第三十六話 剣はペンより強し?
和平交渉の場の空気は緊張感で張り詰めていた。
フロストヴァルドの代表として、国王レイヴァルドがテーブルに着き、
サンフォーレ皇帝、レオンドゥスは威圧的な態度で交渉の開始を見守っていた。
リリア皇女は、全てのワインボトルを手に取って戻した後、
皇帝の隣に、微笑みをたたえて座った。
その笑顔は、終始全く不自然に、どこか幸福そうであった。
会場の一角には、アッシュが不安そうな視線で交渉の様子を見つめていた。
彼は、リリアと二人で練り上げた計画の成功を祈るように固く拳を握りしめていた。
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前日にサンフォーレに到着していたアッシュは
リリアと秘密裏に落ち合い、二人だけで秘密の計画を立てていた。
それは「和平交渉の場で、皇帝を暗殺する」という、
大胆かつ危険な計画だった。
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「アッシュは、私を信じてスクロールを突き立ててくれればいいの。」
リリアは、フロストヴァルドの王子であるアッシュに囁いた。
「アッシュ、その後のことは私に任せて。
でも、次のステップもとても重要なの。
皇帝を排除できたとしても、
私たちが正当な後継者として、
名乗りを上げなければならないの。
だから、覚悟を決めてほしいの、アッシュ!
その場で私に「婚約」を申し込んでほしいの。
正当なサンフォーレの王位継承者が必要で、
敵国の王子では意味がないのよ。
実際に結婚するかどうかは後で考えるとして、
今は絶対にそうするしかないわ!」
リリアは、父を暗殺するというような
どこか深刻な話題を切り出しながらも、
どこか嬉しそうな表情を見せていた。
アッシュは、リリアの言葉に少し戸惑いながらも、
それ以外方法がないことは理解している。
「…わかりました。リリア様。でも、本当に大丈夫ですか?
もし、計画が失敗したら…?」
と尋ねた。
リリアはアッシュの肩に手を置き、力強く言った。
「これまでもそうだったように、必ず成功させるわ。
アッシュは私を信じて!私も、アッシュを信じてる!」
リリアはアッシュの目の前に立ち、そして唇を重ねた。
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「この和平が、二つの国に繁栄と平和をもたらすことを祈念し、乾杯!」
サンフォーレ皇国の皇帝レオンドゥスは力強い声で宣言した。
その隣には皇女リリアが、不自然な笑みを浮かべて立っている。
「この和平交渉が」
「両国にとって繁栄を」
「もたらすものとなるよう」
「心より願い、乾杯!」
フロストヴァルドの国王であるレイヴァルドも、
緊張しながらも力強くグラスを掲げた。
会場に、乾杯の音頭が響き渡る。
レイヴァルドも、周りの貴族たちも、グラスを傾け、ワインを口にした。
フロストヴァルド側は普通に乾杯を行った。
サンフォーレ側は、乾杯のあと、酒を飲まずに待った。
しかし乾杯のあとサンフォーレ一行は、漠然としていた。
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北の国の代表たちは無事だった。
ワインには毒を入れたのに、フロストヴァルド側は誰も苦しみ始めないのである。確かに毒は入れたはずであった。
しかしながらワインは直前にリリアがワインボトルを持ったときに、
全て解毒してしまったのである。
皇帝も、毒の効果がないことに内心焦りを感じるが、表面上は平静を装っていた。
「では、和平交渉の最終段階として、
この魔法のスクロールに両国の代表が署名をお願いします」
交渉役の法王が静かに告げた。フロストヴァルド国王レイヴァルドはペンを手に取り、スクロールに署名する。続いて、サンフォーレ皇帝レオンドゥスも署名し、スクロールを交換する。
リリアはアッシュに視線を送り、ウィンクで合図を送る。
アッシュは緊張した面持ちで立ち上がり、
リリアから魔法のスクロールを受け取ろうとしていた。
しかし、その時高らかに声が上がった。
「少しお待ちください!」
サンフォーレの側近が静寂を割って話した。
アッシュは冷や汗をかきながら、あまりの緊張に吐きそうになった。
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「そのスクロール…ですが、念のため調べさせてください」
会場は一瞬にして凍り付いた。
アッシュは固唾を飲んで事態の推移を見守っていた。
もしリリアがスクロールに細工をしたことが露呈したら、
計画は終わりである。
「念のため、スクロールを開けて確かめてみましょう」
側近はスクロールを開けて、何もないことを確認した。
「…何も異常はありません。問題ありません、陛下!」
すると、フロストヴァルド側の側近が、
「では、こちら側もスクロールも確認させてください」
と言い出した。リリアはやや動揺した顔を演出した。
平静を装いながら、アッシュが真剣に側近がスクロールを確認する様子をじっと見つめているのを眺めていた。
北の国の側近は南の国のスクロールを手に取り、皆の前で
『何も異常がないこと』
を確認した。
アッシュは目を見開いてスクロールを見つめる。
間違いない、このスクロールには何も細工はない。
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(どういうことだ? 本当に、これでいいのか…?
