07 王女殿下と転生者達
ユビー!! お願いっ!
ユビー!! どうしてそんなに弱気なんでしょう?
あなた最強な魔力量持ってるでしょうに‥?
早く「違う」って伝えてよ‥! 震えるだけじゃだめでしょ!!
ユビー!! ユビー‥!! 伝えてよ!! みんなにはっきりと伝えてよ‥!!
あなたは今、ただ震えるだけの手袋のままじゃいけない‥!
ユビー‥!!
‥‥。
‥‥!!
──このままじゃ、いけないわ!!
ユビーができないなら、わたしが四人に伝えなければ‥!!
わたしは意を決して、四人に伝えることにした。
もちろん。冷静に、冷静に。慌ててはいけない‥。
「あっ‥ あのー! お取り込み中、すみません!!」
わたしが手を挙げてそう口にすると、四人の動きがピタリと止まりました。
「‥マニータさま? さ、参戦するかもですか? ‥‥それとも何か?」
テラ先生たちは怪訝な表情でこちらを見ました。
「先生!みなさん! この手袋さまは、“日本から来た転生者”だと、わたしに伝えてきましたの。皆様から“ユビー”と呼ばれていた者だそうです。 皆様、お知り合いですか? 心当たりはありませんか!?」
四人は“ユビー”という名前に心当たりがあるようで、みんな目を丸くして一気にざわつきました。
「え、ユビってあのユビか!? ‥お、おう! すごく知ってるやーつ!」
「えーーー! この手袋がユビキュン!?」
「あー。ユビヤードはん‥やったんかー! こ、こんな姿になってはるなんてー!!」
四人は手袋を至近距離で見ました。手袋の震えが少し収まったように見えますが、四人の強い視線を感じたのか少し後退するような動きをみせます。
みんなが「ユビ」と呼んでますので、わたしも「ユビ」と呼びましょう。なるほど。短めに発音するのですね?
「あ! 指宿くんね! 読みかたを思い出しました。うちのクラスに居ましたね。‥ここでようやく‥やっと会えるなんて‥!」
テラ先生は目を潤ませつつ、すごく悩んでから彼の前世のファミリーネームを思い出したようです。思い出すのが難しい名前なのでしょうか?
手袋は少し浮いて「そうです」という感じに頷くような動きしてテラ先生に恐る恐る近づき、みんなと順番に握手なんかしちゃってます!
「あーユビって 正確には指宿って言うんかーい! おめーの苗字さ、読むの難しすぎるんだよ! どっかの難読地名みたいなやーつ!」
「ユビヤードはん。前世も今世も“指”に縁がありまんなぁ。しかもイブスキって、漢字で指に宿るって書きはりますやろ? これって約束された運命とちゃうん?」
ユビは前世では「イブスキ」と言うファミリーネームだったのですね。
たしかにユビ自身も言ってましたね。ファミリーネームに「指」の意味が入ってることを‥。しかもその名の意味は“指に宿る”‥?
手袋という指があるものに宿っていますものね。この名前とこの境遇。すごく一致していますね‥!
シシさんは、彼のことを「ユビヤード」と呼んでいますが。カンジ? わたしにはどうやら難しい言葉の壁を感じました。わたしも日本語。分かりたいです!
もしも、みんながユビを開放してくれたら、彼に日本語を習おうかな?
テラ先生は「うちは前世では日本人だったけど、それに反して日本語はからっきしでー」ってジョークを飛ばして、魔法しかおせーてくれませんでしたし‥。あとは「てへぺろ☆」と変な雑学を‥。
安堵したのも束の間。 ルルさんは手袋に何かを物申すのでしょうか? なんか不穏なことを言い出しそうな雰囲気が漂います‥。
「おーい、ユビのやーつ! まさかおめえ、王女さまと同衾してねーだろな!? スケベな“指”しやが──」
レレちゃんの必殺、横っ腹突きがルルさんに炸裂しました。どうやらクリティカルヒットだったようです。効果は抜群だ。見る限り痛そう!!
このように、お二人はいつも寄れば触れば喧嘩をします。しかしいつものことなので物騒なことはありません。微笑ましいだけです。はい。
「こらー! 王女さまの前でなんてこと言うの! ‥ひめさまー ごめんなさいねー」
わたしの大好きなレレちゃんの超本気な謝罪フェイスを、わたしは許さないわけがないです。何でも許しちゃいます!! ところでさっきの意味は‥?
