第15話 結び手 ― 夢の終わりに ―
朝が来た。
あの戦いから、どれほどの時が経ったのだろう。
王都はもう、あの灰色の空を知らない。
風は澄み、光は柔らかく、
人々はようやく、“息をする”という当たり前を取り戻していた。
俺は、塔の最上階――織り王の間で目を覚ました。
窓から差し込む光が、まるで“糸のように”部屋を縫っていく。
机の上には、一本の“銀と青の混糸”。
ルディアスの遺した銀糸と、俺の導糸を編み合わせたものだ。
それは新しい世界を保つための“根”となり、
今も静かに脈を打っている。
「……世界は、まだ生きてるな」
〈うん〉
声の方を見ると、シルが窓辺で丸まっていた。
以前よりも透き通った光を帯びている。
まるで、竜というより“糸の精霊”のようだ。
〈世界の糸は安定した〉
〈これで、わたしたちの役目は終わり〉
「終わり……?」
〈うん。
もう、“結び手”は必要ない。
これからは、人間が自分で世界を編んでいける〉
その言葉に、胸が締めつけられた。
「……そうか」
〈リオ〉
〈あなたと結べて、よかった〉
シルがふわりと浮かび、俺の胸元に寄り添う。
温かい。
そして、その温もりの中に、静かな“別れ”の気配が混ざっていた。
「行くのか」
〈わたしは、“夢”に還る〉
〈でも、この世界が再びほつれたとき、
あなたの糸がある限り、きっと――〉
言葉が途中で途切れる。
光が強くなり、部屋全体を包み込む。
「……ありがとう、シル」
光が散る。
風の中で、かすかに彼女の声が残った。
〈またね、リオ〉
*
それから数年後。
王都は静かに復興を遂げた。
封蔵課は解体され、代わりに新たな組織――
“織政院”が設立された。
その長官室の机には、一本の杖が飾られている。
古びた木の柄に、青い糸が巻きつけられた杖。
「……また糸が震えた」
窓の外、空を見上げる青年がいた。
黒髪の後ろ姿――リオ=クラフト。
いや、今は“ただの冒険者”だ。
役職も、称号もいらない。
俺にあるのは、世界を繋ぐ“感覚”だけだ。
風が吹き、青空の中で小さな光が瞬いた。
まるで“スライム”が飛んでいるように。
「……シル?」
声をかけると、風が優しく揺れた。
青い光が、ほんの一瞬、俺の頬を撫でて消えた。
その触感は、確かに――懐かしかった。
「ったく。もう少し休んでりゃいいのに」
小さく笑って、俺は杖を手に取る。
導糸が、指先で軽く震える。
世界は、今日もどこかで“ほつれて”いる。
けれど、それでいい。
“ほどける”ことが、次の“結び”になるのだから。
「……さあ、今日も行くか」
空を見上げる。
青と銀が混ざった風が吹き抜け、
新しい一日の始まりを告げた。
ぼっちの冒険者だった俺は、
今、世界の“結び手”として――
今日もまた、誰かの糸を繋ぎに行く。
風が、遠くで笑った。
――完――