剣なんてどこにもないぞ…
紙のスクロールを突き立てなんかしたら、冗談ではすまない… )
アッシュは混乱しながらも、リリアと目を合わせた。
リリアはにっこり微笑んだ。
(…リリアを… 信じるしかない。 リリア!)
リリア皇女はフロストヴァルドの側近からスクロールを手に取り、
アッシュまでの距離を歩いた。
その間に、彼女は密かに魔法を発動させた。
アッシュは深呼吸をして、リリアからスクロールを受け取り、
フロストヴァルド側に引き返さず、皇帝に近づいた。
皇帝にスクロールを突きつけてこう言った。
「このスクロールの内容だが、
フロストヴァルドの王族の一人として、私は承知しない。
破棄を申し上げる!」
会場がどよめく。
微動だにしなかったのだが、
一番驚いたのは兄の、
レイヴァルド国王だった。
(弟よ、どういう意味だ、
国を差し置き、私をさし置き、
何を考えているのだ。
読めぬではないか。
これもお前の策略の一環か?)
レイヴァルドは微動だにしなかったが、
弟アッシュの行動に驚きながらも、
アッシュのこれまでの動きを考えて、
冷静に観察し始めた。
皇帝は楽しそうな笑みを浮かべ、
「それもまたよかろう」
と言ってスクロールを受け取ろうとした。
その瞬間…アッシュは覚悟を決めて、
スクロールを王の胸に突き付けた!
「姉の無念、我が師の無念…その胸にしかと受け止めるがいい!!!」
皇帝はアッシュにスクロールを突き付けられた。
皇帝は虚を突かれた。
まさか、この王子がこんな暴挙に出るとは
予想していなかったのだ。
しかしながらスクロールは、
王の胸に当たるなり
途中でへにゃっと曲がった。
皇帝は、アッシュと目が合った。
アッシュは、ちらっとリリアを見た。
リリアは笑いこけていた。
騒然となった会場は、
より一層混乱に陥った。
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ー 前日の サンフォーレ皇国 シャペルブール皇宮 ー
リリアはどうやってスクロールにレイピアを仕込むか悩んでいた。
「隠すことは簡単だし、入れ替えることも簡単だけど、
バレた時に大変なリスクを負うわね…何かいい案がないかしら…」
皇宮に住むアルフォルトに詳細は説明せずにそれとなく相談してみた。
「ねえ、アルフォルト…何か大事なものを他の人に見つからずに隠すにはどうしたらいいかな?」
「んー、リリアはそういう魔法使えないの?見えなくしたり隠したり、そういう意地が悪いの、得意そうじゃん。」
アルフォルトの言葉を聞いて、リリアはひらめいた。
「そうか!スクロールを王子に手渡す直前に、
魔法で隠しておいたレイピアを、魔法でスクロールに隠せばいいんだわ!」
皇女は嬉しそうに微笑んだ。
「皇族であり、魔法使いである、『私』にしかできないことだわ!」
リリアは計画の成功を確信した。
(スクロールが細工されたとか、相手側にも情報を流しておこうかしら。)
(アッシュは、スクロールに何も入っていないのを見た時…どんな顔をするのかしら?ふふふ…楽しみだわ♪)
リリアは企むような笑みを浮かべた。
(彼は、剣術が並み以下だから、
レイピアの刀身に剣聖の魔法でもかけておかないといけないわね。)
ノワールには結婚できないと馬鹿にされたが、
明日はアッシュに婚約を申し込まれる大事な大事な日なのである。
リリアは念入りに準備した。
会議に参加していたサンフォーレの外交官を『洗脳』し、
リリアがアッシュにスクロールを渡すように段取りをした。
リリアは極大魔法で使い切った魔力がまだ回復してはいなかったが、アッシュの驚く顔をただただ見たいばかりに、魔力を贅沢に使うのだった。




