五
「……リ!」
深い、深い闇の中……声が聞こえる。馴染んだの、その声。……でも、もう聞きたくないと願ったのに……どうして……?
「……リ!」
どうして、聞こえるんだろ……? 多分、それは……
「手毬――!」
もう一度目覚めると……
白い壁、青い窓、窓から夏の香り……まさか、それは……
「手毬、聞こえるか?」
「え――」
振り向くと、白衣と緑のタンクトップを着て、認識票を付けた赤い狼を見ました。バッジには『都築明仁。科学者、前陸軍元帥』と書かれていた。……まさか、あの時の声はあの狼からだったの?
「フッ、良かったぜ。俺達は今、あのシミュレーション世界のお嬢さんの叫び声を聴き――」
「シミュレーション――世界?」
私は呟くと、コンピューターから白衣を着た白熊が立った。そして私とあの狼に向かって歩いた。
「これから僕が詳しく教えようか。――飛鳥さんは以前、松星さんの車に轢かれてしまいました。だが、幸いにまだ生きていた――昏睡状態に陥っただけさ。」
「そして君の意識を保つためにあのシミュレーション世界へ連れて行ったが――うう、やったことを後悔してるんだなア、俺。……な、俺はあの世界のミリストスと野郎の声だったし。だからゴメンな――お嬢さんに理由も無くて叫んで。」
私はあの獣二人を見上げた。赤い狼は首を振り言った。
「ま、紹介しよっか。俺は都築明仁、よろしく。」
白熊は手を上げて、
「僕は明仁の同僚、武田良貴だ。」
「……なら、ありがとうです――明仁さん、良貴さん。」
明仁さんは微笑んで頭を掻いた。
「ハハハハ、いや、別に――こりゃ俺達の仕事だけな。」
「いや、本当に。明仁さん、あなた達のお陰で私はまだ生きているの。それは大した事なんでしょう?」
「そうかも知れぬ。」
良貴さんは頷いた。そして私は聞いた。
「なら、あなた達はどうしてここに?」
すると明仁さんは言った。
「あのな……俺達はこのシミュレーション世界と現実世界のお嬢さんの脳波をチェックしてたんだよ。」
「……え? それはどういう……」
「ま、簡単に言えば『心電図』みたいなもんだ。それで――君はまだ生きてたから、俺達が助けたんだ。」
「あ、ありがとうございます!」
私は頭を下げたが、良貴さんが言った。
「最後に必要なのは、もう少しリラックスしてリハビリをする事だけさ。そうすれば退院が出来る。」
「それほど時間は掛からないぜ――一、二週間くらいか。」
「どうも。」
と私は言い、二人は部屋から出た。代わりに看護婦が入り、私の腕や脚に巻かれた包帯を交換した。
退院する前、私は看護婦に聞いた。
「あのう……あのシミュレーション世界は、本当に実在するんですか?」
すると看護婦は無表情で言った。
「ええ、勿論よ。」
「……じゃあ、あの世界に他にも生物が?」
「ええ。でもそれはあなたの知らない動物だけよ。例えば『ミリストス』とかね……」
そして看護婦は私の目を見て微笑んだ。
「……実はね――私も『聖女』の一つだった。どれどれ……あ、『ひみこ』と言う巫女だったし。そしてちょいととんでも無いミスしちゃった。でも楽しそうと想うわ、あれ。」
「ハゥ――私にとって楽しくないと想うけど……」
と呟いた私に看護婦は静かにクスクス笑った。
「大丈夫――もうあのシミュレーション世界に決して戻らないからね。此処だよ、現実。安心してね、お嬢ちゃん。」
私は答えて、静かに頷いた。でも、表情は感謝の気持ちでいっぱいでした。あの地獄から現実に戻って、嬉しい――