第三十二話 軍隊の虐殺
ー フロストヴァルド 最南端都市 ティアモ近郊 ー
翌朝というか、3時間後にルーナが目覚めた時、イングリスの副官アランが作戦を練り終わっていた。
情報を収集すると、敵残存兵力は、ティアモ市街を拠点に防護を固めるつあるということだった。
確かに、ドラゴンナイツを見た後に、今から本国に逃げだしても、点在する部隊が帰国途中に全滅することくらいは、認識しているはずだった。
それであれば、森でも都市でも引きこもって、塹壕戦に持ち込んで味方の支援を待った方が良いに決まっている。
そしてあの森は危険すぎると判断したのだろう。念話が本国に届いたとしても、援軍がくる時間にはしばらく時間がかかるだろう。今が攻め時である。
でも、そうだとしても、こちらは辺境の防衛隊のみで、数的には有利になっているとはいいがたかった。
また、都市部の戦闘はドラゴンなどは不向きである。そもそも市街を壊わしてしまえば、責任問題になってしまう。
情報を集めた副官の提案は、こうだった。
1,焼き払う。
2,塹壕戦に付き合う。
3,無視する。
さすが副官、教科書みたいな提案をしてくる。
焼き払うのは復興に時間がかかるし、民衆が怒るに決まっている。戦後にやり玉に合うのも、逆恨みに合うのも、ルーナはまっぴらごめんだった。
ルーナはまだ、町で買い物したり、スイーツのお店で楽しみたいのだ。いきなり誰かに刺されたり、毒殺されるようなことはしたくない。
塹壕戦に付き合うのはもっとも愚の骨頂だ。なぜに、自ら少ない兵をさらに減らすのだ。都市にこもって塹壕戦をするなど、古典的な戦法だ。
もう避難が完了し、市民もリソースも残っていない辺境都市には攻める意味も、こだわる意味もさっぱりない。彼らの狙いは本国から援軍が来るまでの時間稼ぎで、つまり、彼らの目的をくじくようにするのが、最良なのである。
ルーナ的には、土魔法で虫やネズミを大量に召還したりして塹壕戦に付き合うような悪趣味なのは好きな戦術だが、その後の始末でめんどくさいことになるに決まっていた。万一こちらの食料でも食いつぶされたら一大事である。
3の「無視をする」のはいい戦術だが、背後を突かれないような工夫が必要なのである。
ルーナは、今回は副官のアランとよく相談をし、「3,無視する。」という戦術を立てた。
どう無視するかというと、もう一回極大魔法を使うのである。しかしながらルーナの魔力はもう昨日でほぼ枯渇してしまっていた。回復にはかなり時間がかかる。
その為、今回はティアモ辺境の魔導士部隊様様達の魔力をお借りして、極大魔法を使うことにした。
ただ、魔法を使うにしても、前回同様にアースウォールにて町ごと高く上げてもよいのだが、飛行できる部隊がいたり、つたって降りてくることも不可能ではなかった。
もうルーナは飛行部隊にはこりごりなのである。その為、今度は、町ごと地面につぶすことにした。上空にはドラゴンを旋回させる。空中ではドラゴンナイトに勝てるものはそうそういない。穴には、水でも撒いてやれば、この天候である。降伏してくるに違いない。塹壕戦に付き合って損耗したり、時間を消費するのだけは避けたいのである。こんな奴らは閉じ込めてもう速攻で戦線を移動するのである。
再び楽しそうな顔をしてアッシュに計画を奏上する。
・ランドコラプスの極大魔法を執行する。
・市街を40メルチ程度、掘り下げる。
・川から水を注ぎこむ。
・降伏勧告をする。
戦が終わったら、またアースウォールで引き上げればよい。多少、市街が多少水浸しになっていようが、燃やしたり、ドラゴンで市街戦するより幾分ましだ。市街地は劇場ではない。市民の生活の場なのだ。国家の重要な財産である。
国王レイヴァルドに報告もすませ、作戦時間まで準備を開始した。
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作戦の時間になった。作戦は翌日の朝に開始した。空から逃げられないようにドラゴンナイツに上空を旋回させる。
辺境の魔術師軍団たちには、昨日の朝からずっと詠唱をさせている。
魔導士諸君、申し訳ないが、戦うよりは、安全な戦術です。寝ずに詠唱ご苦労様です。と一通り慰労した後に魔法を発動させる。
「ランドコラプス!」
ルーナが詠唱を完成させると、
市街が沈み始める。「今回は急に沈めなくてもいいから、魔力の消費も緩やかだ」とルーナは思う。前回は、戦術が楽しすぎて空回りしてしまっていた。
ティアモ市街で建物の中に潜んでいた敵兵士達も、様子をうかがいに窓を開けたり、地震だと思って飛び出してくるものもいる。
水は敢えて入れなくても、地下水が入りこみ始めている。川から水を引きいれるのも、密かにルーナは楽しみ始めていた。
アリの巣に、水を入れて遊ぶ感覚だ。
「アッシュ様、見てください!ヒトが、アリの様です!」
はしゃぎながら、アッシュに報告する。
前述の通り、ルーナ・ノーヴァは少々「正気ではない」参謀なのである。
再び調子にのったルーナが穴の下の人間たちに向かって叫ぶ!
