第5話 王城への召喚、封蔵課の「聴聞」
王都の中心、白い石で組まれた城壁の内側は、朝からざわついていた。
通用門を抜けると、衛兵たちの視線が一斉に俺たちを射抜く。
胸に刺繍された紋章――王城魔術院・封蔵課。
彼らの背後にそびえる塔は、魔力の流れを可視化する装置で満ちており、空気そのものがきらめいていた。
「……場違いだな」
小声でつぶやくと、足元のシルがぴょこりと跳ねた。
「キュル」
導糸が“平気だよ”と震える。
俺の肩の力が、少しだけ抜けた。
案内役の文官に導かれ、磨き上げられた廊下を進む。
やがて辿り着いたのは、天井まで届く扉の前だった。
扉の上には王家の紋章、そして魔術院の印章。
――“聴聞室”。
文官が告げる。
「入室を許可します。返答は簡潔に、礼を忘れず」
扉が重く開いた。
部屋の中央、長机の向こうに三人。
中央の壮年の男は、銀糸の法衣をまとい、冷たい目をしていた。
両脇の二人は、記録官と補佐官。
机の端には見慣れた顔――ミーナ。
彼女が、短く目で挨拶をした。
「リオ=クラフト、Eランク冒険者。封蔵課の召喚に応じました」
膝を折り、規定の礼を取る。
中央の男――封蔵課長アルディスが、軽く頷いた。
「よろしい。――では始めよう」
彼の声は、驚くほど静かだった。
「まず確認する。貴殿は、先の〈封蔵庫第七室〉調査において、竜核に接触し、
そのエネルギーを自身の支援魔法系統に結合させた。相違ないか」
「はい。意図的ではなく、封印が崩壊した際、緊急の鎮静を試みた結果――」
「結果、誓結を行った」
「……はい」
部屋の温度が一段、下がったように感じた。
記録官の羽根ペンが音を立てる。
アルディスは続ける。
「貴殿の報告書と、ギルド側の証言は一致している。
しかし問題は“結果”だ。
竜核は国宝級禁制品であり、王家以外の者が保持することは許されぬ」
机の上に、封蝋された金色の文書が置かれた。
「ゆえに本来であれば、貴殿は拘束、コアは没収。
だが――」
アルディスの視線が、机の下のシルへ向かう。
「……封蔵庫の霊気漏れを完全に鎮めたのは、貴殿とその“竜核体”だ。
封印術の安定率、百二十七年ぶりの完全値。
我らの術師でも、なし得なかった数字だ」
沈黙。
ミーナが小さく息を呑んだ。
「従って、魔術院としては“暫定許可”を与える。
ただし条件がある」
「条件、ですか」
アルディスは指を一本立てた。
「ひとつ。竜核体“シル”の状態を、定期的に魔術院で検査すること。
ふたつ。王都外への遠征・討伐は、事前申請を要すること。
みっつ。――“王家の要請があれば、協力を拒めぬ”こと」
最後の一文に、重い意味が乗った。
「それは……“従属”という意味ですか」
「違う。“信頼”の契約だ。だが、拒否権はない」
アルディスの口元がわずかに緩む。
「貴殿の力は、今や国家の資産だ。
扱い方を誤らねば、王都は貴殿を守る。
誤れば、封ずる」
机上の封書が滑らせるように俺の前へ差し出された。
「これが“暫定許可証”。
署名し、血印を押せば、貴殿は正式に“封蔵監視下冒険者”となる」
指が震える。
シルが小さく鳴いた。「キュル」
導糸が、微かな“迷い”と“信頼”を交錯させる。
――この道を進めば、自由は減る。
けれど、守れる範囲は広がる。
俺は深く息を吸い、ペンを取った。
紙の上に、名前を書いた。
リオ=クラフト。
続けて、小指を針で裂き、血を一滴落とす。
魔法陣が淡く光り、封書が俺の手の中で温かく脈動した。
アルディスが静かに頷く。
「ようこそ、〈封蔵監視課〉の協力者へ」
扉の外に出た瞬間、足が止まった。
胸の中に、重さと高鳴りが同時にあった。
シルが俺の足をつん、とつつく。
「キュ」
導糸が震える。“後悔?”――“いいえ”。
俺は微笑んだ。
「これが、“前に進む”ってことだろ」
だがその帰路、ギルドに戻る途中――
背後から、聞き覚えのある声がした。
「リオ=クラフト、だな」
振り返ると、黒い外套をまとった青年が立っていた。
腰には王城の印章付き短剣。
目は、冷たい炎のように揺らめいている。
「封蔵課直属、“査察官”カイル=ロウ。
――君の力、少しばかり調べさせてもらう」
空気が、凍る。
導糸が、反射的に緊張を伝える。
シルの中心が、青白く光る。
次の瞬間、足元の石畳が裂けた。
「試験だ、リオ。
本当に、その竜と“心を結べている”のか――見せてみろ」
(つづく)




