第13話 織り王の遺言 ― 灰の空を越えて ―
王都の空が灰色に染まる中、
俺とシルは、議会塔の麓に立っていた。
塔の上部――灰の裂け目から、銀色の糸が無数に垂れ下がっている。
それらはゆっくりと揺れながら、まるで“空をほぐす指”のように、
世界の色を一つずつ奪っていった。
「……ルディアス」
〈彼は、“ほどく理”を完全に起動してる〉
〈このままだと、世界は“織り”を維持できなくなる〉
俺は頷き、杖を握り締めた。
「行こう。すべての糸の根っこ――“王都の底”へ」
*
議会塔の地下。
封蔵課の立入を禁じられた最深層へ続く階段を降りていくと、
空気が重く変わった。
耳鳴りのような“糸の唸り”が、壁の奥から響いてくる。
やがて、巨大な扉が現れる。
中央には、古代文字が彫り込まれていた。
〈根ノ織リ、夢ニ在リ〉
シルが囁く。
〈ここが、“原初竜の根”……〉
扉に触れると、糸が反応し、青白い光が走った。
同時に、視界が反転する。
――そして俺たちは、
再び“糸の海”に立っていた。
だが前回と違う。
青く透き通っていた海が、今は灰色に濁っている。
無数の糸が切れ、漂い、ほどけ、消えていく。
その中心――
銀色の糸をまとった男が立っていた。
ルディアス=フェン。
灰の海の中央で、静かに腕を広げる。
「ようこそ、“結び手”。
ここが“織り王”の墓であり、この世界の始まりだ」
「墓……?」
「そうだ。かつて“織り王”は、原初竜と契約した。
『永遠に世界を織り続けよ』と。
だが王は死んだ。糸は止まり、夢だけが残った。
――私は、それを“ほどく”」
ルディアスの背後で、竜の骸のような影が蠢いた。
「お前は“結ぶ”ことに救いを見る。
だが、結びは必ず“固定”を生む。
世界は変われぬまま、腐っていく。
――だから、すべてを“無”に還す」
俺は一歩踏み出す。
「違う。
“結ぶ”とは、縛ることじゃない。
つながりの証だ。
孤独な俺が、それで生き返ったんだ!」
シルの光が強く脈動する。
〈わたしも。
あなたと結んだから、“生きたい”と思えた〉
ルディアスの瞳に一瞬だけ揺らぎが走る。
だが、すぐに冷たい笑みに戻る。
「……感情論だ。
それは永遠を拒む“人の弱さ”だよ、リオ=クラフト」
彼が腕を広げると、銀糸が嵐のように吹き荒れた。
空も海も灰の光に飲み込まれる。
〈導糸:断絶式・灰の律動〉
「くっ――!」
俺は杖を突き立て、
〈導糸:縫合結び(スティッチ・ノット)〉
〈護:共鳴盾〉
を展開する。
だが銀糸は、俺の術式を容易く切り裂いた。
〈リオ、わたしが繋ぐ!〉
シルが身体を広げ、光の結界を形成する。
だが、灰の風に呑まれ、彼女の光が薄れていく。
「シル!」
〈……だいじょうぶ。
わたしの糸は、あなたの心の中にもある〉
その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
導糸が、これまでにない熱を帯びる。
目の前の灰の海が、青へと戻り始めた。
〈原初竜の声〉が響く。
〈結び手よ、恐れるな。
“織り王の意志”は、まだここにある〉
空が裂け、古の光が差し込む。
そこに浮かぶ巨大な織機――
それこそが、**織り王の遺した“夢の機”**だった。
ルディアスが目を見開く。
「ありえない、これは封じたはず……!」
「封じることなんてできないさ。
“結び”は、思い出すたびに甦る!」
俺は杖を掲げ、シルと共に叫んだ。
〈導糸:原初結び(オリジン・ノット)〉
〈対律:断絶封解〉
青と銀の糸が衝突し、世界が震えた。
灰の空が剥がれ、無数の記憶が光となって舞い上がる。
ルディアスの糸が一本、二本と切れていく。
そのたびに彼の表情が歪み、
最後には――静かに、呟いた。
「……どうしてだ。
“結ぶ”ことは、痛みを呼ぶのに」
「痛みがあるから、繋がりを選ぶんだ」
俺の声が響いた瞬間、
銀の糸がすべてほどけ、風となって消えた。
沈黙。
灰の海が静まり、再び青が戻ってくる。
空の裂け目が閉じ、糸が整っていく。
シルがゆっくりと身体を戻し、俺の肩に乗る。
〈リオ……終わったの?〉
「いや――まだだ」
ルディアスの身体が、光の中でゆっくりと膝をついていた。
彼の胸元から、一本の銀糸が伸びている。
それは俺の導糸と、わずかに結ばれていた。
「お前……」
「……織り王は、私の父だ」
その告白に、息が止まった。
「だから私は、あの人の過ちを正したかった。
“織り”という名の呪縛を終わらせたかった。
だが……お前が、違う形を見せた」
ルディアスが空を仰ぐ。
その灰の瞳に、微かな“色”が戻っていた。
「結び手。
――どうか、この世界を編み直してくれ」
彼の身体が光に包まれ、糸へと還っていった。
静寂の中、原初竜の声が再び響く。
〈これが、織り王の遺言〉
〈“ほどく者”もまた、“織りの一部”である〉
俺はゆっくりと目を閉じ、杖を握る。
「……受け取ったよ。
この世界、必ず“もう一度”結んでみせる」
風が吹く。
灰の空が青へ変わり、
糸の海の奥から、未来への道が現れた。
〈行こう、リオ〉
「……ああ。ここからが、本当の“編み直し”だ」
――青の糸が天へと伸び、
新しい世界の“始まり”を告げた。
(つづく)




