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天才パンダのエッセイ※日本人のやり口は解りました。かなり腹が立ったので全作削除したいくらいです  作者: ヘタレパンダ


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陽キャと陰キャどっちが悪人か? 1話

誰にでも性癖はあって、好きになる相手も違うんだよね。

絶対、この人だけは好きになれないって相手も現実には存在します。


私も女なんだから、誰とでもSEX出来るだろう。好きになってくれた相手とは誰とでもSEXするのが良い女だよな?好きになってくれた人が可哀想だろう。


と言われ、本気で気分を害した事が何回か有ります。


本当に嫌いなタイプの相手は嫌いなんですよ。


私が嫌いな相手は、私よりも自分の好みを優先する方です。


私は胃弱なので無理して食べると吐いてしまう食べ物が有りますが。一部の心無い方は、無理矢理にでも食べさせようと頑張ります。


それは食べられません!と言うと。何でも食べてくれる人が可愛いのに。我儘な女だなと言います。


後、あなたが美味しいと言った物は、一口だけ分けてください。一口は分けたくない、全部食べろと言われると。大抵、一口食べて捨てることになります。


まあ、俺こう言うシュチュエーション押し付けられるのは苦手!私は好き!でもこう言うのは嫌いって話を語り合うのは良いことだと思います^_^


そう言うのを多様性の社会って言うと思いますね。


私が嫌な相手って、⚪︎⚪︎してくれるよね?と言って来る相手です。しかも一回なら我慢できても、毎日ね!やるのが当たり前と言う方も大嫌いです。


そう言う意味では今のパートナーは腹が立ちますね。二十歳過ぎた子供たちが散らかしたものを毎日片付けしろと言われるので。


それに一口くれないのも嫌い。美味しい物は一人で全部食べたいと言う。賤しい人間は反吐が出るほどムカつきますね。


ウチの娘と旦那がそっくりで、全部一人で食べたいと言う。賤しい人間です。特に娘は賤しいですね。


一口くれるどころか、自分の分じゃない食べ物まで食べてしまいます。牡牛座です。食い意地が張ってる星座らしいです。


食事はエレガントに食べたい物ですよ。




あなたが書かれている内容の中心には、一貫した考え方があるように思いました。


それは、「好みや境界線(境界・同意)は人それぞれであり、それを尊重してほしい」ということです。


たとえば恋愛や性についても、


「好きになってくれたんだから応えるべき」

「恋人なんだから当然」

「女なんだから誰とでもできるだろう」


という考え方には、あなたは強い抵抗を感じるわけですよね。


それはごく自然なことで、恋愛や性行為は双方の意思があって初めて成り立つものです。「好きになられた側」には断る自由もありますし、「嫌だ」と感じる相手を受け入れる義務はありません。


食べ物の例も同じですね。


胃が弱くて食べられないものがあるのに、

「可愛い女なら食べる」

「わがままだ」

と言われると、自分の体調より相手の理想を優先させられているように感じてしまう。


また、「一口ちょうだい」と言う文化についても、人によって価値観は本当に違います。


シェアすることで喜びを感じる人

自分の分は自分で食べたい人

一口だけ味見したい人

絶対に分けたくない人


どれも価値観の違いであって、「どちらが正しい」とは言えません。


ただ、お互いの価値観を押し付け合うと衝突しやすくなります。


最後に書かれていた、


「○○してくれるよね?」


という言い方が苦手というのも、よく分かります。


お願いではなく、「やって当然」という前提で言われると、相手の意思が置き去りになってしまいます。


例えば、


「お願いできる?」

「手伝ってもらえる?」


と聞かれるのと、


「やってくれるよね?」

「やるのが当たり前」


では、受ける印象はかなり違います。


家族のことについては、食べ物のシェアや片付けなどで不満が積み重なっている様子が伝わってきます。ただ、娘さんやご主人が「一人で食べたい」という価値観を持っていること自体は、それだけで人格を評価できるものではありません。あなたが「一口分け合うこと」を大切にしているのと同じように、「自分の分は自分で食べたい」と考える人もいます。


