マナミール・キャンベルの真実
『殿下の英断』のマナミール・キャンベルのお話です
先に、『聖女マナミールの告白』を見ることをおすすめします
物心がついた頃から、自分の顔が嫌いだった
せめてスタイルはと思ったが、骨格は変えられない
無駄にでかい顔に広い肩幅
ネグリジェだと細く見えるのに、ドレスを着るとなんともまぁ、顔も相まってカバのように見える
父は可愛いと言ってくれたが、それはそうだ
キャンベル家には私しか子供がいないのだから私が一番かわいいに決まっている
幸い頭はいいように思うので人から好かれるように努力してみた
笑顔を絶やさず、控えめに、でも感情豊かに
馬鹿を演じて、どんな者にも優しく接した
貴族の遠回しな嫌味にも気が付かないフリをして天真爛漫に振る舞ってみせた
すると周りの人の目がおかしくなったのか?というくらい可愛いと言ってもらえるようになった
頭に”馬鹿で”という言葉がつくが、それでも可愛いと言ってもらえたことが嬉しかった
権力を持つ令嬢や当主に気に入られると、上手に誘導して自分の思った通りに事が進むようになった
あぁ、なんだこんなものか、と、そう思った
まぁでもそんなものだろう
上手くいくと思ったことぐらいしか実行しないからだ
例えば優秀と名高いオズワルド第一王子の婚約者になりたいなんて大それたことを言ってみようものなら私だけではなく当主の父の顔も泥だらけになることだろう
そこはきちんと弁えている
普通に素敵な人と結婚して普通に幸せな家庭を築き普通に生きていければ、とその時はそう思っていた
話が変わったのは12歳の頃
この国では12歳になると貴族や平民関係なく神殿にて聖女の選定を受けなければならない
今の聖女様は10年前に選定されたばかりだし、形だけのもののようだから気に負うことはないと父に言われて選定を受けてみると、何故か体が神々しく光った
そこから私を取り巻く全てが変わった
何を望んでも高望みにはならない
何もかもが私の言う通りになった
あぁ、聖女とは地上の神のことを言うのかと、王とはただの整地者にしかあらずのだと
けれども私は聖女になったあとも唯一納得できないことがあった
容姿だ
何故こんな容姿で聖女と言えようか
髪の色1つとってもくすんだよくある茶色で、何故私は銀髪ではないのかと
何度も何度も何度も何度もアリアナ・スヴェルト侯爵令嬢を見ていた
気づかれないように、美しい銀髪を 美しいエメラルドの瞳を 真っ白な肌を 形の整った大きな目を 鼻筋の通った小さめな鼻を ぽってりとした赤い唇を
私は、アリアナ・スヴェルトになりたかった
アリアナになり漆黒のオズワルド殿下にエスコートをされたかった
いくらオズワルド殿下の婚約者になりたいと望もうが、こんなカバのような私が麗しきオズワルド殿下の隣に立つなど他ならぬ私が許さない
当時私はオズワルド殿下に恋をしているのだと思っていたが、あとから考えるときっと私はアリアナ・スヴェルトに憧れていただけだと思う
夜眠って朝起きるとアリアナ・スヴェルトになっていますように、と毎夜祈りながら眠った
当然ながら朝起きても私は私のままだった
あまり覚えてはいないが、当時の私は八つ当たりをするかのようにいろんなことに文句をつけて、周りのことなど一切考えずに好きなように振る舞っていたように思う
今までも心の中では他人の人生などどうでもいいとおもっていたが、実際に私の一言で仕事を失った人達がたくさん出た時も特に私の心は動かなかった
そしてその頃、私は一時的に、期間にすると2ヶ月ほど浄化の力をなくしてしまった
神殿にはストレスが原因だと言われたがそれは違うと思う
神は何故私を聖女にしたのか、それは幼い頃から作り上げていた私の表面の善人の部分に騙されたからだと思っている
騙されたことにようやく神は気づいたのではないかと、そう思う
私の本質はこうだ
ずる賢く、人を欺き、自分のために人を不幸に貶め、それに対してなんとも思わない、人に無関心な人間なのだ
そんな私の本質をただ一人見抜いていた人がいた
オズワルド殿下だった
表面的には一時的に浄化の力を失った私を気遣うように私に近づき、私にだけわかるような言い回しで私を脅してきた
”お前の本性はわかっている”
”その身の振り方を考えよ”
”聖女としての役目を果たせ”
気付かないフリをしても何度も何度も釘を刺してくるので、王家が一体どういうつもりなのかを探るべく宰相や第二王子のアルベルト様に取り入った
ただどうも本気で私をどうこうするつもりはないらしく、釘を刺しているだけのように見えたのでもちろん反抗した
