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 確かに、とスティーヴは思い出した。

 天使という存在がいた。かつては、カルデアで神として崇められていた存在ではあろうそれは、多くの人々の心根の中に蔓延る悪魔を一層するために存在していた。

 神という存在が、天使に姿を変え、宗教という形状が聖書という聖典と共に定形化されたt中で、ミカエルという存在は天使の中の天使として考えられる様になる。

 三対六枚の翼は特別な存在で、熾天使などとも呼ばれるが、その姿を想像し得た人物は居ないだろう。四つの生き物に由来する、獅子、牡牛、人、鷲という単語と、全身に目が生えて、翼にも目がびっしりという『奇怪な』姿を誰が人間が崇める『正義』の使者として想像し得るだおろうか。

 であるから、過去から大量に生産された芸術品の中で本当の姿を描いた物はおらず、人間に近く、崇高な存在として人の姿に羽をつけた程度の描写がせいぜいだった。

「だから、キーガンという存在は、本当に『天使』を創ろうとした結果なのか」

 納得した様に、スティーヴは何度目かになる殺害を行った。腕に響く骨の感触を数える事はもうしなくなったし、飛び散った血が池の様になっていても気にはならなかった。

 それでもキーガンは死んでいなかった。動き続ける存在を目にして、スティーヴはある種の戦慄を覚えていたという事もあるが、足に、手に、体に宿る力は決して恐怖心で揺らぐ事は無かった。

 だというのに、終わらない作業を繰り返す事に絶望に近い徒労感があった。全身に黴の根の様に蔓延る重みというのは、少しづつ倦怠感を増長し、嫌だ、という心の奥底の叫びが噴出する気がした。

「そろそろお終いになる、っていう事はない、んだよね」諦めた様にため息を一つ。しかし、誰もその言葉に反応しない事が更なる疲れを呼び起していた。キーガンが、笑いながらでもスティーヴを罵ればまだ違ったのだろうが、顔面に相当する部分はすでに肉塊になって大分時間が経っていた。

「肉の塊というよりは、その本体自体が、何にでも変形できる『キーガンという群衆』の総称だなぁ」などと口にしてみても、やはり虚しいものだった。

「いつまで遊んでるんだ!」トラビスの切羽詰まった声は、炎で燃え盛る小屋から聞こえた。しかし、もう大分炎に包まれて久しいというのに、元気な声で少し安心してしまう。

「ずいぶんとご機嫌じゃないか! そっちの塩梅は?」

「ふざけるな!」声と共に薄い木材が吹き飛んだ。隙間から見えるに、翼を捌く銀色のナイフの色も随分と『細く』なっている様に見えた。トラビスの持っているナイフの大きさは実際の所かなり刃渡りは太い。ナイフという特性上、長持ちする物ではないが、簡単に壊れない様に肉厚の鉈に近いシースナイフ。金属の中でも開発競争の激しい合金製であり、大砲に使われる様な『頑丈』もの。

「ずいぶんとやせ細った筋じゃないか! 削り取られた――」「後で覚えておけよ!」

 余裕がないトラビスの残響を伴う大きな声は、三度の斬撃音を耳障りな程盛大にまき散らした。すぐさま木材の破壊される音が響き、次いで地面に転がる音が聞こえる。

 視線をキーガンから外して見れば、トラビスは地面に転がりながら腕に少女を抱えていた。

「あぁ、保護対象は確保。んじゃ、ま、さっさと終わらせますか」

 何気ない口調のスティーヴに、トラビスは顔を上げ、「遊びすぎなのは悪い癖だ! いい加減その肉塊を始末してあいつを――」「あぁ、アンタはさっさと処分する」

 スティーヴは気合を入れた。うし、と声を高らかに、全身の力を一度強くいれた。ゆっくりと、首、肩、背中、腰、足、足先、指先と力を抜いた。

 ぶらんとする程の自然体になると、「心の準備は?」

「とうにできてる!」トラビスの叫びと共に、スティーヴの周囲が発光した。

 爆発を促す閃光に近い。爆心地はスティーヴで、半径は25メートル程の円形を描いた。一度収縮した空気が中心に吸い寄せられる。質量体の変化が急激に起きている事は分かる。空気自体の密度も、スティーヴの発する光によって大きな波の様に内から外へと間延びになっている様だった。

