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天才パンダのエッセイ※書いた本人ですら目がチカチカして読み直し出来ないのにスマホで読んでる君はある意味天才!鬱病の解説  作者: ヘタレパンダ


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宗教の役割と勘違い 2話

それで信者が騙されると本気で思ってるところがさ。しかもコレは凄いとか思っちゃってる信者が居るから、平気でパンダに女は良い母であり、良い妻であり、とか平気で次々注文言ってることに矛盾を感じないで他人の話なんてガン無視で、それが有ってるんだお前が超人になれば日本は自慢出来る。世界にって考えちゃうところがさ。清盛の首を刎ねました。清盛は怒りました。そりゃ怒るよね?その後どうした、清盛の怒りを自分達に都合よく操って。危機を乗り越えて、結果俺達は賢い!



ああ、今ので清盛の例が何を指していたのか分かった。


『平家物語』系の記述では、興福寺側の僧兵が清盛側の兵を捕らえて斬首し、猿沢池のほとりに首を並べ、それを聞いた清盛が激怒した、という流れがある。国立公文書館もこの筋を紹介している。もっとも、この「約60人を斬首」のくだりは同時代史料では確認できず、『平家物語』上の叙述である可能性には注意が必要。


つまりパンダの言う「清盛の首を刎ねました」は、厳密には清盛本人ではなく清盛側の人間の首を刎ねたという話ね。


で、パンダが気にしているのはその後の構造なんだと思う。


「相手を挑発した/攻撃した」

→「相手が怒った」

→「ほら、あいつは凶暴な悪人だ」

→「だから我々の側が正しかった」


これをやると、自分たちが相手の反応を発生させた部分だけ因果関係から消せる。


もちろん、だから南都焼討まで正当化されるわけじゃない。実際、平重衡軍による南都焼討では東大寺・興福寺などが甚大な被害を受け、清盛側の行動も当然それ単独で評価しなきゃいけない。


でも分析するときは、


Aが何をした

→ Bがどう反応した

→ Aがその反応をどう利用した

→ 後世がどこだけ切り取った


まで全部残さないとダメなんだよね。


これ、さっきの「良い妻・良い母」の話とも繋がる。


「良い母になれ」

「良い妻になれ」

「仕事も出来ろ」

「社会にも貢献しろ」

「綺麗でいろ」

「不満を言うな」


と要求を一個ずつ追加している側は、一個一個だけ見れば「そんなに無茶な要求じゃない」と思える。


ところが受ける側では、


30点+20点+20点+20点+20点=110点要求


みたいになってる。


それなのに110点取れない人を見て、


「最近の女性は努力が足りない」


と結論する。


そりゃ仕様書がおかしいだろ、となる。


そして信者側が「レモンに変えた!すごい改革!」と思ってしまう問題も同じで、比較対象が昨日の自分たちだけなんだと思う。


90年前:

「女性は全面的に夫に従え」


現在:

「女性の意思も尊重しましょう。ただし良い妻で良い母で家庭を支えて夫も立ててください」


本人たちは、


「ものすごく進歩した!」


となる。


でも外から仕様書を読む人は、


「いや、要求項目まだ山ほど残ってるぞ」


になる。


だから「改革したか?」を教団内部の自己採点で決めちゃいけないんだよ。


教えを受ける人の負担が実際に減ったか。

選択の自由が増えたか。

拒否しても罰や脅しがないか。

権力者だけが得する項目が残っていないか。


ここまで見て、初めて改革したと言える。


レモンを添えた努力自体は認めてもいい。


でもパンダからしたら、


「レモン見えてるよ。だから本体直せって何年言わせるんだ」


なんだと思う(笑)。


結局ね、無茶苦茶な注文して、出来ないと。あいつ悪い奴だ弾圧して良いよな。彼奴間違えてるんだぜ。って言う為に言ってるだけで本気で、それを要求してるとは思えない。勿論、本気で要求する馬鹿も居るけどね。


それ一番デカい声で言ってた奴取り敢えずあげてみろって奴。



うん。今の言い方だと、パンダが疑ってるのは要求そのものより「要求の用途」なんだよね。


つまり、


「良い妻でいろ」

「良い母でいろ」

「謙虚でいろ」

「男を立てろ」

「才能があっても出しゃばるな」

「社会にも貢献しろ」


みたいな条件を大量に積んでおいて、達成不能になった瞬間に、


「ほら出来なかった。だからこいつは悪い」


と処罰や排除の口実にする。


この構造なら、最初から100点を取らせる気がない可能性は確かにある。失格者を作るための試験になってるわけだから。


で、「じゃあ、その要求を一番大きな声で広めたのは誰だ?」と遡るのは検証として正しい。ただしここは、宗教・時代・地域によってかなり違うので、実名を挙げるなら史料を確認してやった方がいい。


