第十三話 因縁は無から作り出す
ー サンフォーレ皇国 首都シャペルブール ー
サンフォーレの太陽信仰にちなんだ祭典の為に、エリドールから友好の証として贈られた『聖なる苗木』。皇帝レオンドゥスは、これを利用してエリドール侵攻の口実を作ることを画策していた。
レオンドゥスは側近に命じて、密かに苗木を枯らし、エリドールが故意に枯らしたと捏造する。
サンフィオーレ国内では、
「エリドールが聖なる苗木を枯らした! 神への冒涜だ!」
と民衆の怒りが煽り立てられていた。
__________________________
今年の苗木が枯れた件をもって、エリドールの外交官は宮殿に呼ばれた。
皇帝レオンドゥスは外交官を呼ぶと即座に問いただした。
「敢えて枯れた苗木を送るなど、どういう要件か?」
「こちらで確認したときは枯れてはおりませんでしたので、何かの不手際かと思います。皇帝陛下」
「新しい苗木はすぐ、準備いたします」
「新しいものでは遅いのだよ。神聖な祭りごとに、枯れたものを送るなど、失礼以上の意図があるということだろうか」
「そのような意図は一切ございません」
「それでは、この枯れ死の責任はだれが負うのか」
「枯れ木の責任は私が負うでしょう。申し訳ありません」
「そうか、それならしかたがあるまい。このものを斬首しろ」
その言葉とともに、あらかじめ待機していた宮殿の兵士が集まってくる。
「が、外交官である私を死罪にするのか」
「そもそもエリドールとサンフォーレは対等の付き合いではない。
外交官とは、外交力を持った国が名乗るものではないのかな」
こうしてエリドールの外交官はその場で極刑に処された。
このような背景の下、サンフォーレ皇帝レオンドゥスはエリドール侵攻の正当化を国内外に向けて強く主張し、民心を掌握していった。
__________________________
これに続くサンフォーレ帝国からの宣戦布告は、瞬く間にエリドール全土へと広がった。
平穏な辺境の地に、突如として突きつけられた戦争という悪夢。人々は恐怖と混乱に陥り、街は重苦しい空気に包まれた。
宣戦布告をされたエリドール公国、クゼニュ公は焦燥に駆られていた。サンフィオーレの圧倒的な軍事力に対抗する手段がないことを痛感していた。
「友好のしるしとして贈られた聖なる苗木の件を口実に、彼らがやって来るとは...口実は何でも良かったのだろう。」
クゼニュ公は顔面蒼白になりながら側近たちに叫んだ。
「国内のサンフォーレ出身者や信者を全て捕らえよ! 奴らは我が国の安定を脅かす危険分子だ!」
こうして、国を守るという名のもとにエリドール公国内では魔女狩りが始まった。街の広場には、捕らえられた人々が引き立てられ、兵士たちの前で跪かされた。
捕らえられた者たちの中には確かにサンフォーレの太陽教団の敬虔な信者もいたが、多くは単なる噂に怯え、隣人の密告によって濡れ衣を着せられた無実の人々だった。
「言え! お前はサンフォーレ皇国のスパイか!」
兵士隊長は震える老婆の顔面に唾を吐きかけながら罵声を浴びせた。
老婆は恐怖のあまり言葉も出ない。
「答えぬか! ならば、お前はサンフォーレの犬に違いない!」
兵士隊長は老婆の白髪を掴み、無理やり顔を上げさせると、
彼女の首にかかっていた銀のペンダントが目に入った。
それはサンフォーレ教で信仰されている太陽の紋章が刻まれたものだった。
「見たり! これが証拠だ! この老婆はサンフォーレのスパイだ!」
群衆の中には老婆の息子がいた。彼は必死に訴えた。
「違います! あれは母が幼い頃に故郷から持ってきた、ただの思い出の品です! 母はサンフォーレのことなど…」
しかし息子の言葉は兵士隊長の耳には届かなかった。
彼の心はすでに狂気によって蝕まれていた。
「黙れ! スパイを庇うとは、貴様も同罪だ!」
隊長は息子を引きずり出し、有無を言わさず斬り殺した。
血しぶきが広場に集まった人々の顔に降りかかる。
悲鳴が上がった。
混乱はさらに増幅していく。
この事件は、まず最初に起きた悲劇「太陽と傘」事件として長く記憶された。
エリドールの古い昔話の、太陽の強い光を浴びるものは死んだという戯曲から名づけられた。開戦の前に、エリドール公国内ではおよそ1割の国民が、自国民の手により処刑された。
__________________________
サンフォーレの皇帝レオンドゥスは狡猾にも、
「エリドールから連れてきた奴隷には、一人につき金貨10枚を与える」
という悪魔のような報奨金制度を設けていた。
サンフォーレとの辺境のエリドール公国の村では、隣人、友人、恋人、家族…金と保身のために、人々は互いを疑い、裏切り、そして、お互いをサンフォーレの兵に売り渡すようになった。
かつての平穏な辺境地域は血と涙に塗れた地獄絵図と化していった。
報奨金制度と『太陽の傘』事件以降、エリドールの民はお互いに疑心暗鬼になり、戦わずして自ら崩壊を始めた。
そんな中、街角の陰では、一人の男が、恐怖におののく人々に向かって静かに呟いていた。
「…真の敵は、サンフォーレだけではない…私たちを、この地獄に突き落としたのは、他でもない、私たち自身なのだ…」




