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ルーク・ジョン・クラークは苦々しそうにスキットルから入り込んだバーボンの熱を喉で感じていた。本来では酔うための手段ではあったが、今の彼にとっては清涼飲料水と同じものでしかなかった。クレバーになるための手段であり、いざという時のトリガーを外すための儀式だ。
人殺しが好きでこの稼業をやっている、と多くの人はルークの事を見ているのは知っている。同僚であっても、『血に飢えた』という冠をルークについけて嘲笑する事が通例ではあったし、頭目においても笑いながら、『良い夜を』とそちら側の人間であると思っていた。
しかし、ルークは人殺しなんて好きではない。船上に行かなかければならなかったのは、貧しい家庭環境であったからだし、頭の良くないことを”分かっていた”から馬鹿でも出来る仕事をと探して兵士になったのは当然だった。
実際に軍隊に入ると、覚える事が山ほどあり、『頭良くないとむりだなぁ』と他人事に思えていた。マーシャルアーツに行軍方法、歩き方に靴の磨き方。ベッドの整理の仕方に、トイレの清掃方法。料理に銃器の扱いが、全部並列で頭に積み込まれていく。生活と殺人技術が同列に存在し、全部に手順と手引きが存在している。
「たしかに軍隊は馬鹿がいいんだ。命令通りに何でもできる奴がな。でもマニュアル通りにできる、という前提があってそれは成り立つ。本当の馬鹿はいらねぇよ」と笑った奴は、泥沼化したヨーロッパ戦線で骸になった。
死ぬ事と生きる事を数字でしか見ない、軍という組織よりは、血の通った”ファミリー”の方がまだましだと思えてはいた。
戦果が上がっている中で、ルークはゆっくりとマイケルが進んでいった方へと歩みを進めていた。走る事はなく、歩調は実に優雅だ。
ルークの前に二人の黒服に身を包んだガードがトミーガンを携えて周囲を警戒していた。
右手のボロボロの倉庫から、一人の黒い服の男が出てきた。「よう、ブラッド」見つけた瞬間にルークは手を上げる。
「順調か?」ルークの言葉に背の高いブラッドは、スーツの襟元を正ながら、「ええ、十分な成果は得られています。いつもと違い、サツを気にしなくてもいいのが何よりですね」
たしかに、とルークは頷く。「これこそ、バックアップあっての事だよ。一体幾ら積んだのか、あの嬢ちゃんの親父に聞いてみたいが、――まぁ、戦艦すら動かす力を持っているやつだ、僕の様な若輩者の言葉なんて、鼻で笑って一蹴するだろうね」
「……。それほどの相手でありましたか。正直、”表”の人間はあまり興味がないので頭にもいれていませんでしたが……」ブラッドの言葉が尻すぼみなると、ルークはおいおい、と目を丸くした。
「僕たちの仕事は”表”から絞り取る事だぜ? 少しは情報を取らないと、置いて行かれてしまうよ。金も、地位も、名誉も、どれも今は酒より下だが、そのうち逆転するさ」ルークは、スキットルを傾け底に残った酒をなめとる様に喉に流し込んだ。
「しかし、」とブラッドは不安そうにルークに尋ねた。「この戦いで《おしゃべり野郎》が現れるだけならまだいいのですが、情報によると《羽付き》が複数いる様ですが」「心配するなよ、”ママ”の情報を鵜呑みにするのは良くないね」
ブラッドはママというのが、シンディ・キャナル・ハムの事だと思い立ったらしく、目をぱちくりとさせた。「あー……、あいつは若作りしているが、本当は何歳か不明だ。僕より上かもしれないし、下かもしれない。そんな相手に”ミス”なんて呼べやしないから、茶化すためにママというのさ。――僕の趣味じゃないぞ」
「え、えぇ、そうですか。いきなり母親プレイがさく裂したのかと……」「……偏見でしかねぇなぁ。マザコンじゃないって。……ジークムント先生の言葉とおりに、子供が母親の愛情に対して疑問を持たない状態、というのであれば、僕は母親の愛というのを感じた事がないからね。その意味でもマザーコンプレックスからは逸脱している」
ブラッドは驚いた様に口笛を吹いた。「ストリートギャングの出で?」「茶化すな。別に孤児じゃねぇよ。毎日、母親は娼婦として男をとってて、子供の僕たちの事なんて眼中には無かったさ。股開いている母親を毎日見せられて、コンプレックスが産まれるなら別だがね、どっちかってーと、嫌悪の方が近い」
