4 『スパークルダンサー』
「洲崎さん、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
「心配しましたよ、急に早退したと思ったら三日も休むんですもん」
「すみません」
「ちょっとお話ししたいので来てもらっていいですか?」
しかし会議室はどこも使われていて、一番広い部屋しか空いていなかった。二人で使うには贅沢だが、俺たちはそこに入り、向かい合って座った。
「洲崎さんがやる予定だった仕事はご心配なく。全部俺がやっておきました」
「ありがとうございます」
感情がまったくこもっていない。これまでは気にしていなかったが、今になってそれを非常に不愉快に思った。俺がその後の流れを説明しても、メモも取らず、聞いてるんだか聞いてないんだか、途中であくびまでこらえる始末だった。四十歳の男が会社でそんな態度を取って、恥ずかしいと思わないのだろうか。
「聞いてますか、俺の話」
「聞いてます」
「じゃあ今、俺なんて言いました?」
洲崎さんは俯いて黙った。俺がその先を話すのを期待しているような間だ。だから俺は意地でも口を開かなかった。すると洲崎さんがぽつぽつと話し始めた。しかしそれは俺が言ったこととまったく違った。
「全然違いますよ。今まで何を聞いてたんですか」
「すみません」
「すみませんじゃなくて。洲崎さん、やる気ありますか?」
「あります」
「じゃあ何で話を聞いてないんですか。報告もしてくれないんですか。奥村だって困ってますよ」
「すみません」
「すみませんじゃなくて、どうしたらそうならないかを一緒に考えたいんです」
「すみません」
「いや、そうじゃなくて……」
同じ国の人間と話しているとは思えない。
「どうしていつも何も言わず、勝手に仕事を進めるんですか? 仕事はチームでするものでしょう? 洲崎さん一人でやれることなんてないんですから、もっと周りを頼ってください。俺たちはそんなに頼りないですか?」
「いえ、いつも助けて頂いて、ありがたく思っています」
「だったら何で!」
「すみません」
話を打ち切り、洲崎さんを席に戻らせた。
そして俺は踊った。気づいたら踊っていた。広い会議室は踊るのに十分なスペースがあった。俺はサンバや盆踊りやファイヤーダンスのような踊りを、疲れるまで踊った。
●
トイレで、部のメンバーが洲崎さんの悪口を言っているのを聞いてしまった。人は人のいないところだと、人をこうも見下すことが出来るのか。俺ももしかすると、俺のいないところで同じようにカス扱いされているのかもしれない。いや、かもしれないじゃない。されているだろう。
でも、洲崎さんを擁護する気にはなれない。洲崎さんも頑張ってないわけじゃない。大企業特有の様々なルールが複雑に絡み合ったクソ面倒くさい職場だ。半年や一年で慣れるものじゃない。俺もいまだにすべてを理解しているわけじゃない。しかし昨日出来なかったことを今日は出来るようになろうと思い、一歩ずつ進んできた。そんな姿勢をあの人からは感じない。だったら見下されてもしょうがない。
辞めるだろうなと思った。今まで多くの人がここを去るのを見てきた。だから辞める人のことは何となくわかる。みんな来たときとは明らかに違う目をして、そして突然、ブレーカーが落ちるみたいにいなくなるのだ。
死ぬときも、そんな風に死ねたらいいのにね。
●
「浅野くん、君のところ、ちょっと残業が多いんじゃないかな」
「そうですね。でも残業をしないと間に合わないんです」
「それはわかるよ。でも他のチームと比べて、君のところだけ多いんだよ」
「部品が違うんですから、比較されても……」
「上の人はね、そんなこと知らないんだ。報告書で上がってくる数字しか見てない。私も辛いんだよ。浅野くんがよくやってくれてるのはわかってる。まだ若いのに主任なんて押し付けちゃってさ。本当はあと五年は現場にいてもらうはずだったのに」
「まあ俺しかいなかったんで、しょうがないです」
「とにかく、これからはあまり残業させないようにしてね」
「努力はしますけど、仕事はどうするんですか」
「まあそこは、ほら。私の口からはちょっと」
「……そういうことですね。わかりました」
「君しかいないんだ。頼んだよ」
ふと七瀬の顔や言葉が頭に溢れた。一番多かったのが、出会った頃の、中学生の七瀬だった。七瀬は今とあまり顔が変わっていなかった。思えばあの頃が一番楽しかった。俺は回想をしたくて、無理やり記憶の海へ飛び込んだ。思い出の海で溺れられるならそれはそれでいい死に方のような気がした。
俺と七瀬は笑っていた。世界には何らの痛みも絶望も存在しないとでもいうように。そんな頃もあったのだ。