7 『幸せっていう怪物』
亜里砂の足に触れても、死体に触れているようにしか感じられない。自分が何をしたいのか、あるいは何をしたくないのか、よくわからなかった。
「大丈夫?」
「ごめん」
「いいよ、無理しないで。大変だったね」
「俺が悪いんだ」
「ナツくんは悪くないよ」
「もっと別の言い方や、やり方があったかもしれない」
「そうかもね。でも何もかも上手くやれる人なんていない。ナツくんはナツくんなりに頑張ったんだよ」
見てきたように言う亜里砂。だけど適当に言っている風ではない。彼女には見えているのだ。俺が会社でどんな立場であり、どんな風に仕事をしているかが。
「人は死ぬときは死ぬよ。むしろ死んでないのが奇跡なんだよ」
事故で右足を失った亜里砂が言うと説得力がある。
「だから今は、生きている人たちのことを考えようよ」
「……そうだね」
社内は今も浮ついている。みんな社会人だからあからさまに表にはしないが、精彩を欠いているのがわかる。あることないこと吹聴して、精神の安定を図ろうとしている人もいる。それをきっぱりと正し、みんなを良い方向へ導くのが俺の仕事だ。
「陽菜。パパ、頑張るからね」
寝ている娘の頬に触れる。この子が大きくなったとき、誇りに思える父親でいよう。心からそう思った。