自嘲気味のルークに対して、ブラッドは素直に謝罪を述べた。「いや、謝る様な事じゃねぇとおもうが……。というか、出自や経歴だけなら、一番オカシイのはマイケルだろ?」
「それは……確かにそうではありますな」ブラッドもどうやらルークの言いたい事が分かっている様で、目頭に指をあてて頭痛を堪える仕草をした。
「”ママ”の情報のおかげで、リチャードと政府の間で交わされている『実験』についてもあらかた情報が出そろった。これは揺すれる! ……と正直思っていたんだがね。あまりに闇が深すぎて手を出すのをためらわれるというものさ」
「《羽付き》は人工的に作られた兵器である、というものですな」
そうだ、とルークは頷いた。周囲が大分炎の明るさで明るくなったことを確認しながら、煙草を一つ取り出す。安物の紙巻きたばこではあるが、無いよりは十分な幸福感を得られる。
一本ブラッドに向けるが、「いいえ、大丈夫です」と真顔で拒否された。
「自分は、詳細までは知らないのですが、《羽付き》というのは、ただの生物兵器ととらえてかまわないのでしょうか?」煙草に火をつけながらルークはブラッドの質問の意味を探ろうと、「というと?」と促した。
「単純な兵器を作る、という点ではパーツの変えがきかず、調教に時間のかかる生物兵器――例えば軍用犬等もそうですが、そういった物を用意するのは手間と資材の面で、銃と弾丸を作るよりも高価に思えてしまうのです」
「あぁ、……つーか、その点については、そもそもこの《羽付き》が生物兵器として作られた、という訳では無く、副産物として兵器転用されているだけさ」
いいか、と人差し指と中指に煙草を挟みながら、ルークは周りをぐるりと指さす。
「単純に兵器としたいのであれば、見ての通り、銃弾とダイナマイトがあればいい。それは明白さ。塹壕戦でこれから伸びると言われるタンクの存在をどうするか……という問題はあるが、海は戦艦、歩兵にタンク、これは鉄板だろう。
で、だ。そういった時に人々に戦う意味を作り出すのはなにか?」
「……国家への忠誠ですか?」ルークは爆笑して、二、三度パンパンと地面を蹴り飛ばした。
「忠誠? 今時? そんなのねぇよ。せめて金とか、――家族という限定的な物しかねぇ。特にアメリカの兵隊にあったのは、世界の秩序を守るために国に忠誠を誓う、何てきれいごとではなくて、金のために銃弾をばらまいて死神を演じるだけの狂気しかねぇよ」
「……全員がそうではないでしょう?」「そりゃ、……一部には本当の狂信者はいたけどさ」
ルークは、大きく煙草の煙を吸い込んでゆっくりと肺にためて、長い時間をかけて吐き出した。「まー……。”ママ”の話しによると、一つは狂信の類の『天使』を創造して、世界に対して『正義』を振りかざそうとする、考えを持っている教会の一部が存在するのは確かだな」
「どこの派閥で?」「知っても何にもならんから聞いてねぇ。僕たちが、『可哀そうだなぁ?』なんていって慈善事業で、トラビスの旦那の様な酔狂な事をやるわきゃねぇよ。聞くだけ無駄」
ブラッドは、一応納得した様で、話しを続ける様に小さく頷いて催促をした。
「もう一つは、これ、本当に、人間ってどうしようもねぇな、って思うんだけど。『好奇心』で作り上げたっつー話」
「好奇心?」
「当然そう思うよなぁ」ルークは再び、ゆっくりと煙草を味わうと、大きなあくびを一つした。
「実験の成否はしらねぇ。でも結果として創り上げたっつー結果は存在してんだよ。はっきり言うが、マイケルの存在は実験を一段階上げるために必要な手段だったと、本気で国のお偉方は思っているのさ」
「教会と共謀して?」そうだ、とルークは頷く。「教会がパトロンなのは事実だし、独逸っつー巨悪――というか仮想的に対して今度はボリシェヴィキが立ち上がっている訳だからな。世界を二分にするには十分すぎるパワーを持っているだろうな」
「博学でございますな」馬鹿野郎とルークは笑いながら、ブラッドを小突いた。「僕はこれでも戦場に居た類の『人殺し』だ。価値観どうこうは置いても、殺す相手の事は勉強するさ。出なければ、銃剣で刺した後に遺体の埋葬方法すら理解できねぇ」