「私は、フロストヴァリア軍参謀のルーナ・ノーヴァだ!」
「ただちにこーふくしろ!!!」
「今日中にはこの町を完全に水没させる。」
「上空はドラゴンナイツがおり、逃亡は不可能だ。」
「明日までには水の注入が完了する。」
「くりかえす、ただちにこーふくしろ!!!」
人生で一回はやってみたかったことができて、ルーナは大満足だった。
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「ちょっと寒いな」と思いながら、ルーナは引き返して、天幕にてティータイムを楽しんでいた。茶でもしながら、ゆっくりと相手が降伏するのを待つとしよう。
ルーナは、今回も特にサンフォーレ軍を皆殺しにすることは計画していなかった。降伏するものは捕虜にすればいいと考えていた。むしろ、奴隷兵や農奴兵などは、憐れむべき存在で、積極的に救いたいとすら考えていた。
しかしながら、そうは思わない人間が一人いることに
ルーナは、今しがたふと気が付いた。
何しろこの天候、ものすごい寒いのである。そういえば、まだ秋の季節なのに、天候が異常に寒いのも変だなとは思っていた。
ルーナの予想を上回り、
市街は急速に凍り付き始めていた。
ルーナは悟った。
自分が意図せず、大虐殺を行ってしまったことに。
おそらくあの人は、怒り狂っているのだろう。
耳がぴりぴりする。危ない兆候だ。はやくここから早く離れるに限ると考え、軍隊を素早く撤収しエリドールへの進軍を命じた。国内の防衛戦など、国土のリソースをただ浪費するだけで、さっぱり利益はないのだ。防衛優先などありえないし、そんなのは戦で身内が殺されたことのない馬鹿かスパイのいうことだ。
戦線は敵国に常に起き、蹂躙をすることで敵国のリソースを奪うのだ。敵主力を壊滅させた今という好機に、即刻電撃的に前線をサンフォーレ側に移動させるのだ。
昼までには市街は完全に凍結した。
おそらくティアモ周辺一帯は「天候操作魔法」により、しばらくの間は凍結されることだろう。
開戦と同時にこの魔法を発動させたのは、おそらくあの「コミュ障」のレイヴァルド国王である。ルーナに魔法の発動を伝えるのを忘れたのだろう。コミュ障もほどほどに願いたいものだ。
アッシュの兄である国王レイヴァルドが「戦略級」氷結魔法使いであることはフロストヴァルドの国家秘密である。王直属のルーナしか、これがレイヴァルドによる天候操作魔法だとはわからない。
この魔法を使ったであろう上司に報告する。
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サンフォーレ主力の壊滅を確認しました。
これよりエリドールに進軍を開始します。
御許可を願います。
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おそらく、森に逃げたサンフォーレの軍勢も絶望的だろう。捕虜の回収は中止にし、市民と難民を直近の市外への移動を急ぐように指示した。
ルーナ・ノーヴァは18歳、独身。
初陣にてサンフォーレ軍、約10万を虐殺した。サンフォーレ軍は、その主力部隊を無抵抗に「虐殺された」のである。贄となった分はルーナの責任ではないのだが、結果的には初戦で『10万の軍隊を虐殺した参謀』として公式に記録されることになった。
ルーナはエリドール領地深部で前線を構築した。場所は補給と地形の兼ね合いで決めた。フロストヴァルド主力の到着と共にルーナは軍参謀の任を交代した。アッシュと共に首都に戻るのだ。
ルーナは今回ははしゃがなかった。自分の計画立案の浅はかさと、自分が為した責任の重さに、挫折なのか、後悔なのかわからないが、何度も血反吐を吐いて泣いた。
ルーナはもう10万人もの家族から目の敵にされる存在となったのだ。表立ってスイーツを食べに行くことなど、今後はもう無理だろう。
ルーナは泣くたびに、アッシュに何度も慰められた。
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ー フロストヴァルト最南端陥没都市 ティアモ ー
サンフォーレ軍の参謀ゾランは完全に打ちのめされていた。壊滅的な初戦の後、生き残った者たちは散り散りになり、かつての勢いは影を潜めていた。彼らの目には恐怖と絶望が窺えた。
軍隊主力がほぼ無力化されたため、皇帝から秘密裏に賜った悪魔召喚を行うマジックアイテムを使用した。街道沿いの兵隊をほぼすべて生贄にした分、強力なデーモンの召喚に成功した。
皇帝のお供の少女によれば、このレベルのデーモンであれば、フロストヴァルド全域を掌握できるはずだった。本来はティアモを掌握した後に使用するはずだったが、いたしかたなかった。
攻城用にとっておいた強力なオーガーの傭兵とデーモンによりあの山を突破したはずなのに、あの軍勢が無力化されたのも信じられなかった。
既に騎兵とチャリオッツの軍主力は初激の極大魔法によって物理的に半分が潰され、残りは魔道砲で無効化され壊滅していた。将軍も初手で死亡したようだ。本国に連絡し、援軍を依頼した。あとは、この街に立てこもるしかない。
その矢先のことだった。再び敵からの極大魔法が発動されるとは、参謀のゾランには予想外だった。通常極大魔法には莫大な魔力が必要であり、連発は不可能なはずだった。
遠くで何やら若い娘が叫んでいるのが聞こえたが、彼にはそれが何を意味するのかが理解できなかった。寒すぎるのだ。
「寒い…」とゾランは震えながら呟いた。天候が急変し、周囲は一層の冷気に包まれていった。まるで自然までもが彼らの敵となったかのようだった。戦略を練り直す必要があったが、ゾランの頭は既に冷え切っていた。凍る寒さの中で、彼の思考は停止した。




