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5  『ミッドナイトグライダー』


 昔は本を読むのが好きだった。本であれば何でも読んだ。小遣いをやりくりし、古本屋も利用し、何とか本を手に入れていた。七瀬と本の貸し借りをしたことも数知れない。俺たちは本を通じて繋がっていた。そしてある日いつものように帰っていると、七瀬が空を見上げて言った。小説を書いたから読んでほしいと。その夜、メールで作品が送られてきた。そこにも『頼んだ』の一言しかなかった。


 俺はバトンを受け取ったような気持ちでそれを読んだ。しかし所詮は子どもが初めて書いたものだ、どこを褒めたらいいかわからないほど出来は良くなかった。俺はそれを言葉を選んで伝えた。せっかく書いた作品にそんな微妙な反応が返ってきたら、普通なら不機嫌になるか何日か落ち込むだろう。人によっては自分には才能がないのだと諦め、何か別のものにハマり始めるだろう。だが七瀬はそうならなかった。七瀬は読んでくれてありがとうと笑った。そこから、今日まで及ぶ七瀬の戦いが始まった。七瀬はまだトンネルのなかにいる。暗闇のなかを一人進んでいる。いつか光を掴むと信じて。


 七瀬の新作を読む。しかし文字が意味のある連なりとして認識出来ない。これまで七瀬の小説を何本読んできたかわからない。だがそのほとんどは俺の好みに合わないものだった。同じ時代に生まれ、同じようなものを読んで育ったのに、価値観はまるで合わない。俺は七瀬にとって、決していい読者じゃないだろう。なのに七瀬は小説を完成させると俺に送ってくる。昔からずっと。『頼んだ』の一言とともに。俺が何も反応しなくても、そのうちまた送ってくる。七瀬は何を考えているんだろう。もう小説を書く機械としか思えない。


 俺も七瀬に影響されて学生時代、短編を何本か書き、冊子にして学園祭で配布したことがある。だが誰からもいい反応を貰えず、バイトや恋愛や研究や就活を理由に書くことから遠ざかっていった。今じゃ何も書く気が起きない。


 七瀬は未だに仕事もせず小説だけ書いているという。そんな生き方は俺には出来ない。したくもない。怖くないのだろうか。何か一つに自分の持っているコインをすべて賭けるなんて。外れたら何もかも失って終わりじゃないか。保険をかけておいて失敗してもいいようにするという生き方を、どうして選ばないのだろうか。


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