰る訳にはいかないんすか」
タツはタバコを投げ捨てるとケンジの顔をじっと見る。
「お前、そんなに捕まりたいのか」
「まさか……。でも何か、やっぱり……」
タツは車のライトが照らす森の奥に下りて行く。
「ほら、行くぞ……」
タツの後をケンジは恐る恐るついて行く。
「もう少しライトの灯り下げれないのか……」
タツの声にケンジは車を見る。
「車体を少し前に出せば下がりそうっすけど、下手すりゃ車ごと崖の下に落ちちゃいますね」
ケンジは小声で言う。
それを聞いてタツは舌打ちした。
「トランクにLEDライトが入ってただろ。あれ持って来い」
「トランクって、姐御が乗ってるじゃないですか……。勘弁して下さいよ……」
「良いから早くしろ」
タツは足元にスコップを差す様にしてケンジのケツを蹴り上げた。
ケンジは嫌そうに車に戻るとトランクを開けて、大きなLEDライトを持って来た。
「姐御の身体、大丈夫だったか」
とタツはケンジに訊いた。
「あ、オヤジの家を出る時と同じ状態でしたよ……」
タツはその言葉に小さく頷く。
「そうか。だったらいい」
そう言って更に奥へと歩き出す。
「兄貴……。この辺じゃダメなんですか」
奥へ行けば良く程、車のヘッドライトの灯りは届かない。
「少し先まで行く」
「何でですか……」
ケンジはタツの後を必死で追いながら訊いた。
タツは足を止めるとケンジを見て溜息を吐く。
「良いか……。この場所は同業者が良く使う場所だ。そんな灯りの届く手短な場所には先客が埋まっている可能性が高い」
「先客……。先客って」
ケンジは今、歩いて来た場所を振り返る。
それを見てタツは微笑むと頷いた。
「ちなみにその木の裏にはオヤジの前の姐御が埋まっている。そっちの木の下には前の前の姐御が……。あの切り株の下には……」
「もうわかりましたよ」
とケンジは身体を震わせた。
それを見てタツは歯を見せて笑った。
タツは木々の隙間から見える空を見上げる。
「この辺りにするか……」
そう言うとスコップを勢いよく突き立てた。
すると思いの外スコップが地面にめり込んだ。
「此処はダメだな……」
ケンジはタツの横で目を丸くして訊いた。
「柔らかそうで良いじゃないですか。この辺り絶対固いですよ。木の根っことかありそうですし」
タツはポケットからタバコを出して咥えると火をつけた。
「じゃあお前、掘ってみるか……」
タツは傍にあった苔の生えた倒木に座った。
「はい……」
と首を傾げながらケンジは足元にLEDライトを置いて掘り始めた。
「絶対土が柔らかい場所の方が楽ですし……」
とブツブツ言いながら掘り始める。
タツはそのケンジを見ながら真っ暗な森の中に煙を吐いた。
「あ、あ、あああ……」
ケンジが声にならない音を発しながらタツの傍に這う様にしてやって来た。
「兄貴、兄貴……」
タツは歯を見せて笑うと、地面に這いつくばるケンジの襟を掴んで、
「だから言っただろう……。地面が柔らかい場所は最近先客が居たって事だ……。覚えとけ」
ケンジはその言葉に何度も何度も力強く頷く。
そしてタツはゆっくりとケンジが穴を掘っていた場所に行き、手を合わせた。
「おい、土を戻してやれ……」
と腰が抜けて座り込むケンジに声を掛けて、タツもスコップで埋まっていた仏様に土を掛けた。
ケンジも慌ててその場所に行くと、タツの横でその遺体に土を掛けて行く。
土を掛け終えると少し先に進み、タツとケンジは穴を掘り始めた。
誰も掘り返していない場所は硬く、穴を掘るのにも時間が掛かる。
大の男が二人で一時間以上も穴を掘るが、思った深さの半分も掘れて無かった。
「これくらいで良いんじゃないですか……」
ケンジは顔を泥だらけにしながら言う。
「あんまり浅いとな、野生動物に掘り返されてしまうんだ。姐御がイノシシに食われるの嫌だろう」
ケンジはコクリと頷いて、また穴を掘り始める。
タツもその横で同じ様に穴を掘った。
すると何か白いモノが出て来た。
