1 『オドループ』
目を閉じて、そのまま死ねたらいいのにと思う。
人がなぜ死ぬのが怖いかって、痛いからだ。死ぬためには何らかの痛みを伴わなければいけない。ビルの屋上から飛び降りても、電車に轢かれても、ロープで首を吊っても、銃で頭を撃ち抜いても。だけどそれらが何の痛みもなく行えるなら、世界の自殺者は今よりもっと増えるだろう。みんなこぞって自殺するはずだ。
亜里砂と陽菜の静かな寝息が聞こえる。俺は何を考えているのだろう。もし俺が死んだら二人はどうなる? 自殺なんてくだらない。自殺をする奴は馬鹿だ。カスだ。そんな奴に俺はなりたいのか?
疲れているのだ、と思う。しかし死にたいという気持ちは昨日今日湧いて出てきたものじゃなく、子どもの頃から薄っすらとあった。明確な行動に移したことはないが、どこかで常に死を意識していた。両親を事故で亡くしたとか恋人を殺されたとか、そんな鮮烈な他人の死を経験したこともないのに、どうして俺の頭から死が離れてくれないのだろう。
薄闇のなか、二人の顔を見る。二人の顔はまるで死んでいるように安らかに見えた。
死ぬのにも才能がいる。目には見えないが、こちらとあちらの境目には確かに線が引かれていて、その線を越えるには人並み外れた胆力が必要になる。俺のような凡人には無理な話だ。だから痛みもなく死にたいと願ってしまうのだろう。
それは極めて、健康的な思考だと言えるだろう。