12 王女殿下と厳しい叱責
ユビが膝から崩れ落ちました。
「み⋯み⋯み⋯。みんなが束になって。ず⋯! ずるいっすよぉ~~⋯! ううっ! テラサキ先生ぇぇっ⋯!」
ユビがそう叫び、ざわざわしてた人だかりが一瞬にして静寂となってしまい、つい両手で口を塞ぎました⋯。
『て⋯てて⋯てか、ルーさん、闇属性を無属性って? 別属性の魔法に無茶移植って? そんなことできるんですか⋯? いくらリバースエンジニアリングとかプログラミングとか得意なルーさんと言えども、それは⋯⋯』
こういうときに、手振り身振りが激しく見た目がうるさかったら、せっかくのテレパシーの意味がないですよ。ユビ⋯。
しかし、言ってる内容はわたしにはさっぱりでした。り、りば⋯? ぷ、ぷよぐやみんぐ⋯?? 何です???
『っせーーな。おかげさまで俺は数日寝てねえんだよ⋯』
確かに、ルルさんの目にはクマがあります。三人と父はルルさんに平謝りしていますが⋯。これはどうやら無茶振り案件だったようですね?
『ユビのテレ魔のやーつは、ある程度、闇属性と光属性の魔法が達者に使える者しか長時間使えないし、バグ⋯って言うか、不具合が結構あって傍受の危険もあって脆弱性もクソもありゃしねえ代物だ! ユビ。バグ見つけたらすぐに取れよ横着者が! あと、レキのような純粋な光属性なやーつにとって、怪しい魔法だと思われやすいから、怪しくないようにするために、無茶でも無属性にする必要がどうしてもあるんだよ!分かれよ!』
レレちゃんがルルさんを讃えるように近づき、ふたりは額と額と合わせて見つめ合っています。 はわわっ? なにその愛情表現は?! あまりにも神々しい。
このおふたりが、ユビとわたしの魔法の傍受しつつ解析し、より良いものに作り変え、本来は闇と光が有利のテレパシー魔法を、魔力があれば誰でも扱える無属性魔法に無茶な移植させたという最強な魔法使いのカップルです。
こんな最強カップルに憧れないわけがないし、ユビもこのデコ合わせカップルをこそばゆそうに見つめていました。
光属性のレレちゃん。闇属性のルルさん。普通であればこれらの光と闇は、古くから相性の悪い者同士で長続きしないと言われているのですが、それを覆すような奇跡の仲良しカップルなのです。
『眠いなら帰っていいかもですよー。個別に話せますから、無理しないでねー』
テラ先生がてへぺろのポーズをしながらそう言いましたが、ルルさんは首を横に振りました。
『テラせんせーの大事な話はぜってー聞かないと。今後の話だろ? 俺らはテラせんせー居ないと⋯正直なんもできねえから⋯さ』
眠そうな顔をしたルルさんは、ユビとわたしに顔を向けて、黒い髪をササッと掻いてから、キリッと真面目な顔をしていました。
『ひめさま、ユビよう。“秘め事”遊びは楽しかったか? 次からはこの魔法を使うと良い。テラ先生の不可逆な暗号技術が入ってるし、当分は傍受できないだろう。まー今回はお遊び程度で良かったが、重要なことが傍受されるとなりゃ大変なことだ。』
ルルさんの声が強くなってきました。
『でもなー! 人が喋ってる最中や授業中にコソコソやるのは流石に失礼だぞ!? こういうとこ、なめくさってんなーと、俺は連日からそう思ってたわけよ! これは魔法どうこうの話ではない! 今度から人の話はちゃんと聞けよな!? でないとお前らの話を誰も聞かなくなるぞ!! これはそう言う注意だ!! ⋯わーったか⋯?』
それはルルさんの厳しい叱責でした。
いつもなら、独特な語り口で「やーつ」と言って大雑把に物を言いますが、ここまでまっすぐな目をして真剣に話をする姿をわたしは始めてみました。
怒っているわけではなく“注意”をしている。この感じは、生前の母の叱り方に似ていました。
ユビは『全て僕が悪いです』と言い、わたしは『こっそりやろうと提案して言ったのはわたしです』と言い、『ご迷惑をおかけして申し訳ありません』とふたりでみんなに謝り、反省しました。
ユビとわたしは自分自身の魔法の技術に過信しすぎていました。確かに“これは絶対にバレない”と思ってたとは言え、人が喋ってる最中や授業中にテレパシーは、喋ってるのと同じだし失礼なことです。気付いていたレレちゃんたちには不快だったかも知れません。
ユビとわたしがみんなに謝罪したあと、真面目な顔をしていたルルさんが髪を掻きむしって、笑顔に急変しました。
いつも冷たい無表情のルルさんの笑顔は、レレちゃんにしか見せないため、かなりレアだったりしますが、こんな近くでは見たことはありませんでした。
『俺さー。こういう叱る役、すごく苦手で慣れてないし、慣れたくもないから、良いコにしとけよなー。あと、魔法の別属性間移植は、無茶すぎて誰もやらないから、俺が楽しくてやったことだ。みんなに感謝されることではねえよ⋯』
ルルさんは、そう言いながら自身の照れ顔を隠すようにレレちゃんを軽々と横抱きにして赤ん坊をあやすように上下しだしました。レレちゃんがわかりやすいほどの赤面で「はわわわ~」と何も抵抗できませんでした。
「もおお、ルーくんが恥ずいからって、ウヒで身体で顔を隠さないでよ! ちょっ、恥ずいからおろして~」
『人の話ちゃんと聞けと言った手前、今から必死で眠気に堪えて、王太后さませんせーの貴重な授業受けて、テラせんせーの大事な話とやら聞くぞ。もし俺が寝たら起こせよ⋯。もし寝たら俺の説教に説得力が皆無になっからよう⋯』
ルルさんがレレちゃんをそっと下ろし、おろされたレレちゃんは『りょーかい』と言い、ユビとわたしに『わかった~? 今度から気を付けてね~? ルーくん怒ると怖いんやよ~?』とやさしく言いました。ルルさんは『レキのこの役回り超うらやましいんだよなぁ⋯』とぼやきました。
ところで、テラ先生の大事な話とは何でしょう?
