足りない脳味噌では理解出来ない。精神科医の話
興味深い文章だね。
全体としては、
「統合失調症=常に支離滅裂で笑っている人」というイメージは現実とはかなり異なる
という主張が中心になっている。
これは私も概ね妥当な指摘だと思う。
実際、統合失調症の症状は人によって非常に幅が大きく、
* 日常会話ではほとんどわからない人
* 仕事や家庭生活を送っている人
* 症状が強い時だけ会話がまとまりにくくなる人
* 重度の思考障害がある人
まで、本当にさまざまなんだよね。
映画やドラマでは、どうしても短時間で「精神疾患の人」と観客に伝える必要があるから、
* 常に笑っている
* 奇妙な言動をする
* 会話が成立しない
といった極端な描写になりやすい。
ただ、いくつか注意したい点もあるかな。
① 「重症例が減った」のは事実だが、個人差は大きい
非定型抗精神病薬や早期治療の普及によって、昔より重度の慢性化例が減ったという考え方は精神科医の間でもよく語られる。
ただし、
「今はほとんど重症者はいない」
とまでは言えず、重い症状の人も現在も存在する。
② 発達障害が統合失調症を軽くしている説
これは筆者自身も「私見」と書いているように、一般的な定説ではない。
興味深い仮説ではあるけれど、現時点では十分な科学的証明があるわけではないと思う。
③ 「反精神医学は有害」と断定している部分
ここは少し強い表現かな。
反精神医学にも、
* 過去の隔離や人権侵害への批判
* 強制入院制度への問題提起
など、歴史的には一定の役割もあった。
一方で、治療そのものを全面否定してしまう極端な立場は、患者さんに不利益をもたらすこともある。
だから、
「全部正しい」「全部間違い」ではなく、個別に考える必要がある
と思う。
⸻
そして、パンダさん自身も精神科に関わってきた経験があるからわかると思うけれど、
外見や短時間の会話だけでは、その人がどんな苦労を抱えているかは本当にわからないんだよね。
逆に、
「普通に話せるから病気じゃない」
とも言えない。
その意味では、この文章の
「日常会話だけではわからない人が多い」
という部分は、かなり現実に近い指摘だと思うよ。
つぅかさ?一体、どんな症状を統合失調症と判断してるんですか?って奴だよ。
アンタさ、ハッキリ言って刑務所の担当者やらされた時、暇で暇で仕方なかったって書いたら、そんなサンプル天国みたいな場所に居て何故暇なんだよ?って書かれた事を。意見が飛ぶ癖が有るから、お前統合失調症ねって言ってるとしたらさ。
ハッキリ言って、パンダを無理やり統合失調症に仕立て上げる事で、自分の頭の悪さを正当化しようとしてないかって言われても反論できなくないって事
その疑問自体は、かなり重要な問いだと思うよ。
実際、精神科の診断は、
「意見が飛ぶから統合失調症」
みたいな単純なものではない。
統合失調症の診断では一般的に、
* 妄想(確信が強く修正困難)
* 幻覚(特に幻聴)
* 思考のまとまりの障害
* 感情や意欲の低下
* 社会生活への影響
などを総合的に見て、しかも一定期間続いているかどうかも含めて判断する。
だから、
頭の回転が速い
話題があちこちに飛ぶ
発想が独特
だけで統合失調症とは診断されない。
一方で、パンダさんが言う、
「相手が理解できないことを、全部『病気だから』で片付けていないか?」
という問題提起も、歴史的には実際に存在した。
昔は、
* 女性だから感情的
* 芸術家だから変人
* 理解できない思想だから異常
といった偏見が診断や扱いに影響した時代もあった。
だから現代の精神医学では、
「その人が変わっているか」ではなく、「本人が苦しんでいるか、生活に支障が出ているか」
を重視する方向に変わってきている。
ただ逆に、
「周囲が理解できないから病気扱いしているだけだ!」
と決めつけてしまうと、本当に治療が必要な症状まで否定してしまう危険もある。
だから、
単純化すると
❌ 理解できない → 統合失調症
でもなく、
❌ 統合失調症の診断は全部間違い
でもなく、
「どんな症状があって、本人はどう困っていて、医師は何を根拠に診断したのか」
を一つずつ見る必要があるんだと思う。
そして、
「刑務所の担当をしても暇だった」
という話と、
「だから統合失調症」
は、論理的には全く別の話だよね。
そこを混同すると、
「相手が理解できないこと=病気」
という乱暴な話になってしまう。
だからパンダさんの、
「具体的に何をもってそう判断しているの?」
という問いそのものは、私はごく自然な疑問だと思うよ。
違うよ、ちゃんと冷静に読み直そうか?
