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<32> + キャラクター一覧

<32>

 今だに眠りに落ちていたいと頭が訴えていた。しかし、顔面を生暖かい物体が、口やら頬を中心になぞり、息苦しさも相まって、マイケルは瞳を開けた。

「ワン」

 嬉しそうに舌を出した真っ黒い犬が嬉しそうにマイケルの顔面を舐めていた。

「うるせぇ。もう少しくらい寝させろ――、わかった、わかったから」

 不機嫌そうに言うが、口元はにやけていた。べろべろと舐めるヴィッキーの顔を無理やり首筋をつかんで追いやると、目をぎゅっとつむってからすぐに開いた。

 カーテンは閉ざされ、部屋は未だ薄暗い。時計は見えないが、まだ朝日が昇る前の様だと直感する。

「相変わらず早起きだなぁ、ヴィッキー。――あぁ、サニーの命日か……」

 壁にかけられた日めくりカレンダーに目を細めながら視線を向けて、仕方ないね、とため息を交え、体を起こした。

 もぞもぞ、とマイケルの隣でブランケットを奪っていく存在がいる。

 おいおい、とマイケルが呆れた様に、ヴィッキーの小さい体を抱きかかえてベッドの横に降ろした後、仕方なさそうにテーブルランプをつけた。

 オレンジ色の明かりで部屋が満たされる。

 何もない部屋は大きさが十帖程度。実際には壁際に机やら半開きのクローゼットの扉やらで部屋の全体をベッドが占有しているという印象だ。小さい寝室。

「起きろよ、――時間だそうだ」

「……んっ……まだ……寝る」

 はいはい、とマイケルは無理矢理ブランケットをはぎ取った。「きゃっ」と可憐な声を上げてメアリーは渋い顔をしていた。

「寝間着姿も可愛いが、そのままじゃ車には乗れないよなぁ」「……このまま、乗ったら、さすがに……お母さまに怒られる……」

 口を尖らすメアリーの頭を右手で撫でる。

 手の平には洞の様な鍵穴は見当たらない。

「シャワー浴びておいで」

「……朝の挨拶はくれないの?」

 甘えん坊だなぁ、と肩を落としてマイケルは恨めしそうなメアリーの頬に軽くキスをした。しかし、メアリーは満足していない様に口を尖らした。

 マイケルは観念して、唇を重ねて彼女の吐息を感じた。

「今日は、君の大切な日なんだから、甘えてばかりは出来ないよ?」

「君、じゃない。”ワタシたち”のだよ」

 そうだった、とマイケルは肩を竦めた。

「トラビスやエヴァンジェリンさんは教会で準備しているだろうし。ジェリーが……あぁ、後二分で来るね。彼女は時間に正確だから……」

「きっともう、入口で待ってるわ。……仕方ないなぁ」

 んーっとメアリーは伸びをて背中を伸ばした後に起き上がった。

 晴れ渡った青空の様に澄んだ青い瞳がマイケルを捉える。

「今日の式が終わったら、ミセス・フォスターになるのね?」

「……あの、内外的にはとうにそういう関係では無かった?」

 呆れたマイケルの言葉に、「外聞よ、外聞」と歯を見せて笑ってメアリーは髪をささっと軽くまとめ始めた。

「だって、もうワタシは20になるのよ? もう三年も待ったんだから!」

「仕方ないだろう、僕が18になったのが先月の事なんだもの。――親が居ない僕が結婚出来る方法は法律に則って、18に成るまで出来ないじゃないか」

 メアリーは、懐疑的な視線をマイケルに向けた。「本当は、エヴァンジェリンとワタシどっちにするか選んでたんじゃないの?」

 意地悪に言うと、マイケルがゆっくりと近づいて、顔色を窺いながらメアリーの背中に手を回した。

 強くはないハグをする。

「それないけどね。――本当はさ、」口にする言葉が胸の内を通ってメアリーに振動を伴って伝わった。「怖かったんだよ。人の世界も、あっちの世界も。僕は”嫌な”所を見てしまったからね。その上……今は戦争ときたのだから……」

「何を恐れるというの? 強い、強い、ワタシの旦那さんは」

「死、だよ」

 メアリーは、まぁ、とおどけてみせた。しかし、言葉に代わりに彼女も腕を回してきた。

 小さい彼女の手がマイケルの背中で交差する。よしよし、と子供をあやす親の様に、メアリーはぽんぽんと背中をゆっくりと叩いた。

「僕が死ぬこともそうだ、君が死ぬこともそうだ。ましてや、抗争で大頭目はラッキー・ルチアーノに撃たれ、組織は消えた。僕はあくまでも”兵隊”扱いだから、名前は残ってはいないだろうけど、……かなり殺しすぎたのは事実さ。――いつか車に銃弾が撃ち込まれるかもしれない、そう思う事もある」

