第九話 初戦
ー フロストバルド最南端都市 ティアモ ー
「今日は特別にガレス様からの恩恵がある!」
ある日、キャンプ内にて親衛隊達が高らかに宣伝をし始めた。
彼はガレスの名を告げ、キャンプ内の広場に難民たちを集めた。
隊員たちはパンなど生活必需品を運び込み、
まるでガレス自身が慈悲深くそれを提供しているかのように振る舞った。
「ガレス様のご厚意で、これらの物資を皆さんに特別に配布する!」
広場に集まった難民たちは、感謝の声を上げた。親衛隊の隊員たちは、笑顔を浮かべながら次々と物資を配り、その場を盛り上げた。
まるでガレスが英雄であるかのように、親衛隊は彼のカリスマ性を高めるために全力を尽くしていたのだ。
「ガレス様、ありがとうございます!あなたのような方がいてくれて、本当に幸運です!」
その言葉を耳にした親衛隊達は、満足げに微笑んだ。彼らは、難民たちが次第にガレスに対して感謝の念を抱くようになっていく様子を見て、満足をしていた。
ガレス親衛隊の行動を遠巻きに見ていたエリザとガストールは、広場に響く感謝の声に対して違和感を覚えた。難民たちが受け取っている物資は、本来ならば全員に平等に行き渡るはずの配給品であり、特別な恩恵などではないはずだった。
エリザは眉をひそめながらガストールに囁いた。
「これはおかしいわ、ガストール。あの物資は、貧しいフロストヴァルドの民が、血潮をかけて集めた配給品のはずです。ガレスがそれを特別なものとして配っている…一体どういうことなのかしら?」
ガストールも周囲を見渡しながら、静かに答えた。
「配給品の配り方を難民に一任しているからかと思われます。物資が足りなくなっているという話を耳にしていましたが、こうして大量に配られているのを見ると、さもありなんと思います。」
エリザは視線を親衛隊に戻し、その動向を観察し続けた。
ガレスが英雄視されるような状況を作り出すためにの『崇拝者』としての役割が、ガレス親衛隊なのだ。
配給の後、ガレスは高台に立ち、威圧的な声で演説を始めた。彼の言葉は激情的で、難民たちやフロストヴァルドの市民に向けて、力強く『理想』を語っていた。その背後には、ガレス親衛隊が控えており、彼の言葉が発せられるたびに、大げさな拍手や歓声を上げていた。
「我々は、新しい秩序を築くのだ!自由と権利の為に!共に未来を掴み取ろうではないか!」
ガレスが叫ぶと、親衛隊は一斉に歓声を上げ、拳を振り上げた。その熱狂は、広場に集まった難民や市民に伝播し、いつしか彼らも声を合わせて叫び出す。
「配給品を横領しておいて、どの口が自由や権利を語れるのかしら。」
と半分あきれながら、エリザはこの光景を遠くから見つめていた。ガレスのカリスマ性が『崇拝者』としての親衛隊によって増幅され、集団心理が強烈に働いているのを感じ取った。キャンプ内にはこの光景に違和感を覚えるものもいるだろうが、民衆の多くは、自らの考えを持たず、群衆の雰囲気に流されるものである。その集団心理の恐ろしさが、エリザの心に重くのしかかった。
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エリザ王女は、日暮れが迫る中、馬を駆けさせていた。彼女が向かうのはティアモの北部にある小さな村だった。
衛兵から疫病が蔓延しているというの緊急の報せが届き、衛兵と一緒に馬車で橋者で駆け付けている。多くの村人が命の危険にさらされていると聞き、エリザは急いだ。
村に近づくにつれ、エリザは一抹の不安を覚えた。道中は不気味な静けさに包まれていた。
嫌な予感がする。
まるで、この場所全体が何かに飲み込まれてしまったかのような錯覚に陥る。エリザは衛兵に馬を止めさせ、錫杖を握りしめた。
その杖の感触が、彼女の心を落ち着かせる。この錫杖は、ただの装飾品ではなく、これまで幾多の修行を乗り越えてきた彼女にとって、大事な相棒なのである。
「何かがおかしい…」エリザは息を整え、静かに周囲を観察した。
すると、薄暗い森の中から、複数の影がじわじわと近づいてくるのが見えた。ガレス親衛隊の兵士たちだ。彼らはエリザを囲むようにしてじりじりと距離を詰めていた。そして衛兵までもが、エリザを取り囲んだ。