「赤い旗は別にどうでもいいのではありますが、《羽付き》とマイケルの関係がそれほど理解できませんな。出自は良家であった彼が、何故に生物兵器に陥ったのか。そもそも彼も《羽付き》なので?」ブラッドは首をひねる。マイケルの使う獣の力が一般的な《羽付き》とは一線を画している事くらいよく分かっているから、当然の疑問だろう、とルークは思った。
「秘匿情報で、国家ぐるみで隠ぺいしたっつーのは事実だろうよ。でも噂話だけで言うわけじゃねぇぞ」ルークは胸の内ポケットから四つ折りにした小さい紙片を取り出す。
左手だけで器用に広げ、眼前に掲げて見せた。書類の周囲はボロボロになっている事から、結構な人が触ったか、乱雑に切り取られ風化したかどちらかだろうという事は分かる。色は良く日焼けした茶色に変色し、黒いインクが少し薄くなっている事が見て取れる。
「これはただの切れ端さ。この間、ちょいと――少年に恩でも売ってやろうかと思って手に入れた品だ。ここに”仇の名前”が書かれているつー事でな」
「仇、とは変ですね。マイケルは最初から、ヴァネッサの事しか眼中にないのではありませんか? リチャードについても家督を奪おうとした程度の認識がなく、母親に至っては父を殺した相手、程度にしか考えていないのでしょう? いまさら、そんなありきたりの真実が出てきたところで……」
ルークは肩を竦めて、本当にそうか? と目で訴えた。「よく読めよ」と一言いうと、右手にもった拳銃の照星でトントンと紙片の右下を指した。
「ジョンソン・マーチン? ……? 新聞屋のジョンソンですか?」
「ジョンソン・マーチン。当時の年齢は不明。この書類が作られたのは1918年12月3日。大戦終了後のアラスカ準州アンカレッジ近郊の研究所だ。この当時に『ジョンソン・マーチン』は存在していた。意味が分かるか?」
ブラッドはいいえ、と首を横に振るう。時間をかけても仕方ないとルーク苦笑い。
「ネッド・バン・アールズに『ジョンソン・マーチン』という名前を与えた存在が居る。”そいつ”は、誰か。ネッドは良くこう嘯いて僕たちの記事を書くだろう? あの偉大な金集めの禿鷹、ジョージ・フォン・フォスターが名前をくれたんだってね。
とすると、この書類を書いたのはジョージになる訳だが、本当にそういう事があるのだろうか。このアラスカの研究所の研究内容ははっきり言って人知の範囲外の内容で、外道の極みと言える人体実験さ」
「つまり、さっきの話しに出ていた、国家ぐるみの秘匿情報というのが”それ”という事ですか?」ブラッドの問いに、ルークはゆっくりと首を上下した。
「つまりよ、ジョージと政府――正確には軍部だろうが――と教会は、妖し気な研究にのめり込んでいた、つー事はわかるんだ。だから、ジョージは偽名としてジョンソン・マーチンの名前を使っていた……。
とすると、次に問題がでるんだが、このジョンソン・マーチンは一体なにをしていたやつなのか、という至極全うな問題だ。金だけを考えるなら、軍部だってあのアラスカの地で軍事基地を作る、という名目でピンハネなんてやれなくもないし、教会だってカトリックの普及という真っ当な理由で金はつく。
現物好みのジョージがパトロンだった、という事が何かに起因している。――つまり、紙幣ではならない相手つー事だよな」
「他国の者というですか?」
違う違う、とルークは首を横に振った。ぼろきれの紙を再び胸のポケットに入れると、代わり一つカードを取り出した。形状は名刺程度の大きさのカードで、青色のインクで記載されているのは名前だ。
「いいか、ここにあるのは” リチャード・エドワーズ・デュリ”だ」
なんだかわからないという顔でブラッドはルークを見た。ルークも当然だろうと頷き、名刺をブラッドに手渡す。
「なんでこんなものを僕が集めたかっていうとな。マイケル少年の周囲に妖しい動きが多いからだ。
《核》を持った生物兵器の数々に対して、生身のマイケルでは分が悪い。
第一に少年の周りには常におしゃべりリチャードの手下がちょっかいを掛けていた。この件のお嬢さん誘拐騒ぎも結局はキーガンというクソ野郎ではなくて、リチャードが金で用意した手下じぇねか。
第二に、少年はおしゃべり野郎お抱えの《拷問姫》のヴァネッサを使って殺されている。……いいか? 殺されているんだ。二年も前に。だというのに少年はこの世界に闊歩し、この世界で生きている。この二年間、あいつが口にしたものは何か分かるか?