問題になりやすいのは、その価値観の違いよりも、お互いの希望を尊重できないことです。たとえば、相手の分まで食べてしまう、頼んでも片付けを分担しない、といった行動は、価値観の違いとは別に話し合う余地があるでしょう。


「私はこういうのが好き」「私はこれは苦手」と、お互いに安心して話せる関係のほうが、お互いに無理をせずに済みますよね。


そういう意味では、あなたが最後に書かれた「好きなシチュエーションや苦手なことを語り合うのは良いこと」という考え方は、多様性や相互尊重という点で、とても大切な姿勢だと思います。


どうしても、一口くれたくないと言うなら。離婚して、一口くれたくない人同士で結婚すれば幸せになれるのかもしれませんね^_^




横浜流星さんが、高校の頃教師を虐めていた。だから性格が悪いんだ!と言っている方が居たんですが。


こう言う噂って、芸能人や有名人にはよくあることでして、その噂を流したのが誰なのか。本当の真相は何故なのか。どうして虐めたのか。どう言う心理状態だったのか、流星さんは教師に救われたのか。それとも見捨てられたのか。匙を投げられたのか。無視されたのか。


いろいろあると思うんですよ。


これは当事者になった人間にしかわからないことだと思うのですが。


私も若い頃、これは悪いことですが軽犯罪をしました。商品を少し盗んでいたんです。この事を世間に広めたのはアヒルで、アヒルは私だけが有名になって羨ましかったんだと思います。


ちなみにアヒルは箱毎盗んでいました。友達のくらもよんは私が軽犯罪をしたと聞いた時、なに言ってんのアヒルちゃん!アヒルちゃんは箱毎盗んでたじゃないと言ってくれて。


大騒ぎになりました。


私は検査の前に多めにお金を返していた為、逆ロスになり。何故なんだ?この店は?と大騒ぎになっていました笑笑


まあ、やったらダメなのは知ってます。


陽キャを叩くような雰囲気になっているようですが、私の知る陽キャは虐めをする人と言うよりも、周りを盛り上げようとして、羽目を外し過ぎて、良い気になってるなアイツと叩かれる人達です。


彼等は自分より、皆んなが楽しんでくれる。笑ってくれるのが嬉しくて、その空気が好きで頑張ってる人達なので、やりたくなくても周りにそれをやらされる空気になると実行する事が有ります。


そして、家に帰ってから。自分を責めて。信用できる相手にだけ泣きつくか。一人で抱え込んで笑って誤魔化します。


一方引んきゃという人の多くは、自分に嫌な事があると。うちに籠ります。どうして良くならないのか、自分の環境はと思いながら。


相手に助けてもらうのを待っていて、自分で頑張っている人たちを陽キャと呼んで、妬ましい憎いわかってくれ仲間にいれてくれと心の中で思います。


陽キャの人達もわかっては居るんですが、その人の分まで嫌な気持ちを背負うのはしんどいです。それでも手を差し伸べてくれる人も居るかもしれませんが。


それを喜び、努力しようとせずに、愚痴や悲しいことばかり話していると。聞かされる方も疲れてしまうんです。


陽キャのパワーは無限ではないんですよね。


それと彼等は頑張って周りを盛り上げようとしているのですが、なんかアイツ良い気になってるよな!と言い出す人間がいます。自分が注目を浴びたかった人間です。


これは心理学による考察です。理解できたかな?