「罠だったのね…」エリザは静かに呟き、錫杖を構えた。
親衛隊たちは彼女を取り囲み、攻撃を仕掛ける準備を整えていた。
「王女様、「一人で」来るとは無謀なことだ。我々と共に来てもらおうか」
一人が不敵な笑みを浮かべて言った。
その声に、エリザは微笑みを返しながら答えた。
「無謀かどうかは、あなたたちが判断することではないわ」
その瞬間、親衛隊たちは一斉に襲いかかった。
エリザは、錫杖を軽やかに振るった。
最初の親衛隊がエリザに接近し、剣を振り下ろす。
エリザはその攻撃を杖で受け流し、
その反動で錫杖の反対側を相手の顎に叩き込む。
兵士は顎を砕かれ失神する。
エリザはすぐに次の攻撃に備え、錫杖を構え直す。
迫りくる親衛隊に対して、エリザは巧みに杖で足を掛け転ばせ、
転倒しつつある頭を踵で蹴り上げる。
その反動を利用して斜め後ろの親衛隊の腹部に杖を突く。
周囲の兵士たちはエリザの戦闘能力に驚き一瞬ひるんだが、
すぐに再び攻撃を仕掛けてきた。
集団による反撃に対してエリザの錫杖がうねり、
エリザの右側の親衛隊が集団で転倒する。
エリザの錫杖には、土精霊魔法『転倒』がエンチャントされているようだ。
それも集団に効果があるようだ。
エリザは冷静に対処し、次々と敵を倒していく。
「数で押せば勝てると思っているのね」
エリザは相手の動きを見極め、一瞬の隙を突いて反撃する。
彼女の動きは無駄がなく、確実に相手をつぶす。
一人、また一人と親衛隊が倒れていく中、最後の一人がエリザに向けて剣を振り上げた。その剣先がエリザに届くかと思われた瞬間、彼女は軽やかに身をひねり、錫杖で相手の喉元を狙った。
「終わりよ。」
エリザが呟くと同時に、杖でのど元をつぶされ、そのまま地面に倒れた。
エリザは静かに息を整え、錫杖を握り直す。
エリザはアッシュ王子の修行の時に、剣聖イングリスから、アッシュと共に錫杖術の訓練を受けている。武術の心得のないものがいくら集団で挑みかろうが、エリザの敵ではなかった。
「私を侮ったこと、後悔しなさい」
とつぶやき、このものたちにどんな『お仕事』をしてもらおうか、
エリザは思案を始めた。
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念話で、守備隊のガストールの部隊を呼び出し彼らを拘束させた。
兵士に厳しい尋問を行わせた。口を割らないものは、エリザが魔法で口を割らせた。親衛隊の一人一人が情報を絞り出され、彼らの不正行為を明るみにさせた後、そして彼らをさらし者にさせたのである。
キャンプの広場で、親衛隊が犯した悪行「配給物資を横流しにしたものたち」として、集まった難民たちへのさらし者にしたのだ。
一人一人をつるして、一人一人の罪状を書いた板を打ち付けておいた。
守備隊のガストールが宣言する。
「これが、皆さんを苦しめ、配給を横流しにしていた者たちです。これからは彼らのような者が配給品を横流しすることは二度と許しません!」
この言葉に、難民たちは拍手を送り、少しでも状況が改善されることを期待した。
その後、配給はフロストヴァルドの兵士たちが直接管理することになった。兵士たちは公平かつ誠実に配給品を分配し、以前のような不正は見られなくなった。難民たちは、ようやく本来の物資を手に入れられるようになり、一時はキャンプ内の雰囲気が改善された。
しかし、ガレスとその親衛隊はこの状況を放置してはおかなかった。彼らは影で動き、闇市を開催し始めたのだ。配給品を巻き上げ、そこに麻薬を流通させることで、難民たちを金が必要な状態に追い込んでいった。
闇市では、物資が高値で取引され、麻薬が次第に蔓延していった。難民たちは麻薬に支配され、仕方なく闇市に手を出す者も増えていった。こうして、再びキャンプ内は不安定な状態に戻っていった。
それでも、エリザが行った改革により、以前よりは状況が改善していた。配給品の横流しは激減し、少なくとも基本的な物資は難民たちの手に届くようになっていた。しかし、ガレスたちの陰謀が続く限り、エリザは気を抜くことができなかった。
「一時しのぎではなく、根本的な解決を見つけなければ…」
エリザは心の中で決意を新たにしながら、次なる策を考えていた。




