06 王女殿下と手袋包囲
朝の光が王城の廊下をこれでもかと照らしていました。 窓越しの陽射しがキラキラした帯のように射し込んで、その上をわたしと侍女のマルガが静かに歩いていました。うーん。まぶしっ‥。
ユビー曰く、テレパシー魔法は朝食後にしようということで話を打ち切られました。えー。もっと話していたいのにー。もー。ユビーのけち〜。
今日の朝食は大食堂でとのことで、わたしたちは向かっているところでしたが──
「あれ、いつもより人気が多い‥?」
角を曲がった先、大食堂の前の広間に使用人や騎士たちが集まってざわついています。その中心に立つ人影は、まさか──
頭が大きいためやや小さく見える王冠をかぶり、長身で少し筋肉質の騎士のような佇まいで、黒だけど光が当たるとワインレッドになるマントを揺らしながら、騎士たちと談笑しているこの人物は‥。
「ち‥父上??」
「ん? ‥おや? さきほど、姫さまにお伝えしたはずですよ? 陛下が急遽朝食に来られることになりました。ほらほら、ひさびさにお会いできてよろしかったですね!」
廊下を移動中、わたしとユビーがテレパシーでやり取りしてる間に、わたしはマルガの話を聞き逃していたようです。なんという不覚!
だから、ユビーは気を利かせて、途中でテレパシーの魔法を切ったのですね‥。んもうっ! わたしったら!
それにしても、最近は王城にいるとは思えないほど多忙なはずのわたしの父。
わたしの父──フェルナンド・クエスタ・アリーバ王国の国王陛下が、こちらに向かってくるではありませんか。
そうなのです。父は魔王討伐後は魔王による被害があった各地の現場に出向いていました。一段落したら兄さまたちに任せて、王城に戻ってきたのでしょうか。兄さまたちも仕事を覚えなくてはなりませんものね。
それにしてもどうして? いつの間に戻ってこられたのですか?
わたしとの朝食のために、わざわざ? と疑問に思う間もなく、父上は両腕を広げて大声でわたしを呼びました。
「マニマニたーーーん!」
──うわっ! またそれですか!
「うっ‥‥パッ‥。父上‥大声でお名前呼ばれるの‥恥ずかしいです‥‥!!」
「何を言っておる。余は王城で最も会いたいのは、マニマニたんだけだ!」
周囲の騎士たちが一瞬動きを止めたような、使用人の顔がやさしく緩んでいそうな気がしまして、わたしの頬に熱が徐々に帯びるような事態になりました。
もう!! お願いですからこういうのは二人だけのときにしてと再三言ったのに‥!!
この「マニマニたん」なる謎の呼び名、どうやら父はあの四人に「日本での父親像が知りたい」と聞いてみたらしくて──。
テラ先生は「うちの親はこうじゃないかもです!」と言ってましたが、レレちゃんは「うちのオトーはこうでしたね。ニッカニカな顔して“レキたーん”とか言ってくるげーん」と言ってましたね。ルルさんに至っては「やはり娘を持つ父親って皆、愛が重すぎるやーつ?」と言って、レレちゃんにバコーンと横っ腹をぶっ叩かれて、シシさんはそれ観て笑うだけでしたね。
‥‥でも。
そんな大声で呼ばれて恥ずかしくても、わたしに会いに来てくれるのはうれしいものです。父は忙しいのに、わたしと話す時間を取ってくれた。そう思えば、これは些事なことだと許せてしまいます。こういうのを「チョロい」と言うのだと、四人の誰かが教えてくれました。認めたくはありませんけれど。
「うーん。だんだんイシドラに似てきたな‥。余はもうそれだけでうれしくて‥うれしくて‥‥。死にたい‥」
わたしの髪をそっとやさしく撫で、陽射しが当たると黒がワインレッドの髪色になります。死ぬほど感無量な父はそう言いましたが、わたしはちょっと怒りました。
「もう父上。そうやってすぐに死なないでくださいよ。わたしを置いて母上に会いに行こうとしないでください!」
「おっと、いっけねえ。すまんすまん。うれしいとすぐ死にたい言う癖がな‥ふっははは!」
わたしの母──イシドラ・クエスタ・アリーバ。父が最も愛した人であり、わたしにとっても愛する母。
母の愛弟子四人が優秀すぎたこともあって、母が亡くなったあとも四人は父の話し相手となってくれたそうで、父からの信頼は凄まじいです。
彼らは魔力量だけでなく、並外れた戦闘能力と魔法技術で、魔王討伐以前から暴走した魔物たちに何度も立ち向かいながら、我が国の医療技術、加工技術、生活インフラ、王宮料理と、幅広い分野の向上に尽力した功績があり、彼らが望めば王族よりも強い権力や立場にある聖人や聖女級のお立場になれるのですが、断固として断り続けているのです。国民たちもその事情を何故か得意気に知っており「謙虚すぎる英雄」と認識され、平民たちにとっては「平民から英雄に成り上がった前例」に見えることでしょう。
しかしながら、一部の知識人や貴族人たちにとっては、異世界の記憶を持ち、この世界においての一般常識や礼儀作法を満足に知らない得体の知れない獣人ですから、中には彼らを平民以下か奴隷のように思ってる人もいると聞きますし、彼らが王城内の人たちから慕われてる事実はどうしても面白くないでしょうね。 なので、わたし的には彼らには、聖人・聖女級のお立場に早急になって欲しいものです。
まぁ、レレちゃんはとっくに聖女ですけどもね。方向音痴である以外は優秀な光魔法の使い手だった彼女は、教会から熱烈なオファーを受けて、教会から派遣された王城常駐の聖女という形をとって、いつも忙しくしています。彼女曰く「なんか、王城の“保健の先生”になったカンジやね! でも“保健の先生”になるの夢やったから良かったわいね!」と言っていましたが、この“ホケンの先生”とは一体なんでしょう‥?