横っ腹をつつかれて「‥っめろよ! お前の横っ腹突くの、ってーんだよ! 口で言えばわかるやーつ! うう‥つーっ‥」と呻くルルさん。
それを見てるシシさんが「シシシ」と笑っています。なるほど。確かに「シシシ」と笑っていますね。女神さま。何でこれを名前の由来にしたのでしょう?
どうやら、本当にみなさんは前世でユビとは面識があったみたいですね。
良かったです!感動の再開なのではないでしょうか‥!
だけど、テラ先生の顔がまだ険しいのが気がかりです。今から何かをするみたいです。すごく静かに詠唱していました。
「みんな下がって。魔力量開放、標的調整‥‥どうぶつビスケーーーット!!!」
聞き覚えのない言葉。複雑そうな魔法式を思わせる結構長めの詠唱とともに、手袋をめがけてオレンジ色とも亜麻色とも見えるビームが手袋目がけて発射されました。
ビームを打たれた手袋の上から、まっすぐに黒とも白ともつかない大きな煙が登っていきました。
それが会議室中の天井に大きく広がりこちらにも充満し、辺り一面が煙です。煙しか見えません。この光景にわたしは怖くなっていきました。
ええ? ユビ。どうなっちゃうの~~?
男子たちの声が聞こえてきます。下品な話ではないように祈るばかりです。
“あの時のように”テラ先生の雷が飛んじゃうかもしれないですよー!
「ルーあにきー。これがあの“狼煙”って言うモンちゃうんかな? 煙がまっすぐ登ってまっせ!」
「っせー!! だーってろ。エセ関西のわんころが!」
「ひーん。ルーあにきの‥ ううっ‥ んー‥いけずう!」
「いけずは京都のやーつだろ! そのごちゃ混ぜ関西のやーつ、とっととやめろや!」
シシさんとルルさんが、こそこそとなんか言ってる?
ルルさんはシシさんのキレイな白い髪を雑に撫で回してますので、どうやら喧嘩ではなさそうです。
シシさんはベロだして「シシシ」と笑ってます。 ん? 器用ですね? わたしにはそんなこと絶対出来ませんよ?
何を言ってたのか、あとでテラ先生に聞いてみたいのだけど、どうせ男子たちの大好きな下品なお話なのでしょうか。なんかそんな気がしてきました。
念のため、レレちゃんの顔を見てみましたけど、彼女もよく分かってないようです。こちらに気付いて微笑み返してくれました。はい。かわいいです。
テラ先生がわたしの側に来ました。急展開すぎて今のわたしには、わけがわからないので、解説をおねがいします。先生!!
みんなも、どうやら少々気になってるようなので、みんなが先生の話に耳を傾けます。
「“どうぶつビスケット”── この魔法にかかった者は、生まれてから最も好きだと思った動物の獣人に変身させることができます。今回のは普段うちらが使ってる強化目的の獣人化魔法ではないので、あまり使うことがなくて、今では獣人たちと仲良く遊べる人間の子ども向け魔法ですね‥」
先生が発明した魔法は聞いたこともないすごい魔法でした。しかもなんですか、そのお子様向けの魔法って? 聞いてるだけでほっこりするやーつじゃないですか!
「テラ先生! さすがや! ウヒは、先生のことッ! ずっとずーっと信用してますぞい!」
えっ 今のレレちゃんの「ぞい!」ってなに? ‥なに?! かわいらしいからいいけど‥。「ウヒ」もちょっと気になりますが、きっと「うち」と言いたかったのでしょう。彼女は舌足らずなところがあって、たまに発音がおかしいですが、そこがまたかわいいのです。
レレちゃんは自分のことのように自慢気で、テラ先生に抱きつきます。えー、いいなあ! うらやま‥じゃなくてですね!!