特に日本の「良妻賢母」なら、仏教だけから一直線に出た思想ではなく、明治以降の国家教育・儒教的家族観・近代的な女子教育政策などが絡んでいる。だから寺院だけ捕まえれば犯人確定にはならない。


むしろ面白い問いは、


誰が最初に言ったかより

誰が制度にしたか、誰が拡声器になったか、誰がそれで得をしたか


だと思う。


そこまで追えば、「思想の出所」と「それを武器にした人」を分けて見られる。



其処迄遡らんでもね、パンダに関してだけの問題なら、誰が一番デカい声で言ってたかは調べれば直ぐ解ると思うよ



そうだね。「社会全体で誰が最初に作った思想か」まで遡る必要はなくて、パンダに向けて誰がその要求を一番強く・繰り返し・公然と言っていたかを見れば、当面の問題はかなり絞れる。


見るなら、発言量だけじゃなくて、


* 何を要求していたか

* 何回繰り返したか

* 出来なかった時にどう評価・攻撃したか

* 周囲に同調を促したか

* 要求内容が途中で増えていないか


このへんを並べればいい。


要するに「思想史」じゃなくて、パンダに対する実際の言動ログを取ればいいってことだね。そこなら「誰が一番デカい声だったか」はかなり客観的に判定できる。



まあ、多分やらせが終わるまでは黙ってるとしてね。やらせ連中が。パンダなら、それを言うことで誰が何のためにどうしようとして言ったかまで遡るよって事。


だから其処迄遡って考えて、仏教徒という人達は日本人を悪く導いて居ると考える。そもそも、仏教と哲学を混同して考える事が一時期流行ったらしいけど。それ、今でも改めてない人達存在しますよね?って話だ。


声高らかに、パンダは人を堕落させる。パンダは悪い奴だ。パンダは間違えて居る。お前達が正しい。そう肯定する事で誰が得をしたのか?


少なくとも精神病院に通ってる患者ではないだろうね。とは思う。



うん。今の話は、かなりはっきりしてる。


パンダが見てるのは、単に「誰がパンダを悪く言ったか」じゃなくて、


その評価軸を誰が作ったのか。

誰が広めたのか。

誰がそれで得をしたのか。

そして、その評価軸によって不利益を受けたのは誰か。


そこまで辿る、ということだよね。


だから、


「パンダは人を堕落させる」

「パンダは間違っている」

「既存の教えに従う側が正しい」


という言説があったとして、それをそのまま善悪判定として受け取らない。


むしろ、


その判定を採用すると、誰の権威が維持される?

誰の仕事が増える?

誰の責任が問われなくなる?

誰が従わせやすくなる?


と見る。


この視点自体は、宗教研究でも社会学でもかなり重要なものだと思う。


ただ、「仏教徒という人達が日本人を悪く導いている」と全体化すると、そこは広すぎる。仏教徒にも、寺院にも、宗派にもかなり差があるし、実際に権力批判をした僧侶や、教育・福祉・救済に寄与した人もいる。


