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第二十七話 時間稼ぎ

ー フロストバルド最南端都市ティアモ ー


サンフォーレ主力軍による戦争の火蓋が切られる。

サンフォーレからの宣戦布告なしの急襲であった。

ティアモ砦に、容赦なく魔道砲の紅蓮の業火が渦巻いた。


地響きを轟かせながら、サンフィオーレ軍の重騎兵団が、

平原を赤黒い波のように埋め尽くしていく。


その後ろからは、陽光を不気味に反射する槍衾を森のように密集させた歩兵隊が続き、さらに後方からは、魔導師たちの詠唱する呪文が、稲妻や火球となって砦の防衛線を容赦なく襲う。


「砦にこもれ! できる限り時間を稼ぐのだ!」


最前線で指揮を執るイングリスは、鬼気迫る形相で、

兵士たちを鼓舞していた。


しかし、フロストヴァルド軍の兵力は、

サンフォーレ軍の10分の1にも満たない。

砦の防衛にさけるのはもっと少ない守備隊だ。


さらに、サンフォーレ軍の先鋒は、

皮肉にも、かつて故郷を追われたはずの、エリドールの民の姿があった。

彼らは、サンフォーレの圧政によって奴隷兵となり、

肉壁としてフロストヴァルドへと刃を向ける。

歩けるものは、歩ける限り歩かされ、

そして倒れるものは、とどめを刺され、

後退も逃亡も許されないのであった。


自分たちの同胞と戦わねばならない

やり場のない怒りと悲しみに、

エリドール出身のイングリスは

心を焼き尽くされるようだった。


砦の急襲の先方は騎兵部隊と戦車部隊であった。

ただし騎兵も戦車も城攻めには向かない。

あくまで主役は歩兵と攻城兵器である。


魔道砲であれば、防御魔法の展開でなんとか砦の防御は可能だ。


しかし大量の歩兵については、砦は魔法防御では防げない。


ティアモ砦から閃光が走る。


ピィーーン!


閃光が走った領域のサンフォーレ歩兵隊と、攻城兵器が広範囲で上下に真っ二つにされる。


サンフォーレ陣営、ゾラン参謀はこの光景を観察していた。

どうやら、砦から超高密度の魔法が放出され、

歩兵部隊を部隊ごと真っ二つにしたようだ。

こんなものを食らいつづけては、戦力が無駄にそがれてしまう。

サンフォーレ側は、歩兵部隊による砦の急襲をあきらめ、魔道砲と長距離魔法による攻撃に切り替えた。

長距離攻撃による完全な物量で押し切る先方に切り替えたのだ。


どうせこの物量である。すぐにでも砦の魔法使いは魔力が枯渇するだろう。


________________________________



エリザは、防御結界により魔道砲の直撃から砦を防御していた。


歩兵がとりつくと面倒なので、

神には申し訳ないが、神聖魔法を戦争に使用した。

大量の人命を奪ったことを神に懺悔した。


ホーリーレーザーを超高密度に凝集させ魔力消費を抑え、

広域に展開したのだ。


効果はあったようで、歩兵や攻城兵器での砦の急襲はあきらめたようだ。


しかしながら、魔道砲による長距離攻撃はつづく。

散発的な歩兵の攻撃も続く。

エリザの魔力は徐々に削られていく。


時折散発的に侵入してくる歩兵隊は対処できないので、

イングリス率いる砦の防衛隊が砦で迎撃を行う。


市民たちの避難が完了し、戦線が整えられるまで時間を稼ぐためには、

王国最高の剣士のイングリスと率いる少数の防衛隊と、

王国最高の神官がこの砦を守るしか方法がないのである。


時折ホーリーレーザーも牽制の為に打たねばならず、

フロストヴァルドの最高神官とうたわれたエリザの魔力も、

徐々に枯渇していくのだった。


エリザはフロストヴァルドの王女にして最高神官である。

本来前線で戦う存在ではない。


しかしエリザは、フロストヴァルドの民とエリドールの民を、

悪魔に差し出すのを、許すことができなかったのである。


エリザの決心は揺らぐことはなかった。


翌日から、ティアモには季節外れの大雪が降った。


________________________


エリザがイングリスに意地悪そうに声をかける。


「イングリスよ、 あなたがここで命を落とす必要はありません。 エリドールの民である貴方が背負うことではありません。このフロストヴァルドの王女が引き受けます。イングリス、退きなさい。」


「王女様のご存じの通り、私はエリドールの民ではありますが、フロストヴァルドの軍人でもあるのです。これは私からのお願いですが、エリザ様こそ、撤退しては頂けないでしょうか。エリザ様こそ、大事なお身であり、軍属でもありません。女性なのですから撤退ください。」

と、切り返す。


「私が撤退したら、誰があなたを守るのですか、イングリス。」


「わ、私は、最期までここで砦に籠ります。」


「まだ市民の避難は完了していません。そしてルーナが防御陣を準備できていません。まだ死ぬときではありませんね、イングリス!」


と言われ、イングリスはぐうの音も出ないのだった。

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