第六話 忠臣は忠告するがその忠告はしばしばピーーされます♪
ー 魔法学院ヴェローナ ー
学園都市ヴェローナの高級ホテルスィートの一角で、猫の使い魔のノワールは、皇女リリアと身支度をしていた。
「リリア様、今日はやっぱり舞踏会に出席するの?
参加なんかしないと思っていたのに」
と、気まぐれな皇女様に話しかける。
さっきまで『行く』とか言っていたのに、やっぱり『行かない』ということはこれまでも日常茶飯事であった。今回も、どうせそんなことだろうと高をくくっていたのである。
「気が変わったのよ。今回はドレスは赤が良いかしらね。
さっきは黒でしたから、赤にしましょうね」
と、黒いドレスを自分のきれいな肢体に合わせる。
「ひょっとするとあの王子にホントに会いに行くの?」
「そうだとすると何か悪いのかしら」
「都合は良くはないと思いますよ。でもなんでよりによってアッシュ王子なんですかねぇ、ひょっとするとホントのホントにリリア様は相手がフロストヴァルドの王子でも関係ないってこと?」
「そんなの関係ないわ」
とあっさりとリリアは言った。
フロストバルド王国とサンフォーレ皇国は敵国である。現在は停戦条約を結ぶのみの係争の中にあった。緩衝国として、その間にあるエリドール公国をもってして、なんとかその均衡を保っている状態で、一触即発の状態がもう30年以上継続している。
そんな敵国の王子と外国で一緒にいるだけで、
奇異にみられるのは当然である。
「いやいや、世間はまた違う目で見ると思うよ。
なぜどうして敵国の子女で一緒にいるのって」
「そんなの、私は全然気にしませんわ」
「リリアが気にしなくっても、他の人が気にするよ。何かあっても、ここは本国じゃないから、今まで通り国内で使ってた箝口令とか、記憶操作とか、表立ってできないんですよ」
「これまで通り、ばれるはずありませんわ。そんなに問題なら、魔法でもかけて人目に付かなければいいんですの」
魔法について自信満々なリリアには、
何を言っても無駄か。
と思い始め、ノワールは論点を変えることにした。
「そうだといいんだけどね、それと、あの、言いにくいんだけどさ、アッシュ君は見た目は10歳とか12歳くらいに見えるんだよね」
「そうよね、なんてかわいらしい」
「リリア様は14歳とかサバ読んでるけどホントは今年16歳になるんですからね。どうみても「おとうと」と「おねいさん」にしか見えないよ」
「弟とお姉さんでも良いではないですか。仲の良い姉弟もいるものですよ」
リリアは、全く悪びれる様子もなく、むしろ嬉しそうに微笑む。
ノワールは内心でため息をついた。この皇女様は、一度こうと決めたら誰が何を言っても聞かないことを、彼女はよく知っていた。
「いやいやリリア様、かなり年が離れているように見えるし、下手すると、サンフォーレの皇女様が幼児趣味だって言われかねないよ」
リリアはむきになって答える。
「べ、別に、言わせておけばいいではないですか。サンフォーレの古典においてもこの年代の恋愛小説なんて五万とありますし、それこそ「無教養」とか「芸術音痴」と笑われるだけですわ。そんな古典や神話を全て『禁書』にしてからそんな発言をしてほしいわ。そんなの、とんでもなく馬鹿げているでしょう?」
実際にサンフォーレの古典小説は、15歳の男子と13歳の女子が初めてあった初日に結ばれる♪という破廉恥+お下劣極まりない話である。現実とはかけ離れた内容なのに関わらず、未だに人気を博しているのだ。
ため息をつきながら、ノワールはこの方向ではだめなことを理解し、今度は変化球を投げる。
「でも、そんな噂がたったら、もう良いところのお婿がこないよ!」
リリアは、ノワールの言葉に一瞬だけ動きを止めた。
しかし、すぐにまたドレスの裾を翻し始めた。
「別にそんなの必要はありませんわ。
それに私、あの王国を継ぐつもりもちっともありませんの。
私は魔法を極め、そして世界中を旅してまわりたいものですわ。
狭い場所で、じっと身を潜めているのは、
もう金輪際ごめんですの」
ノワールはこれ以上何を言っても無駄なことを悟り、口をつぐんだ。この皇女様は、行くところまでいかないと、やはり理解できないらしい。
「自分は助言はしました。あとは知りませんよ」
とノワールは心の中で独り言を言った。
ただ、この皇女様を守るため、またはどんな結末を迎えるのかを見届けるためには、自分はそばにいなければいけないのだ。ということだけはノワールは理解した。
ただ、もしあの王子がリリアの介入により、これまでの通り何らかの形で不幸な運命をたどった場合、両国の全面戦争など破滅的なものになりかねないことを、大変危惧した。