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3  『飄々とエモーション』


「あれ、洲崎さんは?」

「さっき体調が悪いからって早退しましたよ?」

「本当? 聞いてないよ」

「言ってませんでしたっけ? すみません」

「……まあ、報告はちゃんとしてな」


 喉元まで出かかった言葉を呑み込む。携帯を取り出し、洲崎さんにかける。しかし待っても出ない。いくら体調不良だからって上司の俺に何も言わず帰るなんて何を考えているのか。


「確か洲崎さん、今日までに作成しなきゃいけないデータがあったよな?」

「そうでしたっけ?」

「しっかりしろよ。俺たちはみんなの進捗を管理する立場なんだから」

「そんなこと僕に言われても。洲崎さん全然報告してくれないから、僕もわかんないですよ」


 奥村が口を尖らせる。まだ新人とはいえ、この態度はいかがなものか。だがそれを指摘したとて何にもならない。人から言われて出すようなやる気は長続きしないからだ。俺は他のメンバーに洲崎さんの仕事を引き継いでくれるよう頼んだが、みんな忙しく、他の仕事にまで手が回らないようだった。


「しょうがない、俺がやる」


 俺が頑張れば済む話だ。初めからそうしていればよかった。期待して断られるときほど心が痛む瞬間はない。俺は逃亡をかましてくれた洲崎さんを脳内で殴りながら、設計用のパソコンの前に座った。


 設計というのはなかなかゴールに辿り着かない仕事だ。守らなければいけない仕様が山ほどあるし、周辺部品との関係も見なければいけない。部品によって上下関係もあるし、データ上では大丈夫でも実際に搭載してみると成立しないことがわかったりする。どこにつまずいて最初からやり直しになるかわからない。そして仕事はどんどんやってくるから少しずつ手が回らなくなる。残業も多くなるからどんどん人が辞めていく。それをマシンガンのように派遣さんを投入することで何とか持ちこたえている。世界的な大企業でも意外とそんな風に回っている。


「じゃ、浅野さん。お先です」と奥村が言った。

「……ああ、お疲れ」


 気づけば空が暗くなっていた。


 どうしてこんなにやることが多いのだろう。適当に置いても自動車は走るだろう。どうせほとんど誰にも見えない部品だ。多少見てくれが悪くても、誰も気づかないだろう。なのにまるで何千ピースもあるジグソーパズルを組むように作らなければいけない。マウスとキーボードが自分の体の延長線上にあるように感じる。忌々しくも。

 何とかデータを作り終え、他部署へ展開した。周りには俺しかいなかった。


      ●


 帰るとやはり亜里砂が起きていた。亜里砂は読んでいた本から顔を上げた。


「おかえりなさい」

「ただいま。何読んでるの?」

「このあいだドラマになったやつ」

「面白い?」

「主人公の上司がすっごく嫌な奴だけど面白い」

「嫌な奴なのに面白いの?」

「そう言われると不思議だね」

「いい人ってどうでもいい人のことだって誰かの歌にあったね」

「たぶんそれかも。ご飯は?」

「まだ」

「今日はピーマンの肉詰めとポテサラ……って、いきなりどうしたの」

「ごめん、ちょっとこのまま」

「……うん、いいよ。いつもありがとう」


 俺は亜里砂を強く抱きしめ、色んなところにキスをした。そして亜里砂の右足に頬ずりをした。偽物の足、作り物の足──だけどそれが亜里砂の足で、俺はこの足が好きだ。


 この足を奪い取れば亜里砂は片足だけになり、あらゆるものから逃げられなくなる。亜里砂を思いのままに出来る。一生、縛り付けておくことが出来る。だが、そんなことは絶対しない。したくない。


 亜里砂が俺の股間に触れた。そこで気づく。俺の性器がまったく固くなっていないことに。俺の性器は空気の抜けた風船のようにしおれたままだった。俺はごめんと言い、亜里砂から離れた。亜里砂はうなずき、乱れた服を直した。俺は風呂に入り、夕飯を胃のなかへ入れた。


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