ホットドッグのひとかけらもあいつは『食っていない』。水も、パンも、スープも。孤児院にいる出入りしているメアリーお嬢さんのお手製の御菓子すら。何もだ。
マイケル・キーソン・フォスターに生活反応らしきものは一切ない。だというのに生きている、というのが奇妙だ。まぁ毒殺を恐れて一切口にしていないというのも考えられるがな。
第三に、力を使えば少年は財を失う。財は失うが、財がどこに行くのかは知らない。誰もさ。そんな妖しいものを『父』の形見だと思いこんで使うというのは頭が可笑しいというものさ。
悪いが、アラスカの研究所が製造しまくった人間兵器の方が幾分ましさ。宗教性を持たせるために核の原料はかつて隕石のからもたらされたとされる”トラペゾヘドロン”という物質が使われているらしい。詳しくは少年に聞けよ……? オカルト系は僕より詳しい。
第四に、アラスカで怪しげな研究を何故、『おしゃべり野郎ごとき』が引き継いでいるのか、とい事が気になる。そもそも、それってジョージの仕事だろう? お偉いさんにとってしてみれば、『金』の出処はどこでもいいんだが、あんな怪しげな”キーガン”を創っていた所とどうやってかかわったのか?
第五に、リチャードクソ野郎は、どうして、『キーガン』を知らねぇんだ? ネッドが少年に言った事から、あの運び屋がわざわざメッセンジャ―をしたらしいじゃないか。そもそも、アラスカの研究所に入り浸っている程のやつが知らないなんていう事は理解が出来ない。
大方筋書きはこうさ」
ルークは煙草を投げ捨てた。転がっていくオレンジ色の光が排水溝に入って消えた。
ため息交じりの煙を吐き出したルークは銃口でこめかみをぽんぽんと叩く。
「ネッドの表の顔のジョンソンという名前を与えたのはジョージだった。ジョージは、ジョンソンという名前で存在する架空の存在を過去から使っていた。実体を伴った動きをする『仮初』の姿は、かなり隠れ蓑にするには丁度いい。
研究の段階で、どういった手法かはわからねーが、『他人に成り代わる』方法をジョージは手に入れた。その結果がリチャードだ。
代価は自分の息子の命だ。とはいえ、魂までは取れなかった。其処に誤算があったんだろう。魂の結晶は『黒い鍵』つー不確かな存在になって、少年の愛犬の『肉体』と少年の『魂』を繋ぐ形になった。
結局、燃料となるのはジョージの残した大量の財、つー……いや、まて?」
「はい、」ブラッドも回りを見渡して頷いた。
「ここは、――ジョージが死んだ事により、相続が母親にならなかった。息子のマイケルが相続する事になり、……管財人としてメロ家が引き受けた。という事ですから、今……実際は、マイケルが成人するまでの間は実質的にメロ家の所有ですね。という事は、ここに存在したすべての金塊、銀塊、鉄塊、その他もろもろの財は――メロ家の、特にメアリーに譲った物と書類上なっています」
「……だから、今回こんなに壊しても構わないってお墨付きがついたんだよなぁ。とすると、少年の命を守っているのは、『メアリーお嬢さんの』ご厚意?」
「……」ブラッドは目を鋭くし、「実際には、メロ家自体がマイケルを助けているのでしょう」
「だよなぁ。という事になると、ジョージが手に入れていた《財》はどこにいった?」
二人は沈黙した。しかしはっとなってブラッドが、口を開いた。
「リチャードは、アラスカで怪しげな研究に大枚を払っている、その結果として『他人』に成り代わる事だできる。という事は、マイケルと同じ様に『何かを代価』に他人に成れる、という事ではありませんか?」
「――その可能性もあるなぁ。だが、もっと考えろ。『他人に成り代わる』のではなく、『他人』を創りだせる、特に《羽付き》を生み出せるつー事はねぇのか?」
「あり得ます。エヴァンジェリンという少女を拉致ったのはその代価を無しに行える『行程』を知りたかったからという事も考えられますし、キーガンの複数の核を持つという報告についてもマイケルは『意識を保つのが難しい』という判断を下しています」
「……そうだな」ルークは頷く。「キーガンを含めて、全部が、『ジョージの人形』に過ぎない」
「あの、」ブラッドは難しい顔をした。「マイケルの命の蝋燭となる、メロ家の財というのは、『ジョージが魂だけ残したマイケルの残り分』なわけですよね……というと、マイケルの命を使わせれば、その分ジョージの方にメロ家の財を流せる……」
「あぁ、そうなればジョージは、全部手に入れられるわけだ。このニューヨーク近辺の富豪の財を」
呆れた様にルークはため息をついた。「クソ野郎じゃねぇか……だから生き急がせるわけか。実の息子を」
「待ってください。という事になると、人形は……。簡単には排除できない?」
だろうな、とルークは頷く。「核は複数あるだろうし、『どいつがジョージの人形かもわからない』状況だしな」
「……となりますと、マイケルだけ先行して大丈夫でしょうか?」
やべ、とルークは走り出した。すぐさま、脇を固めている黒服とブラッドが続く。
「間違いない。この機にジョージはマイケルを処分するぞ」