 風が無い、はずなのにスティーヴの周囲で波紋の様な”風”が起きた。その現象を裏付ける様に風でなびく事のない光の環が、ゆっくりと外周へと流れっていたから。

 『停滞する光』というのもおかしなもので、発行体がその空間に留まり続けるというのはオーロラくらいだろうか。それであっても蛇行し、光の屈折はあり、その場に完全にとどまり続けるものではない。

 流れ出る光の色は赤や緑や白を伴って、淡く、水彩画に使われる絵具が水で薄まっていく様に似ていた。だからと言って、完全に消える訳でもない。東西に伸びきる色はゆっくりと世界へと広がる。

 上昇気流を伴った仰角45度程の光波は、上空へと流れていった。『スティーブ』という発光現象について理解されている事はない。東西に延びる発光現象というだけで、誰も知りはしないだろう。

 一体何を意味するのか、誰も知りはしない。そもそも、『肉眼』で捉えられる光ではない。

 しかし、この場に居る全ての者が”其れ”を目にしていた。

「分かってる、って顔ではない。――恐怖、という事でもないだろうね。正しい事は、『理解できるまで待つ』という選択だけだ。例え不可解な現象であっても、現象が起きている間は不安定なものだからな。

 手を出して、壊れてしまったら意味がない。それでも感じるんだろう? 力の奔流をさ」

 スティーヴは笑う。「そこの未だ口の出来上がらない肉の塊でもそうだろう? その奥で”見ている”貴方でも分かるだろう? 是が教会が持っている力だって」

 トラビスは光の波を避ける様にゆっくりと身を起す。手の内に居るエヴァンジェリンが不可解な表情でスティーヴを見つめる。

「鎖を切り裂く程度の力を持つ”翼”はそれだけで拳銃や、ライフルの様な銃器と同等の力を持っている。大砲と言われる程の力を持っている者もいるけど、それは『経過』でしかない。

 エヴァンジェリンさんの持っている力の一端はそれらと同等ではあるけれど、彼とは違う」

「その通り、」エヴァンジェリンにとぼけた表所を向けるスティーヴは、はらりと外套を脱ぎ落した。漆黒のキャソックは寸分の隙の無いほど綺麗だった。

 激しい動きを行っていたとは思えない程に皺ひとつ見当たらない。パリッとした姿は、スティーヴ自身が凛としたたたずまいだから強調されているのかもしれないが、それ以上に存在感があるのは彼のは背後だ。

「揺らめく大気、光の屈折を最小限にとどめる『不可視』の翼は、教会では現在彼以外いない」

「あぁ。そこにいる紛い物とは違うさ」にやりと、トラビスに歯を見せて笑うスティーヴ。

 手には先ほどまでキーガンを解体していた杭が一振り。

「力を使うのはあまり好きじゃないんだ」スティーヴの言葉にアリソンは怪訝な表情を浮かべた。実際には一瞬だったが、それでも意味深な自信に満ちた言葉はアリソンの頭に響いたらしい。

「チッ」と舌打ちをした後、六枚の翼が空間を切り裂き始めた。鎌と形容するのが正しい程に鋭利な音は、次第にスティーヴの発する光の波を浴びて、次第に飴の様に一対以外消えていく。

「私は良く分かっている。最初から相手にする事を止めていたのは、簡単な理由さ」スティーヴは苦々しい表情をするアリソンに満面の笑みを浮かべていた。「雑魚には興味ないんだ。――が……、その代わりに選んだ相手というのもまた、希望通りとはいかなかったけどさ」