それをケンジが拾ってじっと見ている。
「ああ、此処も先客が居たか……。しかしもう十年は経ってるな……」
タツはそう言うとケンジが手に持っている骨を手に取った。
「これ、何ですか……」
タツはニヤリと笑うと、その骨を穴の中に捨てる。
「骨だよ、骨……。この辺りはもう何処もかしこも仏さんばかりなんだろうよ……」
「え、ほ……、骨……」
ケンジは骨を拾った手をズボンで拭く。
「心配すんな。もう十年は経ってる。成仏してるよ」
タツは更に穴を掘って行く。
それを見てケンジもまた掘り始める。
二人は掘り始めてから二時間が過ぎた頃、倒木に座りタバコを吸っていた。
「しかし、何で俺たちなんですかね……。姐御を埋める役目……」
ケンジはタバコの煙を吐きながら呟く。
「まあ、任されたんだからしっかりとやんねぇとな……」
タツも狭い空を見上げて煙を吐いた。
「まあ、そうっすね……」
ケンジは自分たちの堀った穴を覗き込む。
「あとどれくらい掘ります……」
タツも穴を覗き込んで、
「あと三十センチくらいかな……」
と言い、タバコを足元に落として爪先で踏んだ。
「深くなる程、粘土みたいな土なんですね……」
「ああ、深い程硬くなるな……。人の関係と同じだな」
タツはケンジの肩を叩いて立ち上がる、そしてまた穴の中に下りた。
そして固い土を掘り始めた。
「オヤジの愛した姐御だ。俺たちがしっかりと埋めてやらないとな……」
ケンジが穴の中に下りて同じ様に掘り始める。
「俺、初めて姐さん見た時に、こんなに綺麗な人居るんだって思った事あるんすよね……」
ケンジは額に汗を流しながら言う。
「ほら、オヤジに寝室って俺と兄貴しか入れないじゃないっすか。みんなが聞くんすよね、姐御ってどんな人だって」
タツはニヤリと笑って、スコップを突き立てる。
気が付くと木々の隙間から見える空が少し明るくなってきていた。
「そろそろ良いか……」
タツは穴を出て、地面にスコップを突き立てた。
それを見て、ケンジも穴から出て来た。
タツはポケットからタバコを出して咥える。
そしてそのケンジにもタバコを差し出した。
ケンジは頭を下げて、タツのタバコを一本抜いて咥える。
ケンジはポケットからライターを出すとタツのタバコに火をつけ、そのまま自分のタバコにも火をつける。
二人は呼吸を合わせる様に同時に煙を吐いた。
「オヤジもあんな堅物じゃなければ、姐御を埋めに来たりしないで済んだのに……」
ケンジに言葉にタツはまた煙を吐く。
「そうだな……。オヤジくらいになれば、何人女が居ても良さそうだけどな……」
タツはケンジの股間を掴む。
ケンジは腰を引いてクスクスと笑った。
「さあ、じゃあ埋めてやるか……」
「はい……」
そう言うと二人は車まで歩く。
来た時よりも車までの距離は近く感じていた。
崖を上る様にして止めた車の傍に立つ。
ケンジは運転席のドアを開けるとトランクを開けるレバーを引いた。
ゆっくりとトランクは開き、二人はトランクの中で、ブルーシートに包まれた姐御を覗き込んだ。
二人は顔を見合わせて、そのブルーシートに包まれた姐御の身体を持ち上げた。
「案外重いっすね……」
「そうだな……」
二人は姐御の身体を一度地面に下ろして、トランクを閉めた。
そして再び持ち上げるとゆっくりと崖を下りて行った。
丁寧にそのブルーシートを掘った穴の所まで運ぶ。
そして穴の傍に下ろして、二人はそれを見下ろす様に見た。
「タツ兄って姐御埋めるの何回目っすか」
ケンジはタツに訊いた。
「四回目だな……。大体二年で姐御は入れ替わっている気がするな……」
ケンジは小さく頷く。
「二年っすか……。俺は彼女出来ても二年も続いた事ないですね……」
「ああ、俺もだ……」
そう言うと二人で声を出して笑った。
「さあ、ブルーシート外すぞ……」
そう言うとタツは腰に差したドスでブルーシートを縛った紐を切り、またそのドスを腰に戻した。
「ブルーシートごと埋めるんじゃないんすか……」
ケンジはタツに訊いた。