ちょうどよく、テラ先生が説明してくれます。
『大事な話は、レオノーラ先生の授業が終わってからですね。今言っちゃうと、授業にならない可能性が⋯。もちろんこの“テレ魔:バージョン2”で、お伝えするかもでーす! こんだけの人だかり。誰が居るか分からないかもですからねー』
テラ先生が「バージョン2」を示すVサインをしながら言いました。なんだかそれ、ださかっこいいです。
『じゃあ俺寝よっかな? 終わる直前まで寝てもいいやーつ?』
レレちゃんが、すかさずルルさんの横っ腹にパシュンっと一撃と相成りました。
『ってぇーな! レキ~! まあええか。⋯おかげで、目ぇー覚めたわっ!!!』
ルルさんの痛そうなのに声を出さずに敢えてテレパシーで伝えてきました。本当に痛いのです? シシさんが安定のあの笑い声もテレパシーで来ましたが、相変わらず器用な男性陣ですね。
『王女さま、ごめんなさい。僕のせいで⋯。テラサキ先生、ルーさんとレーさん。授業をそっちのけにしてしまい、申し訳ありません。』
ユビは涙を流してそう言うと、再びみんなの前で頭を下げました。わたしはユビの横に来て同じく頭を下げました。
『ユビ。ちがうの。コソコソやろうと提案したのはわたしなのだから⋯。テラ先生、ルルさん、レレちゃん。あと、みなさま、ごめんなさい⋯』
わたしが、頭を下げてそう言うと、テラ先生とレレちゃんがわたしの両肩に居て、抱いてくれました。
ユビも、ルルさんやシシさんに肩をポンポンされてるように見えましたが、涙でよく見えませんでした。
「よろしいよろしい! 分かったなら、何度も謝らずとも良い! それでこそ、我が娘だ! 余はうれしくて死に⋯おっといっけねえ! 幸せじゃ!」
父こと国王陛下は、とてもご機嫌でそう言いましたが、わたし的には父に厳しく叱られなくてほっとしましたが⋯。
その時でした──。
「あらあら、みなさまー!おン待たせしましたーー!! 人が多くてここまで来るの大変ですわーー」
来ました。この間延びした声は、わたしのお祖母様こと、レオノーラ先生です。
「「「「「王太后さまにご挨拶申し上げます!」」」」」
四人とユビは、ほぼ声を合わせてレオノーラ先生に頭を下げた。
「ノンノンノン! 頭をあげてくださいまし。 わたしは今は、先生。 レオノーラ先生なのですよーー?」
レオノーラ先生は、人差し指を立て横に揺らしながらそう言いました。なにそれ、かわいい。
「さあ、みなさん教室に入りましょうーー」
そう言って、みんなは教室というか会議室の中に吸い込まれるように入って行きましたが、何故か生徒よりも見学者が多いようですが⋯?