 スティーヴが視線を向けた先には、肉塊のキーガンだった。が、キーガンの姿も次第に薄れていく。最終的には煙の様に消えていった。

「初めから何もなかった」トラビスが言う様に、キーガンが座していた場所には何も無かった。

「最初に変だと思ったのは雷装を放った時だ」スティーヴは破壊されている小屋を指しながら肩を竦めた。「威力が乗りすぎている」「いや、それは元々大砲と同じだからだろう……」

 呆れるトラビスに対して、いいや、とスティーヴは首を振った。「元々、こいつはソフトポイント弾だ。――イギリスのMkⅡスペシャルに倣って、『狩る』為に実装した正真正銘の殺害用の兵器。物体を破壊するためのフルメタルジャケット弾じゃないのさ」

「つまり……」トラビスはゆっくりと立ち上がりながら、「当たってない?」

「そう、肉の塊や骨に当たれば変形し蛇行し、水平には飛ばないよ。よくて相手の内臓をずたずたにするだけだ。初速も遅く、弾の軌道は避けれる程だろう?」

 アリソンは下唇をかみしめたままスティーヴを睨む。

「ま、お遊びも終わりにしよう。正直、手ごたえの無い空虚を相手に惨殺行為を行っていても、あまり満足感がないんだ。それに――腹が減った。さっさと終わらしてピザでも口にしたいところだよ」

「……勝った、と思うなよ……」アリソンの苦渋の言い回しに、スティーヴは鼻で笑い返した。

「思うんじゃない。勝ってる」

 光の波が収まる。スティーヴの背後に存在している力の大きさが如実に増大する。其処にカーチスD-12F液冷や12気筒エンジンが存在している程の力を感じる。前に人が立っていれば簡単に吹き飛ばされる程圧倒的な爆発力。

 スティーヴが一歩動く。ゆっくりと、地面を踏みしめてアリソンへと。

 かさり、と雑草が踏みつぶされて啼いた。

「逃げる、という選択肢はもうない。逃げれる、という事実はない。後悔に苛まれることもないだろう。きっと一瞬だから痛みも無いだろうな。ただ……懺悔する時間はやろう。もし望むならその贖罪の機会を与えてもいい。告解の機会が欲しいなら聞いてやろう。しかし……宗派は違うだろうなぁ。どう思う?」

「……カトリックとは思えないが」だろうな、とトラビスにスティーヴは背中越しに頷く。

「誰でもない、名前の無い相手を塵に返したというだけだ」

 ぎりり、とアリソンは歯をむき出しにした。

 アリソンの甲高い叫び声は、夜の空に響きわたった

 飛ぶ。

 一歩目の速度は空気の壁を突破し、砲弾に様に翼を前面に突っ込んでいく。

 力は十分。

 コンクリートの壁であれば簡単に破壊する事が出来るだろう。初速の速度がマッハを超えているのだから、クライスラービルの太い柱ですらぶち抜く事ができるだろう。粉々になった化粧石が粉塵に帰すほどの力を持っているだろう。

 彼我の距離を考えれば、スティーヴに到達するのに瞬き一つもあればいい。

「それではだめだ」

 一閃。

 不可視の斬撃は、空中を進むアリソンの体を綺麗に左右に二分した。

 翼ごとに。

 一切の抵抗を見せず。血が飛び散る事もない。

 何が起きたのか、アリソンは分からぬまま、瞳を開いて絶命する。

 通り過ぎる最中、血風が霧散する。霧の様に猛烈な速度でスティーヴを中心に吹き飛んだ。

 一切の血を浴びず、スティーヴは笑った。

「なぁ、後で見ている気分はどうだい?」

 スティーヴはエヴァンジェリンに向き直った。

 びくりと傍にいるトラビスが驚いた顔を見せた。

「どういう、」「おいおい、お人よしもよしてくれよ」

 呆れたまま、スティーヴはエヴァンジェリンに指を向ける。

「なぁ、”キーガン”という存在は、何にでもなれるのだろう? なぁ、どうして喰ったはずのエヴァンジェリンという存在が残り続けているんだ? なぁ? どうせ、全てリチャードの手の上の事なんだろう?

 なぁ、ジョージ」

 ニヤリ、とスティーヴは歯を見せた。

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