”力が戻ってもその力を使わない選択もあるのだぞ”
”私が協力しなければ困るのはそちらだ”
”アリアナ・スヴェルトがどうなってもよいのか”
ーーーーソレがまずかった
まぁ、一連の流れ全てがまずかったのだが、特にアルベルト様に取り入ったこと、そしてアリアナ・スヴェルトを引き合いに出したこと
それがオズワルド様の逆鱗に触れたらしい
気がついたら私は国家転覆を狙っていることになっていた
これはまずい、やりすぎた、と気づいた頃には時すでに遅し
いつ断罪が起こるかと怯えて毎日を過ごしていたが心の何処かで、まぁいいか、と、国家転覆罪で一緒に処刑されるであろう父や母には申し訳ないが、まぁそこそこ楽しい人生だった、と諦めていた頃
王宮で大規模な夜会が開かれることになった
招待状が送られてきたとき、私はここで断罪されるのだと悟った
仕方ない、ここまでか
そう心して夜会に挑んだところ、何故か断罪されたのはアリアナ・スヴェルトであった
そして何故か私はオズワルド様と恋仲ということになっていた
あんなにも困惑したことはない
わけがわからなかった
ただただ読めない状況に怯えていた
そしてそのまま、よくわからないままオズワルド様と結婚し、領地に戻ってきた
”これで満足だろう”
”聖女の務めを果たせ”
”アリアナには手を出すな”
オズワルド様の言動の節々を読み取るとつまりはこういうことだった
アリアナ・スヴェルトに憧れ、オズワルド様を見ていた私は、オズワルド様に恋心を抱いていると勘違いされたのだと
聖女の力で脅し、アリアナ・スヴェルトを盾に取りオズワルド様を奪おうとしたのだと
何故そうなったのか、実はオズワルド様は頭が悪かったのかと本気で呆れ果てた
ーーー私が憧れ、好きだったのはアリアナ・スヴェルトだというのに
アリアナ・スヴェルトを狙ったと勘違いされた私は二度と銀髪を見ることは叶わないのだろう
あのエメラルドの瞳に私を映すことはないのだろう
オズワルド様のせいで、私はこの世界でただ一人憧れた妖精姫にはもう二度と会えることはないのだろう
嫌いな男と、憎い男と結婚して、このまま一生領地から出ることはないのだろう
そして私を領地に縛り付けたまま、新しい聖女が誕生するとこの男はさっさとアリアナ・スヴェルトのもとへいくのだろう、と
ーーーーーーそんなことさせるものか
この男に最大の苦しみを
簡単にアリアナ・スヴェルトのもとへいかせるものか
そうして私は聖女になる前の、天真爛漫な、お馬鹿で優しいマナミール・キャンベルに戻った
神に心変わりなどさせぬように、誰から見ても心優しく見えるように
私の努力は実を結んだ
前聖女は10年で代替わりしたというのに、私は40年以上も聖女として君臨した
そして、そろそろいいかと思い始めた、冷たい冬の朝、目が覚めると力が完全に失われていた
そして程なくして屋敷に使いがやってきてオズワルド様に耳打ちをした
「立派な聖女だったよ、君は」
と、表面上は称えるようにそう言い、オズワルド様は去っていった
父も母ももういない
もちろん閨を共にしたことはなかったし、跡継ぎに迎えた養子もオズワルド様の采配であったため、聖女のちからを失った私にはもう誰も残ってはいない
まだ体は健康である、まだ私は生きていかなくてはならないのであろう
ーーーこれから一人で生きていかなくてはならないのか
ちらりと傍に控える、オズワルド様と結婚した時に専属侍女になった、オズワルド様の駒を見た
こいつでいいか
「事情を知ってる者には私は不幸な女に見えたでしょうね。私がいくら幸せだったと言っても強がりに聞こえるのでしょう。マーガレットは私を不幸な女だと思う?」
「私にはマナミール様の心はわかりかねますがーーーマナミール様はいつも幸せそうに笑っておりました。それは心よりそう思っているように思いました」
「………そう、そうなのよ。湖の畔でピクニックをしたことも、雪が降った日にお庭でワルツを踊ったことも、彼は嘘だったのかもしれないけれど、彼が嘘でも私は幸せだったのよ。嘘でも私を見てくれているのが幸せだった。今でもそう思ってる」
大袈裟なくらいに瞳から涙を流す
「この国の全員が私を不幸だと嘲笑っても、マーガレット、あなただけは真実を知っていて。私は本当に幸せだったのよ」
「はい、はいマナミール様。私は貴方様が本当に幸せだったことを知っております。ずっと貴方様を見ていましたから」
そう言いながらオズワルド様の駒ーーいえ、私の駒は、私の手を強く強く握った
殿下の英断の聖女マナミール・キャンベルは普通にクズです