レレちゃん元気にしてるかなぁ?
それにしても、父は彼らの話を真に受けすぎと言うか、雑に取り入れられてることは否めないのですが、どうして「マニマニたん」に行き着いたのでしょうか?
そんな時でした──
「国王陛下と王女殿下にご挨拶申し上げます!」
──この声は、噂をすれば、四人の魔王討伐者たちです!
噂をすれば、レレちゃんが居る〜! わたしはまるで妄想して召喚魔法を使ったみたい。
テラ先生を先頭に、ルルさん、レレちゃん、シシさんの三人が戦闘服着てる。え? まさか今から戦闘モードなの?
「おもてをあげよ。さっそくだが、マニマニたんとテラちゃんたちよ。朝食の前にこの部屋で話を聞こうか。なにぶん急だ。詳細は中で聞こう」
父上の指示で、わたしたちは大食堂に近い小さな会議室へと移動しました。
部屋に入って間もなく、ドアが閉められると──
あれ? 部屋が薄暗い? どうしてでしょう? 朝なのに‥?
すると、わたしの右手袋が青白く光始めました。手袋はこれから何が起こるのかを察したのか、激しくぶるぶる震えています。
「いっけねえ! マニータさま! その白い手袋を早くお外し下さいませ! この手袋は魔王の化身かもなのですよ!? レレは障壁魔法張って! 床まで忘れずに! おそれながら国王陛下はご退室を! マルガ、陛下をご案内して!」
「ええーーっ? け、化身?」
父上は「ならば任せた!」と一言残して、見事なまでの素早さでマルガや他の侍女たちと退室。父、なにしにきた? そっか、朝食か!
テラ先生の鋭い声が響いた瞬間、部屋の明かりが魔法のように明るくなりました。
わたしは慌ててユビーを外し、会議机の中央にそっと置きました。
「‥よし防壁オッケーね。‥‥予めこの部屋に最新バージョンの魔力検知を仕掛けておいて正解だったかもですね! ‥やはりマニータさまが拾われた手袋が原因だったのね‥ 今日の授業」
テラ先生たちはすでに戦闘態勢に入りました。 わたしが手袋を拾ったことが、こんな大事になるなんて‥‥。そんな‥‥。
四人は手袋をぐるりと囲むようにして、右手の人差し指を突き出しました。まるで犯人に銃口を向けて囲むような構えです。
「包囲! ‥夜中の異様な魔力量をわたしたちよりも早く感づいたのは、ちょうど王城に戻って来られた陛下で、明け方にはこちらに報告が上がってきて、いちおー全員で様子を見てくれって、言われこれだから、油断ならないかもですね! マニータさま、本日の授業は緊急中止です!」
テラ先生は険しい顔をしてそういった。父は真夜中までお仕事されてた上に、わたしの身を案じてたのですね。
わたしにゾワゾワと罪悪感が襲ってきました。
「先生、ごめんなさい! わたしが手袋を拾ったばかりに──」
「いえいえ、わたしたちも陛下に言われるまで、異常な魔力量に気づかなかったのですから、それはお互い様ですよ。陛下はわたしたちよりも魔力探知能力がありますから‥」
父、そんなにすごかったのですね‥。母の護衛騎士なのだとばかり思っていましたが‥。
暫定魔王討伐隊の四人は、白い手袋を包囲しつつ、様子を伺っています。
ほんとうに、魔王の化身なのでしょうか?