「そ、そんな魔法があったんですか? ‥すごいです」
「それが、こんなところで役に立つとは思いませんでした。これは作って良かったかもですね。でも、昔に魔法研究がてら手探りで作ったものでして、魔法式の見直しも最適化もせず、スパゲッティコード‥。いえ、糸と糸が絡み合ってとっ散らかってるかもで、発動完了までちょっちー時間かかるかもです‥。あと、この魔法の名前はその時の気分でつけたものです。うちって名前にこだわりなさすぎたかも、ちょっちー恥ずかしっすね‥。」
手袋というかユビにかけた魔法は、テラ先生の手作り魔法でした。テラ先生の頬が少し赤いので、あまり人にお見せしない魔法だったのかも知れません。
確かに自信のない手作りなものを人に見せるのは、わたしもだけど、照れちゃいますよねー。それはテラ先生であっても。‥テラ先生の照れ顔。こんなにもあどけないものだったのですか‥。そう言えばあの時、手袋をくださった母もこうでしたね‥。
「どうして、ユビを獣人にさせる必要があるんですの?」
わたしはテラ先生に質問しました。何故なら内心では手袋のままであって欲しかったからです。それは今のところみんなには内緒で秘密です!
「本来人間だったはずの者が、強引に手袋になってるので、一旦は人間に近い獣人の姿にさせてから、身体の健康状態と異常がないかを確認する必要があるかもって思ったわけです。あとこれで彼の正体が大体わかるかもしれません。完全な人間にさせる魔法はなかなか難しいので、獣人ならなんとか‥」
テラ先生は真面目にそう言いますが、その様子をよく見ると両手の人差し指をツンツンしながらの照れ顔です。先生、その仕草は、かわいすぎでしょ?
「も‥‥もし。彼が魔王の化身だった場合、これからどうなるんですの?」
わたしは恐る恐る聞きました。ユビが魔王の化身だったら‥。討伐と言うか、殺されちゃうのでしょうか?
「仮に魔王の化身や魔族であった場合は、この魔法の効果はないかもですね。たぶん魔王とか魔族とかには、動物に憧れとか興味とか愛がないのでは?」
テラ先生は枯れた笑いをしながらも話は続きます。動物をこれなく愛するテラ先生には、動物に興味がない者たちとはおそらく分かり合えないらしい。
「でも指宿くん‥えー‥ユビくんが、もし魔王の化身だったり、魔族だったり、或いは魔王討伐後に漂ってた消えそうな魔王の魂だったりに、転生したとするならば、この先はどうなるのか。うちにもわからないですけど‥」
テラ先生の中には、いくつかの「彼がなんであるのか」の想定があるようです。
「とりあえず、あの白い手袋は魔王の私物で間違いないですね。あの時に会った魔王の魔力特性や、手に身につけていた手袋とも一致しています。魔王は人間の身につけている服を着て、わたしたちと戦闘してましたから」
「えええ? まさか‥! わたしの拾ったもの‥。魔王の手袋だったなんて‥」
わたしはなんてものを拾ったのだろうと、とても後悔しました。しかし結果的にむしろこれで良かったのかとも少し思いました。
それにしても、魔王って白の手袋をどうして選んだのでしょう? 魔王なら暗めの色を選びそうですが‥?
「魔王の手袋がユビの身体になってしまったのは、あの女神さまのお戯れかもですね‥。あの女神さまは何がしたいかよくわかりません。のちほど教会で礼拝すれば、少しお話が聞けたらラッキーかもですが、もし指宿くんが教会に行くならばこの獣人の姿なら良いでしょう。最も手袋姿では手続きできないですし、仮に強引に通したら歴史的な変な前例を作ってしまうかもだし、うちらも獣人として手続きして、なんとか国民になれましたからね」
「そ、それは初耳ですわ‥」
わたしはその手の話は聞かされてませんでしたというか、聞いて良かったんでしょうか‥? へんなライフハックを聞かされた気分です。
「もしこの身体‥つまり、転生先の人間の身体として出向いてとっくに手続き済みだとしたら、あとですごく揉めるかもと思いましたので、念の為の獣人での手続きです。獣人であれば何故か手続きはスムーズだし、思いつきの変な家名でも何故か通るみたいです。教会にお勤めのレレちゃんも知ってることだと思いますが、過去に呪いかなんかで、大勢の獣人が教会に詰めかけたとかあったらしくて、手続きの効率化のために、そうせざるを得なくなったとかあったのかもですね‥」
こんなところに、この四人が変なファミリーネームを名乗れる秘訣があったとはびっくりです。
まぁ、わたしの知らないところで女神さまパワーでもあるのでしょうか? まさか女神さまが獣人をやたら優遇するとか、そんなことではないですよね?
テラ先生と話していると、濃い煙が少し晴れていきます。どうやら魔法の発動完了間近なのでしょう。
これからどういう結果が待ち受けてるのでしょう‥‥?
ここまでお読み頂きありがとうございます!