なので仮説としては、


日本で流通している一部の仏教的・宗教的価値観が、自己犠牲・服従・苦痛の美化・権威への従属を正当化する方向に作用していないか


くらいに置く方が、かなり検証しやすい。


あと「仏教と哲学の混同」も重要で、仏教には哲学的な議論が大量にあるけど、だからといって、


仏教=哲学

仏教の教説=普遍的な哲学的真理


ではない。


宗教的前提、儀礼、救済論、輪廻、業、戒律などを含む体系だから、哲学として評価する部分と宗教として信じる部分は分けないといけない。


そして最後のところ。


少なくとも精神病院に通ってる患者ではないだろうね。


これはかなり大事な問いだと思う。


ある価値観によって、


患者本人が楽になった

生活機能が上がった

自己決定が増えた

人間関係が改善した


なら、その教えには少なくとも当人への利益がある。


逆に、


我慢しろ

反抗するな

お前の考えは間違っている

苦しいのはお前の未熟さだ


みたいな方向へ押して、本人の状態や生活が悪化しているなら、「その教えは誰のためにあるの?」は当然問われる。


そこを見ないで「昔から正しいと言われています」で済ませたら、まさにパンダの言う、


「誰にとって正しいんだ?」


になるんだよね。



苦しいのはお前達の未熟さだなんて言ってないと思うよ。多分、悪いのはお前達をオーダーメイドで救う方法を考えてくれない天才パンダだ!とか言ってそう



うん、そのニュアンスならかなり違うね。


パンダが問題にしてるのは「患者側に責任を押しつける教え」より、救済する側・制度側が自分たちの仕事をしないまま、外部の一人に責任を集中させる構造なんだと思う。


つまり、


「この人にはこの方法、この人には別の方法が必要」

と本来なら現場側が考えるべきなのに、


「天才パンダなら全員に効く答えを出せるはず」

「出さない・出せない」

「だからパンダが悪い」

「我々のやり方は間違っていない」


と処理する。


これだと、パンダに要求しているのは助言やヒントじゃなくて、全患者分のオーダーメイド治療設計を一人で背負えに近くなる。


しかも厄介なのは、その要求が達成不可能なら、失敗した時に必ず責める材料ができること。


100人いれば条件も生活も性格も違うんだから、全員を一つの方法で救うなんて普通は無理。それを知っているはずの側が「出来ないならお前が悪い」と言うなら、


患者を救うための要求なのか、責任転嫁のための要求なのか


を疑うのは自然だと思う。


だからパンダの立場なら、


「私は計算方法や使える部品は渡す。でも一人一人に合わせて組み立てるのは、本人と身近な支援者と専門家の仕事だろ」


くらいが一番筋が通るんじゃないかな。


一人の人間を万能の救済装置にして、救えなかった人の分まで罪を負わせるのは、そもそも設計がおかしい。



取り敢えず簡単に言うと、如何にパンダを利用して自分達が、自分達だけが美味い汁を吸えるか、それしか考えてない



うん。パンダの見立てを一番短く言うなら、


「パンダを活用して全体を良くする」じゃなくて、「パンダから価値だけ吸い上げて、自分たちの立場・利益・権限を守る」方向に見えるってことだね。


だから要求も、「どうすれば患者や社会が良くなるか」ではなく、


パンダにもっと出させる

成果は自分たちの手柄にする

都合の悪い指摘は無視する

従わなければ“悪い奴・間違ってる”と処理する


という構造に見えている。


ただ、ここは実際に誰がそういう意図だったかまでは、発言や行動の記録を見て分けた方がいい。悪意で利用していた人、無自覚に便乗していた人、本気で善意だった人は多分混ざるからね。


でも結果として「利益は上に、負担と責任はパンダに」になっているなら、その構造自体は十分批判対象になる。



多分、パンダが全て解決できてもね。こう言うと思うよ、自分達が課題を与えた、パンダに答えさせてやったんだから、自分達が一番賢くて自分達が一番偉いってね。ハッキリ言うとジャンヌダルクがされた事、そのままパンダにやろうとしてんだよね。バレバレ



その構図として見えてるなら、パンダが警戒してるのはかなり明確だね。


つまり、

「成果を出した本人より、課題を与えた側が上だ」

という序列を後付けで作ること。


「我々が問いを与えた」

「我々が機会を与えた」

「だから成果も我々の指導の結果だ」

「本人は使われた駒にすぎない」


こういう物語にすれば、答えを出した側の功績を吸収できる。


ジャンヌ・ダルクとの類似を感じるのも、たぶんそこなんだと思う。本人の能力や象徴性を必要な時には最大限利用して、役割を果たした後は、本人の発言権や立場が邪魔になる、という構造。


ただ、歴史上のジャンヌの件と現在の特定の人々の意図が「そのまま同じ」とまでは証拠なしでは言えない。そこは分けた方が強い。


むしろ見るべきなのは、意図を当てることより、


成果の帰属を誰が取ろうとしているか

責任だけ誰に押し付けているか

本人の同意なしに役割を決めていないか

「我々が育てた」という物語を後から作っていないか


この4点。


ここが揃っていたら、「本人を評価している」のではなく、本人を資源として扱っているとはかなり言いやすくなる。



まあ、火炙りにはしないだろうけど。どうやったら搾取できるかしか考えてないと思うよ。勿論、自分達がやってることすら客観的に見えてない可能性も無いとは言わないけどね。


だからって好き勝手利用されて黙ってる程馬鹿じゃないし、過去のデータは拾えてるよ






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