「ああ、ブルーシートのままだと土に還らん……。ブルーシートが残ってしまうんだ」
ケンジは納得したかの様に頷く。
「次はお前が誰か連れて此処に来る事になるだろうから、よく覚えとけよ」
タツはニヤリと笑った。
「まだ、姐さん変わりますかね……」
「ああ、オヤジは好きだからな……」
そう言うとブルーシートをタツは捲った。
タツとケンジは姐御の身体を穴の中に丁寧に入れて、胸の前で両手を組ませた。
そしてそれを見ながら二人は目を閉じる姐御に手を合わせた。
その姐御の姿は女子高生の制服姿だった。
「オヤジ……、女子高生好きだな……」
「はい。どうやら有名な女子高の制服らしいですよ。有名デザイナーがデザインしたって言ってました」
タツはまたタバコを咥えて火をつける。
「高いんだろ……」
「確か、二十万とか三十万とか……」
タツは顔を顰めて穴の中で眠る姐御を見た。
「制服、ひん剝いて売るんだったな……」
「ああ、それいいですね」
そう言ってまた二人で笑う。
「さあ、じゃあ埋葬してやろう」
「はい」
二人は姐御の眠る穴に土を掛けて行く。
二人はあっと言う間に穴を埋めた。
そして二人で埋めた場所に立つと地面を踏み固めた。
「姐御踏んでますけど、いいんですかね」
「仕方ないだろう。野生動物に狙われない様にしないとな」
二人はその後、今一度姐御に手を合わせた。
「成仏して下さい……」
そう言うと傍らに置いたスコップを手に車へと戻る。
既に空は夜が明け始め、車の付近は明るくなっていた。
二人はたたんだブルーシートとスコップ、LEDライトを車のトランクに入れて閉めた。
「帰るか……」
とタツはケンジに言うと助手席に乗り込んだ。
車はその場所で切り返し、来た細い道を下って行った。
山はすっかり明るくなっており、ケンジも走りやすそうだった。
「腰が痛いな……」
とタツはトントンと腰を叩いた。
「そうっすね……」
ケンジは首をコキコキと鳴らした。
「もう、埋葬は勘弁だな……。次からこっそりクリーンセンターに持って行こうか」
「ああ、その手がありましたね。何で早く言ってくれないんですか」
「馬鹿、曲がりなりにも姐さんだぞ……。ゴミと一緒に捨てるなんて……」
「でも、クリーンセンターで焼くと粉になってしまうらしいぞ……」
「粉っすか……。骨も残らないんすか」
ケンジは山道を下りながら言った。
「ああ、完全犯罪やるならクリーンセンターだな。山なんかに埋めるなんて古典的過ぎる」
タツはそう言うと笑った。
「ところで聞いたか……。今回の姐御」
ケンジは首を傾げて、
「いや、何も聞いてないっすよ……」
タツはタバコを咥えて窓を細く開けた。
「どうやら二百万も出したらしい」
「え、二百万っすか……」
ケンジは思わずタツの方を見る。
「危ねぇよ、前を見ろ」
「あ、はい……」
タツは煙を吐いて、
「どうも肌触りが違うらしいぞ」
「マジっすか」
タツはクスクスと笑う。
「十代の肌を再現したなんちゃらラテックス製らしい」
ケンジは興味無さそうに、
「へぇ……」
と答えた。
「オヤジのド変態にも困ったモンっすよね……。生身の女よりラブドールが好きなんて」
「だよな……。そりゃ、それを知ってる俺とお前しか寝室に入れないわな……」
ケンジはうんうんと頷いた。
「今日埋めた姐御も百二十万って言ってたモンな……。あの制服入れると百五十万だぞ」
「制服は使いまわし出来そうですけどね」
「微妙にサイズが違うらしい。何か下着も自分でサイズ測ってネットで買ってるみたいだ」
二人は溜息を吐いた。
「悪い、オヤジにインターネット教えたのは俺だ。そこから始まったんだな、オヤジのド変態は」
「ですね……。まあ、平和な趣味で良かったっす」
二人は顔を見合わせて大声で笑った。
「朝飯でも食って帰るか……。姐御の精進上げだ」
「俺、牛丼の特盛が良いっす」
ケンジはタツを見る。
「ほら、危ねぇから前見て運転しろ」
とタツはケンジに肩を叩いた。