あまりの急な展開に、今のわたしには呆然とするだけでした‥。
まず一人目──
「せんせ。こいつかー? 夜中の魔力量クソデカおばけみたいなやーつ! レキ、こんなやーつさっさと倒すぞいや!」
この面白おかしな口調を真顔で決めているのは、ルローイ・ループスさん。通称、ルルさんです。
今の風貌は人間ですが、正体は狼の獣人。普段は王城の配管工事などを、多数の人を指導し極力魔法を使わない物理道具を作ってこなしているという。
曰く「魔法は結果的に高コストだから万能ではない。物理こそが低コストで万能なやーつ」と、魔法と物理のバランスを常に考えるストイックな方です。
二人目──
「姫さまが手袋集めとるのを知っとって、ここに入りこんだんなら、こんなんは許されんわいね!」
どこの田舎訛りなのかは分かりませんが、このかわいらしい声は、レシュノルティア・レープスさん。通称、レレちゃんです。
教会から派遣されている聖女さまで、戦闘用の聖服姿がよく似合ってます。
今の風貌は人間ですが、正体はうさぎさんの獣人。美しい美貌の身体をしていて、テラ先生曰く「ボン・キュッ・ボンのボインちゃん」だそうです。
わたしもちょっと‥‥うらやま‥。いや、なりたいというよりも、彼女からの撫で撫でと膝枕を切望したいです!
もっとうらやまなのは、こんな魅力的な美貌を持つ彼女の心を射止めたルルさんでしょうかね。あーいいなあ‥じゃなくてですね!!
ルルさんは「こいつは寄れば触れば喧嘩になるやーつだから、いつでもこんなんくれてやる」と言って彼女を揶揄いますが、それくらいの仲なのでしょう。
前世では「レキ」というお名前だったらしく、今でもルルさんは「レキ」と普通に呼んでいて、もう、うん、すごく、ご馳走様ですよねー。
三人目──
「これほんまに強いんか? この手袋、震えておりますがな。わろてんか? ワテが巻いてチクワにしたろか?」
エセ関西弁と呼ばれる言葉を話す、シシマル・シープスさん。通称、シシさん。
今の風貌は人間ですが、正体は犬の獣人で、見た目はふわふわの白い毛並みが印象的。ファミリーネームの「シープス」は羊由来だそうです。
見た目のとおりですが、女神さまは彼の独特な笑い声でこの名前に決めたらしい。つまり「シシシ」と笑うんですか?
あらゆる毒に耐性があるそうで、毒見役にされがちですが、王城の料理人で魔獣の解体をして調理するのが得意。
いつぞやの秋の月見祭で麺料理を振る舞った時は、王城どころかこの国の国民たちの胃袋を掴んでいました。月見祭の「月見ラーメン」はとっても美味しかったです!
さっき彼の言ってた「チクワ」という食べ物もすごくおいしかったです。魚のすり身を焼いたらあんなに美味しいなんて! また食べたいです! でも手袋では作れない気がします‥。
そして、最後は──
「みんな気を引き締めなさい! この手袋は魔王何人分の魔力量をゼロ近くに抑える前代未聞の強者かもです! どんな攻撃が来ても命懸けで対応できるように!」
わたしの大切な先生、テラ・プス先生。 女神さまにこの名前を授かったのだそうで、気に入っているようですが、なんでそんなお名前??
四人皆様に名前を授かった女神さまのネーミングセンスをわたしは疑います。
正体は猫の獣人ですが、先生の亜麻色の髪は素敵で、獣人姿になったときの亜麻色の毛並みが美しすぎて尊いのですが、わたしの前では披露してくれません。
わたしの先生でもあり、心のお姉さんでもあり、とても大切な方です!
「「「はい、先生!」」」
その統率された動きに、わたしは見惚れそうになりましたが‥‥そんな場合ではありません!!
「できれば、マニータさまも戦闘に参加してくれるかもですか? あなたが本気を出せば、わたしたちよりさらに強い魔女なのかもだから‥」
テラ先生からのまさかの戦闘のお誘い? 魔王との戦闘の時はわたしは数日だけ参加しましたが、こんなわたしで大丈夫なんでしょうか?
ちょっと‥。ちょっと待って‥!!
このままだとユビーが悪者というか、魔王の化身として殺されてしまいますよ!!
せっかく、ユビーはわたしの命を受けて護衛になったと言うのに‥。
それに‥。それに‥‥。ユビーはわたしにとって大切なお友達です‥!
もう彼と、テレパシーで通じ合うことができなくなるなんて‥。
彼に二度と会えないなんて‥!
悲しすぎるでしょ‥‥!!
ここまでお読み頂きありがとうございます!