第12話 断たれた空、編み直す誓い
王都の空は、まるでガラスを叩き割ったように亀裂を走らせていた。
光はあるのに、青がない。
それでも、地上では誰も悲鳴を上げない。
人々は“見えない”のだ――裂け目も、ほどけた空も。
「……誰も気づかない。
世界そのものが、“ほつれ”を自分で覆い隠してる」
俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。
隣でシルが淡く震える。
〈リオ、あの人は……〉
「カイルはまだ生きてる。
ほどかれただけなら、糸のどこかに残ってるはずだ」
導糸を両手に広げ、空の裂け目へと伸ばす。
空気の中にある“見えない線”を一本ずつ触れていく。
指先がふっと何かに触れた瞬間、世界が一度だけ震えた。
――ビリ……
「見つけた」
導糸の奥に、わずかな拍動。
それは確かに“人のリズム”だ。
「カイル……!」
だがその鼓動は遠い。まるで深い夢の底に沈んでいるように。
〈引き戻す?〉
「いや。無理に引いたら糸が切れる。……行くしかない」
その言葉を合図に、足元の空気が光を帯びた。
裂け目が縦に開き、導糸の先が俺たちを導く。
「行くぞ、シル」
「キュル」
――風が逆流し、視界が裏返る。
*
気がつくと、足元が柔らかな光でできた“道”に変わっていた。
周囲には空も地もなく、ただ無数の糸が漂っている。
その糸は生きており、まるで息をしているように脈打っていた。
「ここが……“ほどかれた者”が落ちる場所か」
〈糸の裏側、“断絶層”〉
シルの声が、心の奥で震える。
〈ここは、記憶と形の間。
存在は消えてないけど、思い出せる者がいない限り戻れない〉
「なら、思い出せばいい」
俺は杖を握りしめ、前方に進んだ。
風のような声が無数に交錯している。
「助けて」「帰りたい」「覚えていて」――
人々の願いが、ほどかれた糸として漂っていた。
その中心に、見覚えのある影があった。
――カイル。
彼は宙に浮かび、薄い光の繭に包まれていた。
呼吸をしていないように見えるが、導糸は確かに脈を打っている。
「カイル!」
声が響く。だが、彼は動かない。
〈リオ、繭が拒絶してる〉
「拒絶?」
〈“現実”を認識できない状態。
彼の糸は、まだ“ほどく者”の呪に縛られてる〉
俺はゆっくりと杖を持ち上げた。
〈導糸:反転結び(リバース・ノット)〉
〈補助:記憶結び(メモリア・リンク)〉
〈核:双心律動〉
シルが俺の腕に巻きつき、光が溢れる。
「カイル、聞こえるか」
――返事はない。
だが、彼の周囲の糸がほんのわずかに揺れた。
「覚えてるか? 初めて合同任務で組んだ日。
お前は俺に言っただろ、“現場は試験と違う”って」
糸が一筋、光を取り戻す。
「それでも俺は、試験で学んだ通りに支援を張った。
あの日、お前は笑って“悪くねぇ”って言ったんだ」
糸が二筋、三筋と色を帯びていく。
〈リオ、続けて〉
「封蔵庫で霊手を倒したとき、
お前が剣に俺の導糸を絡めて、“助かるもんだな”って笑った。
その時の拍、俺は今も覚えてる!」
光が一気に爆ぜ、繭が音を立てて割れる。
カイルの身体が糸の中に落ちかける――
俺は導糸を伸ばし、腕ごと掴み取った。
「戻ってこい、カイル!」
〈結び:再構成〉
世界が裂ける音がした。
断絶層の糸がすべて一瞬だけ光り、
次の瞬間、俺たちは――王都の屋上に立っていた。
*
「……生きてるな?」
俺の腕の中で、カイルが目を開けた。
「……地獄か、ここは」
「地上だ。悪いけど、帰ってきたぞ」
カイルが目を細め、息を吐く。
「お前、無茶苦茶だな……」
「お前が言うな」
二人して笑った。
シルが肩の上で光を放ち、安堵の拍を響かせる。
しかし――その直後、地面が震えた。
王都の中心部、議会塔の上空が歪む。
灰色の光が伸び、まるで世界の“糸”を引き抜いているかのように。
カイルが顔を上げる。
「……ルディアスだ。今度は“全ての封蔵庫”をほどく気だ」
俺は歯を食いしばった。
「やっぱり狙いは、“根”――竜の夢そのものか」
「結び手」
カイルの声が低く響く。
「行け。お前とその竜核体にしか、止められねぇ」
「一緒に来い」
「俺はもう、縫い直された存在だ。
この世界の糸に再び触れれば、またほどける。
……だから、今度はお前が編め」
胸の奥が痛んだ。
だが、シルの光がそれを包むように温かく震えた。
〈行こう、リオ。
わたしたちが、世界を“繋ぐ”〉
俺は頷き、空に裂け始めた“灰の道”を見上げる。
「ルディアス。
お前の言う“無”なんて、俺が全部――編み直してやる!」
杖を振り上げ、導糸を広げた。
光が空を裂き、王都の頂へ伸びる。
結び手と竜核体の旅は、ここから最終局面へ。
(つづく)