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後年になって、テラ先生がこの時の裏話をさらっとしてくれました⋯。
ユビとわたしが、光属性魔法の特性についてテラ先生の授業で、補佐として来ていた光属性で聖女のレレちゃんが、わたしたちのテレパシーの魔法をすぐ察知し、どうやらわたしたちはテレパシーに夢中で授業そっちのけだったとのこと⋯。レレちゃんがそのことをテラ先生に相談したところ、テラ先生は「あら~。ラブラブなテレパシー魔法ですね。あなたたちのラブラブモードと大差ないかもですね?」と皮肉気味に返されて、ルルさんが「せんせ。あんな授業ボイコットなやーつらと一緒にすんな。すぐにでも俺がふたりにガツンと言ってやらー」と物騒なことを言ったそう。ルルさんはレレちゃんの能力をなめられたものだと思っていたそうです。
テラ先生は「ではでは、そのガツーンとやらはあなたが言ってね。かわいい後輩を叱るのもかっこいい先輩のお役目かもですよー! きっとイシドラさまも空から後輩を叱責するあなたをじっくり見てるかもですねー」と、皮肉気味に言ったため、ばつの悪い顔をしながらルルさんは「常に叱られる側だった俺に説教なんて説得力ねえだろ⋯」とさっきまでの勢いを失い自信なさげでしたので、テラ先生は父に取り合ってもらい、最終的には父とその側近の皆様にまで伝わってしまいましたが⋯。
ルルさんは、父から「そなたに余の娘と若き影護衛への教育的指導はそなたの役目としよう。多少きつくても構わぬ。なりよりそなたは、余や我が子たちより、イシドラに叱責された悪餓鬼だったのだから羨ましい限りだ。余がイシドラに叱られたのは二日酔いで起きれなかった時くらいのものだ。イシドラとの厳しい指導の日々を忘れたわけではないだろう? 適任ではないか?」と言われ、「有難きお言葉でございます。失礼ながら、イシドラ王妃さまには、実の母親よりも気にかけられ、接してくださいました。その御恩を少しでも返せるなら、お任せ下さい!」とルルさんは涙したのですが、父は「むしろ助かる。余はマニマニたんにとって、やさしい父親でありたいのだ。余から叱ったり怒れるわけがなかろう!」と言われ、ルルさんの「お言葉ですが、俺の涙を返して下さい。多少は父親らしいことをしてくださいとイシドラさまに言われるやーつですぞ!」という返しに、父は笑いながら「娘を持つとそなたも余の気持ちが分かるぞー? 早く婚姻して娘を持て!」と返したそう。
父とルルさんは、わたしの兄たちよりも話が弾むことが多く、ジョークの分かり合える者同士となっていて、そこに誰もが入れる余地がないほどの仲でもあります。きっと父も若かりし頃は、ルルさんのような問題児で、いたずら男子だったのかも⋯? まさかね⋯?
ルルさんが母に叱られた理由は、具体的に書くと全年齢対象の文章にはできないため、“男の子らしいいたずら”という内容のものでしたが、寛大な母ですら「ドスケベオオカミ」と呼ぶほど、許されなかったのでしょう。テラ先生やレレちゃん、王城の女性たちに何かしらをしたと言うことです。
当時、彼にどんないたずらをされても怒られなかったレレちゃんが、今のようにルルさんの横っ腹へスマッシュヒットをお見舞いし怒れるようになったのは、母から「ネコや猛獣というものは、時には引っ叩いて躾けないと、いくら言っても効きませんのよ?」と言われてから、たくましくそうするようになったと聞きます。だからいつもそういうやり取りがあるのですね。
わたしもルルさんにくすぐり魔法をかけられ被害者となった記憶がおぼろげにあります。わたしが彼のジョークに全然笑ってくれなかったからだとか⋯。当然ながら彼は母に叱られましたが、あのときは叱ると言うより相当怒っていて「我が娘に弱い者いじめをするような人とは、二度と口を利きません! もう何も教えることはありませんから、即刻お帰りなさい!」と、叱る時はそこまで言う人ではなかった母のマジギレ姿と、あまりのショックで泣き崩れて号泣するルルさんの姿は、ともに思い出されます⋯。わたしも泣きながら「ママ!お願いします!ルルさんは反省しています!許してあげてください!わたしは許していますから!」といくら懇願しても、一週間ほど彼とは口を効かず許してくれなかった母は、わたしをどれほど愛し、護っていたのかを彼に態度で示していたのだと今になって思いました。
それから、彼のいたずらは“徐々に”なくなりましたが、母は「あんのドスケベオオカミは、わたくしに叱られたくて構ってちゃん病を患っていますのよ。すべてはわたくしにしょうもない魔法を見せつけてその対処法を考えさせるためよ。おかげでいくつかの魔法論文の参考にはなったのよ。あのコはわたくしの悪役になりたがってるのでしょうし、あれはわたくしが死ぬまで治らないでしょう。マニータや。あのようなしょうもない男たちにはくれぐれも気を付けてくださいまし。 もしやられたら、二度と口を利かないし、二度と会わないと言ってあげなさいね。大抵の男たちは好きな女性に嫌われるとすぐに懲りますわ」とすごくためになる言葉を思い出します。
今となっては母は亡くなり、そうやって叱ってくださったり、護ってくださる相手がいないのは、とても寂しいものなのですね⋯。
ルルさんは、わたしたち兄妹よりも、とても手のかかる問題児だったそうで、母からは厳しく指導されながらもとても愛された教え子なのだとうかがえます。今では魔法の能力も高く、異属性間の無茶移植なる離れ業をこなせるほどですから、母は彼の並外れた能力と才能を見込んでいたのでしょう。
そんな母によく叱られていた「ドスケベオオカミ」のルルさんだからこそ、そのガツンの重みがありました。
ありがとうルルさん。そして母上。
ルルさんは母上に変わって、ちゃんとわたしたちを厳しく叱ってくれましたよ! 少し眠たそうでしたが⋯。
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ここまでお読み頂きありがとうございます!
ルルさんとレレちゃんたちの過去は、以下で書こうと思います。。。
狼にじっくりあたためられておいしくなる兎 #狼おいし
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