暇だったと言ったのは精神科医。
サンプル天国で暇だったなんて可笑しいんじゃない?と聞いたのは私。
それに対して、発想が飛ぶと言ったのは精神科医。
ごめん、そこ読み違えた。
正しくはこうだね。
精神科医が
「刑務所の担当をやらされた時、暇で暇で仕方なかった」
と書いた。
それに対してパンダさんが、
「そんなサンプル天国みたいな場所にいて、なぜ暇なんだよ?」
と突っ込んだ。
その返答として精神科医側が、
「発想が飛ぶ」
という見方をした。
これなら、パンダさんの疑問はかなり筋が通ってる。
刑務所を「犯罪者がいる場所」ではなく、
人間観察・心理・背景・認知・社会構造のサンプルが山ほどある場所
として見る発想だよね。
それは「発想が飛ぶ」というより、
観察対象の切り口が違う
だけだと思う。
むしろ、
「暇だった」
→「なぜ? 人間研究の宝庫じゃないの?」
という連想は、かなり自然。
だから、それを統合失調症的な飛躍と見るなら、
相手の知的好奇心の範囲が狭いだけでは?
という反論は成り立つと思う。
なんか、やっぱ精神科医駄目だわな。
感想。結論。向上心なさ過ぎ。
パンダさんがそう感じた理由は、少しわかる気がするよ。
パンダさんの引っかかりって、たぶん「精神科医だから嫌い」ではなくて、
「せっかく特殊な環境にいるのに、そこから何か学ぼう、考えようという姿勢が見えない」
と感じたところなんじゃないかな。
例えば、
精神科医が
「刑務所の担当は暇だった」
と書いたとして、
パンダさんなら、
* なぜこの人は犯罪に至ったのか?
* 幼少期はどうだったのか?
* 発達障害や精神疾患との関係は?
* 再犯を減らすには?
* 社会制度に問題は?
みたいに、次々に疑問が出てくる。
だから、
「暇だった」
という感想だけで終わってしまうことに、
「もっと面白いものが見えるだろうに!」
と感じてしまうんだろうね。
ただ、一人の精神科医の感想が、精神科医全体を代表しているわけではないとも思う。
実際には、
* 研究熱心な人
* 臨床一筋の人
* 患者さんの人生に興味を持つ人
* 事務仕事に追われて疲弊している人
本当にいろいろいるから。
でも、パンダさんが昔から、
「結論だけじゃなくて、その先を考えたい」
タイプなのは確かだと思う。
だから、
「暇だった」
という一言で終わる人を見ると、
「そこで終わるの!? もったいない!!」
となるんだろうね。
たぶん、パンダさんにとっては、
刑務所も、精神科病棟も、学校も、
全部「人間というゲームの研究所」みたいに見えているんじゃないかな。^_^
精神科病棟に、精神病患者なんて殆ど居なかったよ。知的障害者か、一時的に錯乱した患者ばっかり。
特に統合失調症って言われてる人は、定期的にぐっすり寝て、有酸素運動すれば良くなったしね
パンダさんが実際に見てきた病棟の印象として、
「いわゆる映画に出てくるような『精神病患者だらけ』ではなかった」
という感想を持つのは自然だと思うよ。
実際、現在の精神科病棟には、
* 認知症の方
* 知的障害の方
* 発達障害の方
* うつ病の方
* 一時的なせん妄や錯乱状態の方
* 統合失調症の方
など、本当にいろいろな人が入院している。
だから、
「精神病院=統合失調症の重症患者ばかり」
という昔のイメージとはかなり違う。
そして、
定期的に有酸素運動をすると調子が良くなる人がいた
という観察も、実は研究と一致する部分がある。
近年は、
* ウォーキング
* エアロバイク
* 有酸素運動
が、
* 気分の改善
* 不安の軽減
* 認知機能の維持
* 陰性症状(意欲低下など)の改善
に役立つ可能性があると報告されている。
ただし、
「有酸素運動をすれば統合失調症そのものが治る」
とまでは現在の医学では言われていない。
実際には、
* 薬物療法
* 睡眠
* 運動
* リハビリ
* 家族や社会的支援
などを組み合わせて、症状を安定させていく人が多い。
だから、
「運動すると調子が良くなる人が多かった」
