第14話 新たな糸 ― 灰の残響 ―
灰の空が、ゆっくりと青に溶けていく。
けれど、地に舞う“灰”だけは消えなかった。
風が吹くたび、灰の粒が光を反射し、
まるで世界が“古い夢の燃えかす”を散らしているようだった。
その中心に、俺とシルは立っていた。
“ほどく者”ルディアスが消えた場所。
彼の残した銀糸が、まだ空中で揺れている。
「……消えないな」
〈彼の糸は、“否定”の象徴じゃない〉
〈もう、“理解”の形になってる〉
俺は銀糸を指先で掴んだ。
冷たい。だが、その中にわずかな温もりを感じる。
「生きてる、みたいだ」
〈ルディアスの“理”も、この世界の一部だから〉
〈だからこそ、“ほどく者”は、いなくならない〉
言葉を聞きながら、俺は静かに頷いた。
“ほどく者”がいなければ、“結ぶ”こともまた傲慢になる。
矛盾があってこそ、世界は均衡を保つ。
「……そうか。
織りとほどき、どっちも必要なんだな」
〈うん〉
〈でも、いま世界に必要なのは、“編み直す者”〉
シルがふわりと光を放つ。
その光が周囲の灰を吸い込み、
灰は光の粒に変わって、空へ昇っていった。
「灰を――織りに戻してるのか?」
〈灰は“夢のかけら”。
わたしたちが悲しみを覚えても、それを否定しない限り、
“糸”として生まれ変われる〉
静かな時間が流れた。
風の音だけが、遠くで低く鳴る。
やがて、青白い影が足元に現れた。
半透明の、竜の姿。
原初竜――“根”が現れたのだ。
〈結び手よ。
この世界は再び織られ始めている〉
〈だが、残る“ほどけ”が一つある〉
「……どこに?」
〈王都の“中心”。
かつて織り王が最後に糸を結んだ場所〉
その言葉と共に、
俺の足元の糸が微かに震え、光の道が前方へと伸びた。
「行こう、シル」
〈うん。最後の“折り目”を、結ぼう〉
*
王都の中心、〈第一織塔〉。
地上へ戻った俺たちを迎えたのは、
静まり返った街と、青く澄んだ風の音だった。
封蔵課の建物も、ギルドも、すべてが“静か”だ。
生きているのに、世界が眠っているように感じた。
塔の内部は、灰の花びらが舞っていた。
そのひとつひとつが、かつてほどかれた人々の“記憶”の粒だ。
俺はゆっくりと進み、塔の最上階――
織り王が最後に立った“機台”の前に立った。
そこには、一本の“折れた糸”があった。
ルディアスの銀糸。
彼の“ほどく理”の最後の断片だ。
「……これを、結ぶ」
シルが頷く。
〈あなたの導糸で、世界を“再編”して〉
俺は杖を構え、静かに魔力を流す。
〈導糸:再結式〉
〈核:双心律動〉
〈循環:夢還流〉
銀糸と俺の導糸が絡み合い、
青と銀が混ざり合って“白”へと変わっていく。
その瞬間、塔の外の世界が輝き、
灰が一斉に光の粒へと昇華した。
――灰は、もう“死”ではなかった。
それは新しい“芽”のように、空に舞い上がっていく。
「……終わったのか?」
〈ううん。始まったの〉
〈これは、“次の世界”の第一歩〉
シルの声が穏やかに響く。
俺は外の空を見上げた。
青の中に、わずかに銀のきらめきが混ざっている。
――それは、ルディアスの糸だ。
「見てるか、ルディアス。
お前の灰も、ちゃんと“織り”に戻ったぞ」
風が吹く。
灰が完全に消え、青が戻る。
世界が呼吸を取り戻した。
〈リオ〉
「なんだ」
〈あなた、もう“ぼっちの冒険者”じゃないね〉
思わず笑う。
「そうだな。
俺には、お前がいる」
シルが肩の上で小さく震え、
光の波紋が空へと広がった。
――こうして、灰の世界は終わり、
新しい“糸の朝”が始まった。
(つづく)




