パンダと駄菓子屋 前編
駄菓子屋ワンダーランド(前半)
1. 入口はいつも、砂ぼこりと甘い匂い
駄菓子屋の前には、いつも薄い砂ぼこりが舞っていた。
ガラス戸を引くと、鈴がチリンと鳴る。奥のちゃぶ台でおばあさんがテレビを見ていて、
「いらっしゃい」と言うより先に、こちらの足元をなぜかチェックする。
(万引きじゃないよ、今日は小銭ちゃんと持ってきたし)
棚には色とりどりの袋。10円、20円、30円。
「消費税ゼロ」という奇跡の時代。100円玉が王様みたいに偉かった。
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2. ビンジュースと“理不尽の早弁”
店の横には、王冠つきのビンジュースの自販機。
その足元には、しょっちゅう割れたガラス片が落ちていた。
「あー、ここで割るのかー」と観察力だけは鋭いパンダ、つい真似してみる。
…が、腕力不足で1ミリも割れず。
その瞬間、奥からおばさんが飛び出してきて、
「いつもやってるのはアンタね!やっぱり外人だから悪いことする!」
はい、理不尽の早弁をいただきました。
犯人はたぶん別にいる。私は“観察”しただけ。いや、未遂すらしてない。
それでも、茶色い髪と白い肌に、こういう台詞はくっつきやすい磁石みたいだった。
(……でも、ここで泣いたら負け。駄菓子とガチャが待っている)
結局、パンダを捕まえて叱っても、瓶が破られる事件は続いたに決まっているので、婆さんも犯人は外人じゃ無いと解ったと思います。
謝罪はされなかったけど。
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3. ガチャの神殿、開帳
店の前のガチャコーナーは、子どもたちの小さなカジノだ。
20円、100円。ハンドルを回すたび、カプセルがコロン。
「噛みつき婆ちゃん消しゴム」。噛みつき婆ちゃん消しゴムは、鉛筆に婆ちゃんが噛み付くジョークグッズ。100円。
男子が私の真似をしてどんどん回し、教室では“噛みつき婆ちゃん対戦”がはじまる。
机の上でガブガブ。先生が来ると、全員、素知らぬ顔で筆箱に仕舞う。
(婆ちゃん、口は悪いが空気は読める)
女の子に人気なのは、芸能人の下敷き(当たり景品)。
当たりが欲しいから、カプセルから出た“普通の消しゴム”はポイ。
人間とは、かくも正直に「目的以外を捨てる」生き物である。
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4. 傘の先はトレジャーハンターのピッケル
週に一度の“発掘の日”。
私は傘の先でガチャの機械の下を探る。カツ、カツ、カツ。
ほら、出てきた。転がったままの消しゴム、集めれば袋いっぱい。
おばあさんがテレビを見ている隙に、私は地面で金鉱脈を掘り当てる。
家に帰ると、クッキーの空き缶にドサッ。
「また増えたねぇ」と母。
母はどうやって手に入れるか知らなかった。
男子たちは目を丸くして、「すげぇ……ウルトラマンの怪獣、宇宙戦艦ヤマトの消しゴムが2つも有る交換して!」。
私は静かに言う。「嫌……」。
(この頃からコレクション欲は強かった)
ただし、キン肉マン消しゴムだけは別格。
男子は絶対捨てない。女子もほとんど回さない。
だから、傘の先で探っても“キン消し”だけはまず出てこない。
世界には“手放されないもの”がある。名誉とか、友情とか、そしてキン消し。
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5. 共有地の悲喜こもごも
ある日、友だち数人とマグネット(聖闘士星矢)を何十袋も買った。
私はズボラなので、みんなのマグネットを“ひとつの袋”に入れた。
当然、誰のがどれか分からなくなる。
「パンダ、これ私のだよ」「いや、それ私のじゃない?」
国家間の領土問題みたいな、マグネット国境線紛争が勃発。
さらに追い打ち。「交換しよ?」と差し出した1枚に、鉛筆の芯の汚れ。
「こんな汚いの、渡された」と言われ、胸にズキュン。
わざとじゃない。ほんとに、わざとじゃない。
その子は意外と気にしてなかったらしいけど、私はしばらく自己嫌悪に沈む。
“やさしい後悔”という言葉があるなら、それはこの日のためにある。
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6. 100円の王国と、節約の王女
パンダは貧乏だった。
お小遣いは、すぐ食べるより、貯めて「でかい物」を買う派。
自転車、ビデオデッキ、ラジカセ。
子ども銀行のキャッシュフローを握るCFO(Chief Family Optimizer)だった。
だから、漫画本は買ってもらえない時期が続いたし、ガチャの下も探る。
「ないなら作る。ないなら拾う。ないなら考える。」
創作脳の原型は、駄菓子屋の床に落ちていた。
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7. 珍味の時間:ポット入りイカと焼たら
我が家の定番は、珍味系の駄菓子。
ポット入りイカ、焼たら、マヨたら。1本10円。母は10本まとめて買ってくれた。
消費税がない時代。100円ポンッで「ハイどうぞ」。
大人のつまみであり、子どものおやつ。
口の中で広がる、イカの旨みと自己主張。
歯にくっついても、幸福はくっついたまま。
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8. 「買い食い禁止」と“合法グッズ”
中学では買い食い禁止。だが、文房具屋でのアニメグッズはOK。
聖闘士星矢のマグネットが1袋20円。
小さな袋から、宇宙と運命と小宇宙が出てくる。
「500円で買ってきて」と頼まれることもあったけど、
あの頃の私は、その子は絵柄にこだわりが薄いだろうと勘違いした。
“ダブりの処分”が私の市場戦略。今思えば、あれは立派なサプライチェーン。
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9. ゆるい衛生、ゆるい時間
駄菓子屋には、賞味期限切れのパンが並ぶこともあった。
裏の冷蔵庫から、瓶ジュースが出てくることもあった。
店の半分は住居で、畳とカーテンの隙間から家族の生活が見えた。
いま思えば、いろいろ“ゆるい”。でも、そのゆるさに守られた。
こぼしたラムネを拭く雑巾のにおいまで、思い出は保存されている。
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10. 宝探しは続く——そして現在
傘の先でガチャの下を探っていた子どもは、
いま、ガソリンスタンドのレシートボックスをのぞく大人になった。
「3円割引クーポン、ないかな」
小さな得は、積み重なると大きな得。
駄菓子屋で鍛えた嗅覚は、令和の節約にもちゃんと役立つ。
そして何より、あの場所で覚えたこと。
手放されないものは、拾えない。
キン肉マン消しゴムのように。
友情や誇りのように。
そして、私がずっと拾い集めてきた小さな物語のように。
——続く。




