表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

8  『どうにもこうにも』


 人殺し、と声がした。


 いや聞き違いだろう。何かの音をそう捉えてしまっただけだろう。俺は気にせず、上がってきた図面のチェックに戻る。しかしまたため息が漏れた。俺はたまらず奥村を呼んだ。


「何ですか?」

「奥村、この図面ちゃんとチェックしたのか」

「はい。しましたけど」

「じゃあ何でこんなにミスが多いんだよ」

「え? どこですか?」


 奥村に赤ペンを入れた図面を見せる。奥村が作ったものではないが、チェックした印鑑を入れている以上、これは奥村の図面に等しい。


「ああ、直すよう月島さんに言っておきますね」

「いや言っておきますねじゃなくて、お前が気づかなきゃいけないだろ」

「すみません」


「……まあ、お前もよくやってくれてるよ。でも、もうちょっと気合い入れてくれよな」


 うなずく奥村。しかし洲崎さんと同様に響いているようには見えない。奥村だけじゃない、他のメンバーも似たような反応をする。俺は本当にみんなの上司なんだろうか。


 奥村を席に返すと喫煙所に駆け込んだ。誰もいない喫煙所で煙草に火を点ける。熱い煙が肺に満ちた。


      ●


 定時になったので派遣さんを帰らせる。そしてプロパーの勤怠時間を確定させる。こんなこと本当はしたくない。みんなを説得するのは大変だった。でも繁忙期を残業無しで乗り切るにはこれしかない。ほんの少しだけ耐えてほしい。会社のためにどうかお願いしますと頭を下げまくった。


 毎日会社に泊まった。こんなこと新人の頃以来だった。あのときは修学旅行の夜を思い出してワクワクしたものだが、今そんな気持ちはもうない。ただ眠り、朝を迎え続けた。


 そんな生活をしばらく続け、何とか納期を守ることが出来た。


      ●


「ただいま」

「おかえり。お疲れ様」

「久しぶりに亜里砂の顔を見た気がする」

「大変だったね。お風呂入る?」

「うん、早く入りたい。そうだ、陽菜はもうお風呂入った?」

「まだだよ」

「じゃあ俺が入れるよ」

「いいの?」

「いいよ、たまには父親らしいことがしたい」

「わかった。じゃあお願い」


 陽菜の顔を覗きこむ。目が合う。指を近づけると、ふわっと握ってくれた。「陽菜、パパと一緒にお風呂入ろうね」抱き上げ、連れて行く。陽菜は急な飛翔に気をよくしたのかキャッキャと笑った。


 小さな風呂にぬるま湯を張り、陽菜を浸からせる。陽菜は気持ちよさそうだった。微笑んでくれたおかげで疲れが吹き飛んだ。


 家族三人で囲む食卓も久しぶりだった。


「明日休みなの?」

「そう。ついでに次の日も、その次の日も休み」

「すごいね」

「有給溜まってるから、こういうときに使わないと」

「頑張ったご褒美だね」

「明日どこか行かない?」

「いいけど、家でゆっくりしてていいんだよ?」

「いいんだ、亜里砂たちとお出かけしたい」

「ありがとう。じゃあナツくんの実家に行かない?」

「俺の?」

「ナツくんと陽菜の顔を見せに行こうよ」

「陽菜のはともかく俺の顔なんて見せてもしょうがないでしょ」

「親はいつまで経っても子どもの顔を見たいものだよ」

「そうなのかな。……うん、たまには親孝行するのもいいかも」


 夜は心地よく眠れた。目を覚ましたとき、それが勘違いじゃなかったと確信出来た。鳥のさえずりが聴こえた。カーテンをそっと開けると真っ白な光が飛びこんできた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