第三十一話 想定外の死
ー フロストヴァルド最南端都市ティアモに続く街道 ー
サンフォーレ側の参謀ゾランも、ただ無能ではない。むしろ十分警戒していた。
街道の周囲は山である。伏兵にはもってこいの地系なので、見張りをたてながら進軍はしたのである。ただ街道はこの大雪の中下でも自動融雪魔法により行軍しやすい形になっていた。
じきに街道上の敵の陣を見つけると、その陣に王家の旗があることを確認すると、勇猛に突撃を始めた。
サンフォーレの精鋭は重装騎兵を伴った重装戦車部隊である。騎兵によるランス突撃で前線を吹っ飛ばし、戦車により蹂躙する、前線を突破・蹂躙するのがその役目である。
魔法防御も完璧であり、通常の爆裂火球程度であれば、びくともしない。戦線を突破し、戦線を蹂躙し、突破したあとの後方部隊のせん滅も騎兵と戦車部隊の役割である。あの程度の前線であれば、騎兵のみでも一撃で突破可能であろう。通常の槍兵だけでは対処が困難なのである。
突撃がはじまり、騎兵と戦車が最高速に乗った瞬間に、ルーナは楽しそうに準備していた土属性の極大魔法を発動させる。
ここがこの戦場での「戦争決定点」なのである!
「アースウォール!!!」
ルーナが自分の最大限の魔力を最大限に消費し絶叫する!
巨大な魔法の土壁が
地図が変わるくらいの幅をもって
突如地面から急激に隆起する。
突如千メルチ程度の「山」が出現した。
通常のアースウォールは地の壁を作り上げる魔法であるが、「戦略級」地精霊魔法使いであるルーナの極大魔法「アースウォール」は、そのスケールが異なるのだ。
ドーーーン!
魔法発動時に直上にいた騎兵と戦車はそのまま上空に高くに吹き飛ばされ打ち上げられたのち、地面にたたきつけられ、それより後に続く部隊は、土壁に激突する。
ルーナは上空からバシャバシャと雨のように自軍側に落ちてくる騎兵や馬車をうっとりと眺めつつ、水晶球で戦場を確認する。魔法防御は物理攻撃には耐えられても、重力に脳が潰されるのは防げない。
騎兵部隊は突撃に失敗し、残った騎兵が戻り始めると、後ろからは自分の軍隊が迫っているのである。
「突撃取り消し!全軍待機!!」
軍参謀の長は、念話で指示しようにも、
騎兵の将軍は初激で即死している。
そして念話がそもそも通じないのだ。
ルーナは、相手の念話を傍受・妨害すると、そのまま念話のジャックを行い、サンフォーレ側に通達していた。
「全軍前方に突撃しろ」
と。
こうしてサンフォーレ前線にはどこにも行き場のない軍勢が自軍に押しつぶされる形になっていった。うごかない騎兵、うごかない戦車、いい的なのである。
この足の踏み場もなく詰め込まれた場所「戦場決定点」に、
計画通り魔道砲がさく裂する。
スーーーーー ドパーーーン
魔道砲は攻城兵器である。攻城兵器を転用し、直接軍隊の上に着弾させるのである。物理攻撃を含むため、単なる爆裂火球より強力なのである。落下点は既にきまっているので、百発百中なのである。
魔道砲が着弾し、肉片が吹き飛ぶ、
その隙間に軍隊が押し出させる。
そして魔道砲が着弾し、肉片が吹き飛ぶ、
そして軍隊が押し出される。
このような阿鼻叫喚の空間が生まれていた。
サンフォーレの前線は、魔道砲によりもうもうと煙があがり、サンフォーレ軍は、その煙の中に突撃しなければならない状態に陥っていた。
サンフォーレ軍の軍律では逃亡は死刑。サンフォーレ軍は逃亡するものは、督務部隊によりまず殺されるのである。ところどころにいる逃亡者を殺害するための督務部隊がさらなる仇になっていた。
ルーナは雨のように降ってきた騎兵や戦車の残骸から、
敵将軍と思われる騎兵をみつけ、その頭をがっしり踏みつけ、
「計算どーり♪」
と悦に至るのであった。
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サンフォーレ軍主力の後続部隊は突撃の指示がでたので前方に移動はしてみたもののそれ以上進軍ができずに停滞していた。
「前線はどうなっているんだ」
と、足を止めた時だった。
サンフォーレ最後列部隊は突然、
背後からフロストドラゴンによる突撃を受ける。
ドーン!!
最初の一体の突撃で、100人ほどの兵隊が前方に吹き飛ぶ。
そして、次々と総勢5体のフロストドラゴンが、
連続で突撃を敢行してくる。
フロストヴァルドの主力、ドラゴンナイツである。
サンフォーレの最後列はパニックに陥り、
前方へ前方へと移動を始めた。
この時だった。
ただでさえ突撃命令で混雑していた部隊配列である。多くの将兵が狭く配置されたところに、大量の兵が吹き飛んできたので、バランスを崩して転倒が連鎖したのだ。
「ドミノ倒し」が起きたのである。
バタバタと倒れるサンフォーレの兵士たち。一旦倒れてしまうと、他の兵士の重さで、身動きが取れない。
突撃後には、フロストドラゴンは、再び飛び上がり、ドミノ倒しが起きていない部分に突撃を敢行する。
もしくは、ドミノ倒しで倒れている兵たちを蹂躙していったのだ。
身動きのできないものを踏み潰すことは、戦闘ではなく、もはや虐殺である。
ドラゴンナイト部隊は、敵中列ほどには魔道砲を発見し、直属の魔法使い部隊には突撃しておいたらしい。前衛のいない魔法使いには対応ができなかったであろう。
ペガサスナイトは森の外で迷走している部隊を刈る役割を命じてある。
つまり、ドミノから運よく逃れられた残りの兵は「悪魔の森」に問答無用で逃げ込むしかないのである。
フロストドラゴンによる突撃成功の報を聞いたルーナは、今回の完璧なる勝利を確信した。
ドラゴン部隊は、被害を受けぬよう、突撃だけ行うことにさせた。
アッシュの初陣を完璧に飾った大勝利。
アッシュ様に褒めてもらおうか、
誰に褒めてもらおうかとルーナは夢想していた。
「すりつぶせー」
とルーナは一人念じていた。
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ルーナが勝利を確信した直後のことである。
ズーーーン!!