 うん、とメアリーは頷く。

「名前、経歴、全てを消したけど、今いる、『マイケル・キーソン・フォスター』は存在してしまっている。戦争が酷くなっていくとしか、……今は思えない。昔ルークが戦地に行った様に、僕も狩りだされるかもしれない……。

 君と離れたくはない、とはどうしても思ってしまう」

 うん、とメアリーは再び頷く。

「死、なんて幾らでも見て来たし、幾らでもこの手で作り上げたっていうのに、罪の意識を感じるなんて可笑しな話だよ。何人の幸福を奪ったのか、と罵られても僕は反論する事は出来ない。

 でも……、それでも怖いんだ。死がそこにある事が。

 目に見えて、僕の手の中にある物が消えてしまうのが。僕の傍にある日常が消えてしまうのが。僕の周りにある世界が消えてしまうのが」

「そうね、」メアリーは静かにマイケルに言い聞かせた。「誰も怖いのよ。ワタシも怖いもの。きっと――神様だって怖いのよ。でも、アナタは今、生きているの。

 四年前くらいだったら、……きっとアナタ、死ぬ事なんて何にも思っていなかったと思う。復讐心と、敵愾心の塊だった様に思えるわ。でも……今は、生きるためにアナタの術を使っているものね。

 まさか、ネッドさんに頼み込んで新聞屋になるとは思わなかったわ!」

 コロコロとした笑い声。

「……」

「アナタに常に強くしなさい、とか、常にかっこよくしなさい、なんて言う事はありませんよ。ワタシの為に、生きて、ワタシを生かすために戦ってくれた事は忘れない。これからも一緒に居るって、決めてくれたから、――今日を迎えられたの」

 だから、とメアリーは回していた手を放して、体を離す。それに合わせて、マイケルも力を緩めたが、名残惜しい様に彼女の肩に手を置いた。

 メアリーの両手がムギュッっとマイケルの頬っぺたをつまんだ。痛くはないが、少しだけ屈辱的だ。しかし口にはせず、されるがままにこねくり回される。

 すぐにメアリーは手を止めて、真っすぐマイケルの目を見てきた。

 吸い込まれそうな綺麗な青色に、マイケルも目が奪われる。

「あのね、お偉いさんでも、誰でも、死ぬのは怖いのよ。トラビス神父なんて、死ぬのが怖すぎて、アナタとの仕事中、表に立つのを嫌っていたのよ?」

「……初耳だ」

 メアリーはクスクスと笑う。

「ワタシに甘えてもいいけれど、甘えるだけはだめなのでしょう? とすれば、マイケルのかっこいい所、ちょっとは見せて欲しいな」

「……はぁ、」こつんと額をメアリーに額に預けた。鼻頭が当たる。

「弱音は此処まで、準備しようか」

 マイケルはメアリーから離れる際に一言、聞き取れない程小さい声で、

「ありがと」

「――あはッ」

 声は届いてらしい、嬉しそうにはにかんだメアリーに背を向けて、『丁度』チャイムが鳴った入口へと向かう。

「マイケルが、お礼を言うなんて、『初めて』かも!」

 背後から、叫び声に似たメアリーの言葉にヴィッキーがびっくりして、びくりと体を震わせて尻尾をぴんと張った。

読んでいただきありがとうございました。


Thank you very much for reading.


キャラクター一覧

<マイケル・キーソン・フォスター>

 赤い髪、緋色の瞳を持つ少年。身長が低い。

<メアリー・マイ・メロ> 

 栗色の髪が艶やかな青色の少女。マイケルと幼馴染。

<トラビス・ジャマル・ロビンソン>

 マイケルが身を寄せる孤児院の院長。神父。

<スティーヴ・ヴァン・ハード>

 マイケルが身を寄せる孤児院の副院長。神父。

<エヴァンジェリン・ストーンマン・オーデカーク>

 長い金色の髪が特徴的な隻腕の少女。《保護》対象

<ルーク・ジョン・クラーク>

 マイケルの仕事仲間でマフィアの連絡役。元軍人

<バッジオ・ジョン・アグワイア>

 町医者。ニューヨークにあるコロンビア大学の附属病院の医師。

<リチャード・エドワーズ・デュリ>

 弱小マフィアの頭領。マイケルの"仇"

<ローラ・セント・フォスター>

 マイケルの母親で、依存体質。リチャードと不倫していた。

<ヴァネッサ・ラティマー・リー>

 《拷問姫》と言われるサイコパスでリチャードの情婦

<キーガン・アントニオ・ブルー>

 《養鶏場》のキーガンといわれるサイコパス

<ネッド・バン・アールズ>

 《不死身》の運び屋。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 興味深い題材の力作です。 丁寧に明晰に情景と人物が描写されていて良いと思います。 後になるほど面白くなっていき、第32章での感傷的かつ透徹した視線に至ります。 「クトゥルフの呼び声」RPG…
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