第二十四話 告白
ー とある辺境のエリドールの田舎町 ー
教会に薬草を届けるのがシュテファンの仕事だった。シスターたちはいつも優しく迎えてくれたが、この日は、シスターたちがいつになく緊迫していた。
各地に念話で連絡しているようで、非常にあわただしい。
シスターの一人がシュテファンを見つけると、厳しい口調で言った。
「シュテファン、今日は早く帰りなさい!いまからとても恐ろしいことが起こります。はやく家に帰って、お父さん達と逃げなさい。」
シュテファンは言われた通り家路についたが、ふと、薬草を渡し忘れたことに気が付き、大好きなシスターたちの元へ戻った。
教会に着いたとき、大好きだったシスターたちは皆、死んでいた。
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ショックを受けながらも、シュテファンは急いで家に帰った。家では、異様な緊迫感が漂っていた。母は小さな赤ん坊の妹を背負いながら、父と激しい口論をしていた。父は涙ながらに、「娘を連れてはいけない。途中で奴隷商に捕まって、死ぬよりひどい目に合うかもしれない…」と話していた。シュテファンは妹と一緒に話を聞いていた。
父は悲痛な表情でシュテファンに命じた。
「これを妹に飲ませなさい。」
シュテファンは震える手で薬を妹に飲ませた。
妹は苦しそうにウェと言い、紫色になって死んだ。
その後、シュテファンは父と母と共に逃げることになった。
母は死んだ赤ん坊を背負い続け、必死に逃げた。数日たつと、赤ん坊はもう乳を飲まなくなっていたが、それでもずっと母はあかちゃんを背負っていた。
父がもう赤ん坊は死んでいると言っても、母は赤ん坊を背負い続けた。
キャラバンの一つがサンフォーレ軍に見つかり、父はその場で惨殺された。母は最後の力を振り絞り、もう1つの満杯のキャラバンの片隅にシュテファンを押し込むと、がっくりと座り込んで動かなくなった。
シュテファンは一人ぼっちになった。
キャラバンは、途中何回も襲撃されたが、その都度、
『女性』を置いておくことで、サンフォーレの兵士は帰って行った。
やっとのことでシュテファンのキャラバンがフロストヴァルドについたときは、満員だった荷台は半分になっていた。
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<フロストヴァルド最南端都市 ティアモ>
キャンプの広場に、エリザは子供たちを集めて座らせた。彼女の顔には優しい微笑みが浮かんでいるが、その目には深い慈愛と決意が宿っていた。
「みんな、今日は大事なことをお話しします」とエリザは、柔らかい声で語り始めた。
子供たちは彼女の言葉に耳を傾け、一人ひとりが真剣な表情で彼女を見つめている。エリザは一息ついてから、続けた。
「私たちは、お互いを大切にし、助け合って生きていかなければならないのです。どんなに辛いことがあっても、誰かを傷つけてはいけません。それは、私たちが持つ力を間違った方向に使うことになるからです。」
子供たちは、エリザの言葉に耳を傾けていた。一人の男の子が手を挙げた。
「でも、エリザ様。もし、誰かが僕たちを傷つけようとしたら、どうしたらいいですか?」
エリザは微笑んで、その子の質問に答えた。
「とても良い質問です。もちろん、私たちが自分や他の人を守ることは大切です。でも、それは相手を傷つけるためではなく、守るための行動です。私たちが使う力は、相手を倒すためではなく、愛と平和を守るためにあるのです。」
エリザは、この子たちは、フロストヴァルドにきたからは、この国の秩序と規律、そして愛という存在を教えこまねばならないと考えていた。悲しみの連鎖を続けていっては困るのである。
エリザは、フロストヴァルドの昔話や神話を話しながら、彼らに秩序、規律、愛を教えた。彼らはエリザの話を聞きながら毎晩眠りに落ちた。
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この話の後、シュテファンは、ずっとおどおどしていた。
そして、その夜、シュテファンは、おそるおそるエリザに打ち明けた。
「エリザ、僕は妹を殺したの。」
彼の声は震え、目には涙が浮かんでいた。
「エリザ、僕は生きていていいの?」
エリザは無言でシュテファンを抱きしめた。
「もっと気を付けて言葉を使わなければ」
とエリザは自分が、この子を傷つける話をしてしまったことを後悔する。
そしてこんな小さな子供が「生きていていいの?」と問いかけるような環境が存在すること自体、エリザは決して許してはならないとエリザは思う。
しかし、彼女が許そうが許すまいが、既にそのような悲劇が公然と行われ、その結果、これだけの難民孤児がいる。彼ら一人一人に、それぞれの悲劇があるのだ。
途方もない悲劇にエリザは打ちのめされながらも、キャンプでの仕事を単調に続ける。
彼女は、サンフォーレに怒り、そして、ヒトをないがしろにする戦争そのものも憎んだ。
彼女がいくらフロストヴァルドに巣くうもの達を根絶しようとも、そしてたとえ戦争が終結したとしても、エリザは、エリザの子供たちを救うことはできないのだ。エリザは半分絶望にも似た気持ちで子供たちに寄り添う。彼女には、ただ彼らと一緒にいてあげることしかできないのだった。




