第3話 連携試験、支援職とスライムの反逆
翌朝、訓練場の空は曇っていた。
湿った風が砂を撫で、円形闘技場の魔法陣が淡く光を帯びる。
ギルド職員や見物の冒険者たちが、半円形の観覧席に集まっていた。
その視線のほとんどが、「物珍しいものを見る目」だ。
――支援職と、スライムのパーティ。
好奇、軽蔑、興味本位。
リオはそれらをひとまとめに背中で受け止め、杖を構えた。
足元のシルが、小さく「キュル」と鳴く。
試験官の男が巻物を開き、無表情に宣言する。
「第七連携試験、開始。対象モンスター――〈擬似意志霊〉一体。
時間内に撃破、または完全制圧を達成した場合、合格とする」
光の陣が膨らみ、闇が溢れ出た。
空気が冷え、砂が舞う。
黒い霧が人型をなぞるように集まり、
やがて鎧姿の亡霊が現れた。
ファントム――物理攻撃はほぼ効かず、魔法も霊体ゆえ減衰する。
まともな攻撃手段のない支援職には、最悪の相手。
「リオ=クラフト、準備は?」
「完了です」
「開始!」
金属音が鳴った瞬間、ファントムの槍が疾走した。
透明な残光を残して突き込んでくる。
リオは杖を前に構え、
「〈皮膜守り〉!」
声と同時に、シルが前に出た。
膜が光を弾く。火花のように霊気が散った。
槍の突きは止まらないが、貫通はしない。
観覧席がざわつく。
「……防いだ?」
「スライムがファントムを防ぐだと?」
リオは息を吐きながら導糸を結び直す。
〈導糸〉――
目に見えない糸がシルと繋がり、意思が流れ込む。
「シル、左回りで包め!」
返事の震え。
シルは地を滑るように動き、霊体の脚をすり抜けて背後へ。
ファントムが振り返るより早く、
「〈抑圧〉」
空気が沈む。霊気の流れがわずかに鈍る。
その一瞬の間に、リオは詠唱を叩き込んだ。
「〈魔糸拡張〉」
導糸が震え、スライムの身体の内部に無数の光線が走る。
魔力の糸が、網のように張り巡らされ――
「跳べ!」
「キュルルッ!」
スライムが爆ぜた。
糸が霊体の身体を縫うように貫き、
霊体の構造そのものを“固定”する。
ファントムが呻いた。
霊気が漏れ、光の粒が散る。
鎧が崩れ、動きが止まる。
支援魔法で直接ダメージを与えることはできない。
だが、“結界”で霊体の動きを止めることはできる。
リオはそこに己の支援魔法を“編み合わせた”のだ。
「……いける」
リオは杖を突き出し、全魔力を糸へ流し込む。
〈導糸・全開〉
糸が白光に変わり、ファントムの輪郭が崩壊する。
霧が四散し、闘技場に静寂が戻った。
試験官が腕を下ろす。
「――終了。撃破確認」
ざわめきが広がった。
「ファントムを……?」
「支援職が……単独で?」
リオは杖を下げ、シルを抱き上げた。
透明な身体がほんのり暖かい。
導糸の先で、“嬉しい”のリズムが震える。
試験官が歩み寄り、無表情のまま記録紙に何かを書き込み、
そして顔を上げた。
「同調率、八十八パーセント。
支援・操作・行動速度、全項目で規格外。
――合格。
リオ=クラフト、パーティ〈編み手と雫〉、ランクEに昇格」
どっと拍手が起きた。
先ほどまで笑っていた者たちの中にも、口笛を吹く者がいた。
リオは頭を下げ、
「ありがとうございます」
声が少し震えた。
――これが、俺のやり方だ。
その夜。
ギルドの裏手で、ひとりの女職員が帳簿を閉じながら呟いた。
「“支援職とスライム”……本当に、あり得ない組み合わせね」
隣の試験官が小さく笑う。
「いや、あの糸……。ありゃ、古代“編術師”の系統だ」
「編術師?」
「もう絶えたと思っていたがな。
糸で魔力を織り、生命と繋ぐ――あれは、伝説級の支援術だ」
月が昇り、街の屋根を銀色に染める。
その下を、リオとシルが並んで歩いていた。
導糸はゆるやかに光り、夜風に揺れる。
リオは小さく笑った。
「シル、今日もありがとな」
「キュル」
糸が二度震え、“こちらこそ”のリズムを返す。
――ぼっちの冒険者に、もう孤独はなかった。




