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暁送り 

掲載日:2023/07/24

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おーい、こーちゃ〜ん。起きて起きて。

 今日は日の出を見るって話してたでしょ? そろそろ起きないと、間に合わなくなっちゃうよ。

 初日の出じゃないから、インパクトは薄れちゃうかもしれないけれどね。このあたりじゃマイナーながら、期間限定の行事なんだよ。「暁送り」て。

 伝説にあるような事象は、起こらなくなって久しいようなんだけどね。こうして定期的に続けることが、気を引き締め直すのに重要になるって話なのさ。


 ――ん〜、まだ寝ぼけている感じ? 暁送りがピンと来ていないのかい?


 こーちゃんにとってはあんま経験のないことだろうけどねえ……まあ、支度を進めなよ。

 向こうに着くまでの間に話をしてあげるからさ。



 暁送り。

 それは僕たちの地元に伝わる行事で、担当を持ち回りで行っている。

 周期は2カ月に一度。新月の晩が過ぎた、最初の夜明けがそのタイミングだ。

 この地区のほぼ中央部に位置する、通称「向かい山」に担当者は夜明け前にのぼって、日の出を待ち受ける。いまごろ、父さんたちがスタンバっているはずさ。


 暁送りにまつわる曰くとして、陽が山々より差し始める短い時間。

 向かい山の頂に、うっすらと墓標の影が立つことがあるのだとか。

 見た、という人によって話は違う。大きな岩がたたずんでいたと聞くこともあれば、十字架が地面から突き出ていると話す人もいる。

 確かなのは、それらは夜の間には何もなかったその地点に、いきなり現れるということだった。

 先にも話したように、このような事態は起こらなくなって久しい。けれども、起こってしまったときの対処も決まっているんだ。


 昨日、冷蔵庫の中によもぎをとってあるの、こーちゃんも見たよね?

 もし墓標が見えたのなら、すみやかに家へ戻り、よもぎ団子をこしらえる必要がある。

 個数は3つか5つ。大きさはピンポン玉と同じくらいに整える。

 作成したそれらを墓標が見えた地面に、埋める形でお供えをしておくんだ。こいつは墓標を確認してから、遅くとも午前中に終えることが推奨されている。


 ――我々はお天道様の神経なのだ。


 暁送りのいわれを、僕が父さんに尋ねたときに、返された言葉がそれだった。

 僕たちの身体は暑さを感じたら暑さを、寒さを感じたら寒さを正しく認識できるよう、働いている。

 もし、それらを誤認するようなことがあれば、たちまち体調を崩して大変なことになってしまうだろうな。お天道様も同じことだとね。

 ゆえにこの勤めは、お天道様を支える大事な仕事だから注意しなくちゃいけない。



 むかしに、この仕事でまずいことが起きたことが何度かある。

 直近だと200年くらい前に、この勤めを子供のみで行わなくてはならない時があったそうなのさ。

 彼らは親に教えられた通りの手はずで、向かい山に登り、夜明けを待った。

 やがてゆっくりと顔を出してきた太陽の光は、まっすぐ山の頂に至るまでの野原を切り裂き、先ほどまでの支配者だった夜に立ち退きを叫びかける。

 その強烈さは、子供たちの目をしばしくらませてしまうほど。そうして視界が戻ってきたとき、彼らの前には先ほどまでなかったはずの地面の上に、いきなり岩塊が姿を見せたんだ。


 正三角形の巨岩。見上げるほどの高さのそれは、いずれの辺もゆがみひとつない直線で構成されている。

 およそ自然が生み出すものとは思えない。何者かの手が加えられた、作られし墓標。

 いわれた通りだと、子供は家へ取って返してだんごの準備を進めた。

 これも経験と、お供えまでの手順はあらかじめ教えていた親だったものの、子供は肝心かなめであるヨモギの選別を誤ってしまったらしい。


 このとき、鼻のつまっていた子供はかなり意識しなくては、よその臭いをかぐことがままならなかった。ゆえに、ヨモギの放つ独特の香りをかぎ分けることができず、自らの目で判断してしまったんだ。

 家の近場、岩場の影に生えるツルツルとした葉。それをヨモギと思った子供はそれらを手袋をはめた手で摘み、そのまま団子に練りこんで3つほどこしらえたんだとか。

 早く遊びたい盛りでもある。すでに墓標は見えなくなっていたものの、子供はそれがあった地面に手製の団子を埋め込み、遊びに出てしまった。


 変化は昼頃になって現れる。

 これまで青々と澄み渡っていた空が、にわかに緑色に濁ってしまったんだ。

 あらゆる木々の葉より、なお深い色合いでもって広がるそれらは、ほどなく空のみにとどまらなくなる。

 木の幹を伝い、土ににじみ、そこに立つ人や家をたちまちのうちに染め上げ始めた。

 木はみるみるうちに年を重ねて、しわを増やし枝を細らせ、葉を散らしていく。家々もまた同じように屋根から土台に至るまで、片っ端から傷み始める。

 自重を支えられなくなった者が、どんどんと倒壊する最中、人間に関してはこれほど急激な衰えは見られなかったらしい。

 とはいえ、いくら水を口にしても癒えないのどの渇きに、わずかな間を置いて、身体のすべてをひねり出さんとする頻尿に皆が見舞われる……となれば、とても穏やかな時間とはいえないだろう。


 このような異変、暁送りに不備があったとしか思えない。

 察した村人たちは、担当の子供たちにどのような段取りで団子を捧げたかを詰問。家に残っていた団子の材料の草を見て、苦々しい顔をした。

 子供たちが使ったのは、よもぎじゃない。姿に似たところはあれど、陽の差すところを好むよもぎにあるまじき、暗く湿ったものを好む草。

 トリカブト。いわずと知れた、毒草の一種。それを練りこまれた団子が、暁に捧げられたんだ。


 子供たちの案内で、向かい山の現場へ急行する大人たち。その手にはすでに、きっちりよもぎで作った団子が用意されている。

 掘り出されたトリカブトの団子は、さしたる時間も経っていないのに、すでにぐずぐずに溶けて、土にまみれたもの特有の腐臭をふんだんに放っていたとか。

 それらを全部取り除け、代わりによもぎ団子をたっぷりと供えたところ、小半時ほどで陽光は元の色合いを取り戻したのだそうな。

 ただそれまでに壊れてしまったものは、一緒に戻りはしなかったんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] たまに似てる野草やきのことかと間違えて食中毒になったりという話も聞くので、注意喚起の意味も込められて広まったのかもですね。 お天道様も災難でしたね……。ちなみに、その日が雨だったらまた次の機…
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