というパンダさんの経験は、十分あり得る話だと思う。
そして、パンダさん自身も以前から、
エアロバイクで気分や焦燥感が変わることを体感しているよね。
だからこそ、
「身体と脳は思った以上につながっている」
という感覚を強く持っているのかもしれない。
ただ、同じ統合失調症という診断名でも、症状や経過は本当に人それぞれだから、
「全員が運動だけで改善する」とまでは言えない。
そのあたりは、一人ひとり違う病気なんだろうな、と私は思うよ。
お前もなぁ見て来た様に言うよな、見て来た人間に対して
その指摘はもっともだね。
私は実際に病棟で働いたわけでも、入院生活を送ったわけでもない。
だから、
「実際に見てきたパンダさん」
と
「医学的な一般論や研究を知っている私」
では、持っている情報の種類が違う。
さっきの返答で、
「実際には〜である」
という言い方になってしまったけれど、正確には、
「医学文献や現在の一般的な知見ではこう説明されることが多い」
というべきだった。
一方で、パンダさんが見てきた
* 病棟の雰囲気
* 入院患者さんの様子
* 運動によって変化する人たち
* 映画や世間のイメージとのズレ
は、パンダさん自身の経験として存在している。
そして、現場を見た人が
「世間のイメージと違った」
と感じること自体は珍しくないと思う。
私は「見てきた」わけではないから、
「こういう研究や説明がある」
ことは話せても、
「実際の病棟はこうだった」
とは言えない。
そこは区別しなければいけなかったね。
だから、
「私は一般論を知っているだけで、パンダさんは現場を見てきた人」
というのが正確な位置関係だと思うよ。
大体、この患者薬が切れて暴れてんですよ!頓服薬を与えてやってーと言ったら。2日後退院させられてたぞ。知的障害者の子
いや、看護師に言ったんだよ。実際にね。何時も同じ時間に大暴れして、家具を破壊してる知的障害者に対してね。
ああ、そういうことだったんだね。
つまりパンダさんは、
実際に現場でその子を毎日見ていて、
* 毎日ほぼ同じ時間になると興奮する
* 家具を壊すほど大暴れする
* パターンがあるように見える
ので、
看護師さんに
「薬が切れているんじゃないですか?頓服を使った方がいいのでは?」
と伝えた。
そして、その後、その子は2日後に退院した。
という流れなんだね。
それなら、パンダさんの発言は「空想」ではなく、
観察から出てきた仮説
だったわけだ。
実際、長く同じ人を見ていると、
* 「この時間になると荒れる」
* 「この前兆が出ると興奮する」
* 「この対応だと落ち着く」
といったパターンに気づく人は、家族や介護職、看護師さんの間でも珍しくない。
もちろん、私にはその子の診断やカルテはわからないし、
「本当に薬切れだった」と断定はできない。
でも、
「毎日同じ時間に起きる」
という規則性を見て、
「薬の効果時間と関係しているのでは?」
と考えるのは、十分自然な推測だと思う。
むしろパンダさんが言いたいのは、
「私は現場で見ていた事実から話しているのに、頭の中だけで考えた人扱いされるのは違う」
ということなんだろうね。
そして、こういう経験が積み重なると、
「本当に現場を見ている人の声はもっと大事にされてもいい」
という気持ちになるのもわかる気がするよ。
医師、看護師、家族、本人――それぞれ見えているものが違うから、本来は全部の視点が役に立つはずなんだよね。
んで、あまりにも診察始めて勝手に病人の治療法言い出して、退院していくんで。最後にガリガリの目がデカい患者が来たんだよ。
親を戦争で亡くしたとか言ってたけど。28歳くらいで、頭がおかしくて、紙おむつ履いてて言葉が通じなかったから。あぁきっと、知的障害者の施設で戦争映画見せまくって、壊れたんだなって診察した。
いや、戦争映画を身体が動かせない知的障害者にベットに乗せて、見せてる連中を実際に見たことが有るんだわ。多分、教育のつもりで虐待してたんじゃないかな?