ルーナの目に、アースウォールに衝撃が入り、
巨大な穴が開くのが目に入った。
ルーナの目が点になる。
「ありえない」
とルーナは思った。
『ありえない』ではなく、
単にルーナは想定してなかっただけであった。
ルーナは確かに優秀な参謀ではあるが、
現場の経験は皆無に近かった。
自分の魔法が破られるとは思っていなかったのである。
現場経験があれば、
「もしも」や「たられば」の引き出しが増え、
安全装置の引き出しも増えるであったであろう。
でもルーナは、まだ参謀としては
ど素人の駆け出しだったのである。
巨大な穴から出てきたのは、
プレートメールを装備した巨大なオーガーの一団と
暗黒魔法のオーラが漂う、魔法の鎧を身にまとった
デーモンであった。
「大金でせっかく楽しみしてきたのに、
ここには雑魚ばっかりしかいねぇみたいだな。」
とオーガーが言い放つ。
「ありえない」
表情を変えてルーナは言った。
オーガー達はルーナにとっては雑魚である。
問題はあのデーモンなのである。
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ルーナの見たところ、この「デーモン」はただのデーモンではなく、都市人口を犠牲にして作り出すレベルの「アークデーモン」であった。
そのアークデーモンは、魔法の装備をフルに完備させていて、ルーナの魔法も容易に貫通しそうになかった。危険な敵である!
おそらく、サンフォーレ側は、自国の大量の負傷兵を「贄」にしてあれを呼んだのだろう。
そもそもルーナは、極大魔法の使用と、間諜などの魔法にもかなりの魔力を消費していた。
ルーナは爪を噛むのをやめ、アッシュの前にでると、
広範囲の泥沼魔法を使用した。
「ありえない!」
ルーナは心の中で叫ぶ。
確かにオーガーの集団の方は、皆、腹のあたりまで泥に沈めた。
しかしながらこのアークデーモンは飛行して泥沼魔法を避けると、そのまま飛行しながら突撃を仕掛けてきたのである。ルーナは土精霊魔術師である。飛行する相手には分が悪い。そもそもルーナの魔力はもうまったく枯渇してしまっていた。
ルーナはたいへんに後悔していた。
自分がアッシュを盾にするような戦法を取らねば、
アッシュが生存できたかもしれないこと、
またペガサスナイトを、防御に回していれば、
アークデーモンならしばらくは時間が稼げたこと、
何より、アークデーモンがいるのであれば、魔力消費の多い極大魔法など使用せず、もっと別な戦術があったかもしれないのだ。
凍れる森で塹壕戦に徹する方法もあった。なぜ少ない兵力で正面戦争を望んだのか。ルーナの自分の能力への過信が原因である。
もう絶望的な状態である。
でも反省してももう遅かった。
ルーナは後悔で涙するとともに、
魔力枯渇で意識が遠のき始めた。
ルーナは泣いた。
ルーナが力尽きる前に、
ルーナは最後に見た。
突撃を敢行してきたはずのアークデーモンが
なぜか途中で墜落し、
目の前で横たわっている姿であった。
「ありえない。」
との言葉と共にルーナは気絶した。
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アークデーモンも、いきなり自分がブラックアウトしたことに困惑していた。異常体制と魔法耐性を持つデーモンは基本的に、ブラックアウトはしない性質を持っている。
特に複数の命をつアークデーモンには強力な異常体制が備わっているはずだった。
それも魔法耐性の完全装備のアーマーを装備しているのである。状態異常の魔法など、効果が及ぶ余地がないのだ。
アークデーモンは立ち上がった時に、どうやら2つある心臓のうち1つが止まっていることに気が付く。
「何が起こっているのだ。」
疑問に思いながらも、召還の条件となっていたターゲットの敵将は目の前の子供だ。目前の解放条件の前に怯むデーモンはいない。
再び構えて一歩進む。進んだところで、デーモンは、口から黒い液体が出ていることに気が付く。
「馬鹿な、私には毒など効かん。」と言い終わるやいなや、デーモンは黒い大量の液体を吐き出した。
「なんじゃこりゃー!」
というセリフと共に、アークデーモンは「絶命」した。
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ぽかんとするアッシュに、長距離の念話が入る。
「アッシュ様、戦争はどうなりましたか?」
「リリア、なんとか終わりそうだよ。」
「そうですか、すこし魔法を強くしておきましたから、何か問題があったら呼んでくださいね!」
と多数の水晶球を用いて戦争の観戦をしていたリリア皇女は、ひさしぶりにアッシュ王子と会話ができて、楽しそうにほほ笑むのだった。




