第一話 入学して即刻一般民間人をピーーしようとするお話♪
ー 東の国の魔法学院ヴェローナ ー
ここは、学園都市ヴェローナの最高級ホテルスィートの一角、全身が黒、白目も、黒目も「黒」の獣人の女性が黒いドレスの美女に話しかける。
「リリア様、もうすぐで遅刻ですよ。式典はいかないんですか?」
「式典なんて行ってもどうせちぃっとも面白くないから、
式典の道中の人々を見るのが楽しくてはなくて、ノワール?」
「そんなに外国に来たから羽が伸ばせると思ってまた好き勝手するつもりでしょ。こっちの身にもなってくださいね。こっちでは誰もカバーできませんからね」
「はいはい、あまりあなたにフォローさせないように、セーブするから大丈夫よ」
とリリア・サザンウィンドは答えた。
フォローに奔走するこっちの身にもなってほしいと真にノワールは思いながら、その口をぐっと堪えていた。
この留学は、リリア皇女にとっては2年越しの待ちに待った留学である。
一時も楽しく過ごさねば損なのであろう。
この学園に来るまでにリリア皇女は、サンフォーレ皇帝でかつ「父」でもある皇帝レオンドゥスに、なんども学園での生活を口実に、国外に出る許可を求めてきた。
本来入学する前の年にだって、リリアはしっかりと許可を願い出たのである。
ノワールも、しっかり聞いていた。
「お父様、私も来年は14になりますから、学院に入学してもよろしいかしら?」
「駄目だ」
と父は答えた。
入学する年にも、リリアはより控えめな表現で国外に行くことを願い出てはみていた。
「お父様、私は15になりましたから、すこし国外へ旅行に行ってもよろしいかしら?」
「駄目だ」
と繰り返された。
翌年にも一応リリアは声はかけたのである。
「お父様、私は今年16になりますから、学院に入学いたしますね」
父、レオンドゥスは結局、留学にも国外にでることも大反対であった。そもそも父は、いっときより美術品にしか興味がなくなってしまい、ほぼコミュニケーションをとっていない状況であった。
父はかわらない。
変わらない人間を相手にすることは、
時間と人生の無駄である。
結果2年も待たされたので、
皇女は父を無視して国を出てきたのである。
そもそも、彼女の暗黒魔法を使えば、こんなのことは最初から、簡単なことではあった。
リリア皇女の「怒りの始まり」は、きっとこんなことから既に始まっていたのかもしれない。
リリア・サザンウィンドはサンフォーレ皇国の第一皇女であり、
サンフォーレの第一後継者であった。
ただ、残念なことに彼女にはその後継者としての自覚も、
皇位後継の希望も、ちぃっとも「ない」ということだった。
一緒にいる黒づくめの女性はノワール、
リリアの使い魔の「猫」である。
ノワールはリリアが小さいころに使い魔となり、リリアの魔力によりヒトと同じ形と寿命を得た正真正銘の「猫」である。
リリアは生まれた時から黒魔術の才に恵まれていたが、皇国内ではほぼ、その才能を隠すようになっていた。
リリアの魔法に気が付いたものや、覚えていたものは、片っ端からリリアに記憶か存在を消されてしまった。
その為、サンフォーレ国内で、リリアが黒魔法使いであることを知るものは、宮殿に住む数人と今では付き人のノワール以外はいなくなってしまった。
実質的にサンフォーレ皇宮はリリアが陰で支配していたも同然であった。
そんなわけで学費や滞在費やホテルスィート最上階全フロアの年間貸し切り分の予算くらいは、ちょっと大臣を「洗脳」するだけでリリアは確保したのであった。
外出用の服装を、その濃い紫の瞳で選びながらリリアは続ける。
「まぁ、私は黒が好きだから、黒の格好でいいかしらね。アクセントは何にしましょう」
「リリア様、黒もお似合いですが、いつも黒ばかりでは黒魔法使いってばれませんかね」
「いやねぇノワール、私の魔法が他の方に感知されるわけがないじゃないですの。でも、赤のアクセントも足すことにしますわ」
「私がいずれにせよ「黒」ですので、二人とも黒い格好ですと、なんだろうって思われますよ」
「いいのよノワール、ここはサンフォーレではなくてよ。恰好くらい好きな格好をしましょう。それにあなたもここでは肩身の狭いを思いをしなくてもいいでしょう?」
「私はヒト種族ではないから別に気にもしないのですけれど。でも、確かにサンフォーレよりは居心地がいいかもしれませんね」
と二人は会話しながらホテルを出発した。
サンフォーレは南の豊かな大地と東、西の国の交易の中心地であり、大変経済的に発展していた。富が富を生む好循環の恩恵を得ていたのだ。伝統的に芸術を尊ぶ国であり、皇帝自身も芸術をたいへん好んでいる。リリアだって、暗黒魔法という芸術をちょっと嗜んでいるだけなのである。
そして何より国を支えるのが「奴隷」の存在である。
一定の富を持たぬもの、犯罪を犯したもの、戦争で負けたもの,皇族に逆らったもの、それら全て「奴隷」として労働させることで国が成り立っているのである。このサンフォーレ皇宮も、郊外の大きな闘技場も、豪華な劇場も全ては奴隷達に作らせたのである。
奴隷の中でも特に、他種族への差別はすさまじく、見た目が一目で異なる、獣人、亜人や肌の色が異なる者(黒、緑)たちは、とくに差別されていた。
ノワールは猫の使い魔、現在は変身しているとはいえ、猫の獣人、そして漆黒の黒の肌なので(クロネコなので)、宮殿では奇異の目で見られていたのであった。
日傘をさしながら、歩いていた二人だったが、
リリアの探知魔法がヒトの接近を知らせる。
「リリア様、いきなり殺してはダメですよ!!」
とノワールが念話で会話をする。
「わかっているわよ、失礼ね!人を殺人鬼みたいに言わないでよ。」
「失礼いたしました。時々、お忘れになってしまうことが多いもので」
とノワールが念話を発動直後、
角から飛び出してきた子と、
リリアはぶつかってしまったのである。
ぶつかった衝撃で日傘はとんでいき、
彼の姿は突然、目に入った。
彼の緩く波打つ銀髪は風にたなびきながら空に舞った。
澄んだ灰色の瞳は、冬の穏やかな海のようで、
静けさと混沌が満ちあふれているようにみえた。
彼を一目見た瞬間、リリア皇女は自分の心臓が高鳴り、
時間がいっさい停止したかのように感じた。
準備しようとした魔法の詠唱は全て、
日傘と一緒に頭からふっ飛んでしまった。
彼女は、ただ茫然とその場に立ち尽くした。
この時、サンフォーレの皇女、
リリア・サザンウィンドは15歳であった。
彼女の新しい人生が始まった瞬間であった。