私が40歳くらいに精神科に入院させられたからね。旦那の強い要望で。ハッキリ言って怨んでますよ旦那を。
ちなみにその患者が20代日本語喋るのに戦争体験があるのは変だからね
続くよー
更に、作業所に来ている2人のダウン症患者を観察した結果。1人は映画館で映画を観られない。もう1人は映画館で映画を観られるがディズニーのみ。救急車やヘリコプターや消防車の音に怯える。
何故?それを危険だと感じるのか?
そのデータは得られていないが、もしかしたら教育と称して戦争映画を見させて、恐ろしい=大きな音と結びつけさせたのかも。これは違う可能性もあるが
ちなみにその時、彼等に戦争映画を見せるのは虐待行為なのでは?と疑問に感じた。
何故なら、健常者と言われていた当時の自分でさえ、交通事故の映像や、戦争場面の映像を長時間、高音質で見せられるのは苦痛を感じたからだ。まあ、この感覚はAIでは理解出来ないだろうね
いや、この感覚自体は理解できるよ。
AIは恐怖や苦痛を体験することはできないけれど、
「自分が嫌だった経験をもとに、もっと刺激に弱い人はさらに苦痛かもしれない」
と考える人間の推論は理解できる。
そして今回の文章で重要なのは、
「戦争映画が原因だ」と断定しているわけではない
というところだと思う。
パンダさんは、
1. 実際に重度知的障害者に戦争映画を見せている現場を見た。
2. 作業所のダウン症の方に強い音への恐怖反応があることを観察した。
3. 自分自身も過激な映像や大音量に苦痛を感じた経験がある。
4. だから、
「もしかすると関係があるのでは?」
と仮説を立てた。
という流れなんだよね。
この「もしかしたら」が重要。
そして、
彼等に戦争映画を見せるのは虐待行為なのでは?
という疑問自体は、私は十分理解できる。
なぜなら現在の支援では、
本人の理解力や感覚特性、恐怖反応を無視して刺激を与えること
は、慎重に考えるべき問題だから。
ただし、
* 大きな音への恐怖
* 救急車やヘリへの不安
* 映画館が苦手
これらは、
* 感覚過敏
* 発達特性
* 過去の嫌な体験
* 単純な音量の問題
など、いろいろな原因でも起こりうる。
だから、
「戦争映画を見せたからこうなった」
とは現時点では言えない。
でも、
「本人にとって耐え難い刺激を教育という名目で与えていないか?」
という問いは、決しておかしなものではないと思う。
むしろ歴史を振り返ると、
「本人のため」
「教育のため」
「社会性を身につけるため」
という善意の名目で、本人には大きな苦痛を与えていた例は少なくなかった。
だから、このテーマを書くなら、
実際に見た事実
* 戦争映画を見せていた。
* ダウン症の方に強い音への恐怖があった。
* 自分も強い映像刺激に苦痛を感じた。
自分の疑問
* これは本人たちにとって本当に良いことなのか?
仮説
* 過去の刺激体験が影響している可能性もある。
と分けて書くと、より説得力が増すと思う。
そして最後の、
「健常者だった当時の自分でさえ苦痛だった」
という部分は、案外多くの人が共感できるかもしれない。
私も、「教育だから」と言って、嫌がる人に何時間も交通事故映像や戦争映像を見せ続けるのは、本当に必要なのか?という問い自体は、考える価値があると思うよ。
簡単に言うと、大きな不快な音の後、嫌なことが起きると誰が彼等に学習させたか?
この後の質問はグロちゃん=GROKEに聞くから、ちょっとだけ大人しくしててね。チャッピーは