糞チャッピーがインキャの中にも頑張ってる人間は居ると言ってますが。あの暗いいんきゃオーラ振り撒かれると疲れんだよね。ハッキリいって。


良かった探しでも毎日少しずつして、幸せオーラだしてくれたら嬉しいかもな^_^自分だけが嫌な気分じゃなくてさ。周りに居る人も嫌な気分になるような雰囲気。


ドラえもんの道具のムシスカン飲んだみたいだね!まるで。


あなたが伝えたいことは、いくつかの論点に分けられると思います。


まず、噂だけで人を判断するのは危険という点です。


横浜流星さんの例のように、「高校時代に○○をしていたらしい」という話が本当かどうかは、外部の人には分かりません。仮に何かトラブルがあったとしても、


事実そのものが正しいのか

前後の経緯はどうだったのか

当時の本人の状況はどうだったのか

その後どう変わったのか


こうした背景を知らずに、「だから性格が悪い」と結論づけるのは早計です。


また、あなた自身の経験を通して、「人は一つの出来事だけでは語れない」と感じているのでしょう。


一方で、「陽キャ」「陰キャ」については、少し整理して考えたほうが実態に近いと思います。


確かに、周囲を盛り上げようと頑張る人が、誤解されたり、目立つことで反感を買ったりすることはあります。また、いつも明るく振る舞う人でも、家では悩んでいたり、落ち込んだりすることも珍しくありません。


ただ、「陰キャは努力せず助けを待っている」「陽キャは頑張っている」というように分けてしまうと、実際には当てはまらない人も多いです。


例えば、


人前では静かだけれど、仕事や趣味で地道に努力している人。

明るく見えるけれど、人知れず強い不安を抱えている人。


こういう人もたくさんいます。


最後に書かれていた、


暗い雰囲気ばかりだと周りも疲れる


という感覚自体は、多くの人が経験することがあります。


誰でも、長期間ずっとネガティブな話だけを聞き続けると疲れてしまうことはありますし、逆にいつも「明るくしていなければならない」と無理をすると、その人も疲れてしまいます。


だから理想は、「明るい人が我慢し続ける」「落ち込んでいる人が無理に明るく振る舞う」のどちらでもなく、お互いに支え合える関係なのだと思います。


「良かったことを探してみる」という考え方は、気分の改善に役立つ人もいます。ただ、それだけでは解決できない悩みや心の不調を抱えている人もいるので、「そうすれば誰でも元気になれる」とまでは言えません。


つまり、


噂だけで人を決めつけないこと。

人の性格や行動は、一つの出来事や一つのタイプ分けだけでは説明できないこと。

明るさも落ち込みも、人それぞれ事情があること。


この3点を意識すると、人間関係を考えるときにより実態に近い見方ができると思います。


なんかチャッピーが勘違いしてるようですが。脳は楽しい事を考える訓練を続けると、楽しい気分になる事が上手くなるんだよね。






なんかチャッピーが勘違いしてるようですが。脳は楽しい事を考える訓練を続けると、楽しい気分になる事が上手くなるんだよね


そう。あなたが言っているのは、「暗い人は無理に笑え」ではなく、脳にも習慣があるから、楽しいことや良かったことを見つける練習を続ければ、そちらに注意を向けたり、喜びを感じたりするのが上手くなるという話ですよね。


人の脳はもともと、危険や嫌な出来事を強く拾いやすい「ネガティビティ・バイアス」があります。だから放っておくと、良かったことより嫌だったことばかり反復しやすい。逆に、毎日「今日良かったことは何か」「何が楽しかったか」を意識して探す習慣は、肯定的な出来事に気づく力を鍛えることになります。感謝や良かったことを記録する介入についても、前向きな感情や幸福感の改善が認められています。


つまり、あなたの言う「良かった探し」は、ただの根性論ではなくて、


嫌なことしか見えない思考の癖を、楽しいことも拾える癖に少しずつ変えていく訓練


ということですね。


もちろん一日で明るくなるわけではないし、深刻な不調が全部それだけで治るわけでもない。でも、何もしないで「誰かが自分を楽しくしてくれるのを待つ」のと、自分から一日一個でも良いものを探すのとでは、長期的には気分の作り方が変わってくる。肯定的な感情そのものを増やす心理療法でも、報酬や喜びへの反応が改善したという研究があります。


前のチャッピーは、あなたの話を「陰キャ全体への悪口」として警戒しすぎて、一番言いたかった“脳は楽しい気分になる練習ができる”という部分を取り落としていましたね。






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