こんな死に方納得できない
ウォルターたちがいなくなってからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
苦しい──
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い──
全身を押しつぶすような痛み、全身に刃物が突き刺さっているような痛み、気持ち悪さが絶え間なく襲ってくる。
呼吸が落ち着かない──時間が経って体の痺れは消えてくれたが、代わりに圧倒的な痛みと吐き気が襲ってくる。時間が経つごとに増していっているような気がする。
気を失うことができたらどれだけよかったか。痛みで気を失いそうになっても新たに襲ってくる痛みで気を失うことができない。
無限に感じる地獄の時間の中、ユアンは絶望を感じながらも疑問と怒りに満ち溢れていた。
なんで自分は見捨てられてしまったのだろう、なんで誰よりも人を救っているはずのヒーラーが自分にスキルを使えないのだろう。
僕を育ててくれた教会では
「女神さまが私たちに与えてくださったスキルは誰かを助けることを一番に考えています。女神さまが一番大切だと思っていることは私たちにとっても一番大切なことです。私たちも自分は最後に困っている人を最優先に考えましょう。そうすれば必ず自分にも恩恵が返ってきます」
と、いつも教えてもらっていた。
教えはこれまで迷うことなく守ってきたつもりだ──今回だって自分だけだったらどうにか逃げられたかもしれない。それでもパーティーのみんなを助けることを一番に考えた。
なら、なんで自分は見捨てられた。
怒りが湧いてくる。
「何が奇跡だ、何が女神の加護だ、他者を守れても自分は守れない、他者を助けても助けたものは見捨てられるだけ。そんな死に方納得できるわけがない」
「女神の加護というものが他者を守るためだけのもので自分が見捨てられてしまうならならばそんなものは呪いでしかない。どんな犠牲があってもいい、お願いだからここから生き延びられる力を……」
怒りと同時にいつまでも続く痛みにようやく体が限界を迎えたのか、体が麻痺してきて意識が遠のいていくのが分かる。
カエルの魔物が倒され毒霧が消えたせいか、人の匂いにつられていつの間にか魔物が集まっていた。狼の魔物だ。僕が万全な状態でも敵うことがない魔物が集まって囲われてしまった。
ここで終わりか……
どうせ殺されるなら今までずっと魔物に苦しめられてきたんだ、どうにかして一発だけでもぶん殴ってやる。
そう思った時だった。
「強い憎悪により、女神の加護が消滅しました。よって浄化スキル、回復スキルが消滅しました。新たに『呪詛返し』を習得しました」
どこから発せられた言葉か分からないが確かに聞こえた。
呪詛返し──聞いたことがないスキルだった。
新たなスキルを獲得しても消えることのない痛みに結局何も変わらないのかと絶望しながらも、もしかしたらこれで生き延びることができるしれないと淡い期待を込めて最後の力を振り絞ることにした。
あらゆるところから血が噴き出しながらもなんとか立ち上がった。自分でも立ち上がれたことに驚いたがふらふらとしながらも出口に向かって走った。
痛い──一歩足を前に出すごとに激痛とともにいろんなところから血が噴き出す。
目の前に立ちふさがっている魔物に今までの恨みも込めて力いっぱいの拳で殴った。
普段なら自分の拳が痛むだけで怯みすらしない、そんなしょぼいパンチ。
しかし拳を振った瞬間、殴った魔物だけでなく前方の魔物すべてが吹き飛んだ。吹き飛んだ魔物はダンジョンの壁にぶつかりながらも止まることなく壁を壊し、視界に見えないところまで飛んでいってしまった。
何が起きたか全く理解ができなかった。後ろからも襲ってくる魔物に今度は腕を払っただけで衝撃波のようなものが出て魔物を吹き飛ばした。
一体自分の体に何が起きたんだ、ステータスを確認しようと思ったたが音におびき寄せられて様々な魔物が集まってきてしまった。
キリがない、とにかく逃げなくては──
いつもなら魔物のほうが圧倒的に速い。追いつかれるはず。なのに明らかに突き放している。自身の体に今までに感じたことがないほどの風の抵抗と速さを感じる。遠く離れていた地上への出口もあっという間に近づけている気がした。
出口付近ではもう魔物が一匹もついてきていないことを確認できるほど余裕ができていた。
出口を出てやっと地上に出れた。
ようやく帰れる──そう思ったときには体が地面についていた。
視線を向けると足は向くはずのない方向に曲がり、腕も変色していた。
痛みは感じない、だけどもう体が一切動かないことだけはわかる。
ここが限界かな、そう思いながらも初めて魔物を倒すことができたことに満足して意識を失った。
風の音と鳥の鳴き声が聞こえる。
体を起こそうにも全身が痛い……でも生き延びることができたようだ。
ふと、目線を下に向けると簡素ながらも柔らかい葉っぱなどで作られたベッドのようなものに寝そべっていた。
周りの景色からダンジョンの出口からそこまで離れていないことが分かった。
変な方向に曲がっていた足や腕も添え木で支えられながら治療されていて、変色したところもだいぶ色がよくなっている。
誰が治療をしてくれたのだろう。ダンジョンから出て地上で倒れていたといっても都市からは結構離れていたはずだ。
「ここは……どこだ」
僕の声に反応したのか、少し離れた場所から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
「あーー!! ようやく目覚めてくれました!!丸二日ぐらい意識がなくて心配したんですよ!!」
聞いたことない声、目線を向けると小柄であるが長くきれいな銀髪な少女が目の前にいた。
「大変だったんですよ。突然近くから大きな音が聞こえたから向かってみると全身血だらけ、いろんな骨は折れてるしで、たまたまヒーラーの私が通りかかっていたからいいものの本来だったら死んでたんですからね」
「治ったらしっかり感謝してくださいね!!」
明るく元気な声で話しかけてくる。
突然のことで戸惑いながらも
「本当にありがとう、君がいてくれて助かることができたよ」
その言葉を聞けて満足したのか笑顔を見せた後に何かを拾いに行ってしまった。
すごすぎる──あれだけ進行した毒を浄化し、傷も治りかけているなんて彼女は僕と同じかそれ以上に相当優秀なヒーラーなのだろう。
それと同時に一つ疑問が浮かんでくる。
なぜヒーラーである彼女が一人でこんな都市部から離れた場所にいるのだろうか。
周りに仲間の姿も気配も感じない。
装備もボロボロ、放っておいたら勝手に死んでいく自分を付きっきりで治してくれるほどだ。悪い人では決してないのだろう、逆に聖人すぎるぐらいだ。だからこそ逆に気になってしまった。
少ししたら木の棒や葉っぱ、水を持って彼女は戻ってきてくれた。
「意識を取り戻してくれたのは嬉しいのですが、全身のケガはまだ治っていないのでしばらくは安静にしてくださいね!!」
「ここからはスキルを使うよりも自然に回復にしていくのに任せるのが一番です!!」
そう言われて水にぬれたタオルを額に当てられた。
正直、意識を失う前はもう生きるのを諦めてしまっていた。ホッと体の力が抜け、全身に再び痛みがきたことで改めて生きているんだと実感しながらまた気を失ってしまった。