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 ギィギィと甲高い音を立てて小屋の扉が夜の強い風で動いていた。トラビスの隣には普段よりも重装備のスティーヴが居た。トラビスのスーツ姿はボロボロの養鶏場に似つかわしくなく、ひどく浮き出た存在だった。その右手に刃渡りの長いナイフを持っていれば、さらに意味不明な姿だ。殺人鬼がやってきたといっても現実的ではないし、金融機関の取り立てにしては物騒だ。真実どおり『神父がナイフをもってスーツでやってきた』などと誰が信じられるのだろうか。

 隣にいるスティーヴは逆にボロボロの外套と被り、長い金属の筒を背中に二本下げて、歩いていてた。まだスプリングフィールドでも担いでいるなら、『あぁ、戦争帰りか』と見えなくもないが、おおっぴらに銃をひけらかすのは余りにも物騒。筒にはひどく歪なトリガーと持ちてがつけられているから、一応は銃の様ではあったが、あまりに大口径で腕の太さ程。大砲に部類されるそれをぶら下げているというのは、何をするのか想像ができない。

「さっさととっちめて帰ってやりましょう」スティーヴは気を引き締めて口をきゅっと結んだ。トラビスは左手で右肩を揉んで、ため息をついた。「まったく、猊下直々の依頼など面倒事でしかありません。さっさとお茶でも飲みたいものですから、君の意見には賛成ですが……」分かっていると、スティーヴは小さく頷く。「本当に、至極当然の意見をありがとう。トラビスの当たり前の指摘には、本当に頭がさがるよ」棘のある言い方にかちんときたのか、トラビスは鋭い視線を向けた。

 スティーヴはトラビスを直視せず、前のボロボロの小屋に向かって筒の一つを向けた。「私は誰かと血みどろの戦いを好む好戦者ではないんだよ。こういった事は以前にもごめん被りたいといったはずなんだけどね。――だーれも聞いてくれない」トラビスが呆れた表情でスティーヴの構えている筒を見た。「そんな風変りの銃を自作して、"獲物"を狩ろうとしている君が言う言葉ではないと、思うけれどね」

 トリガーに指をかけ、重い金属の反動を感じながら、腰だめで引き金を引いた。轟音は弾丸の発射と同時に周辺に空気をびりびりと震わせた。悪魔の咆哮に近い地鳴りを伴う音は、重厚な破裂音を四方八方へと向けた。大地に跳ね返った音は、かすかなタイミングの差を持って、スティーヴの耳に届く。本来1度きりの破裂音は微かにずれて2度響いた。普通の人では知覚できないズレを確かめ、眼前の建物を見る。入口辺りがきれいに吹き飛ぶところだった。腕、足、肩、腰。どこにも痛みがない。こんな大砲は無反動で打てるわけがない。当然人間を吹き飛ばす程度の力は存在していた。

 スティーヴにその様子はない。まるで柳に腕越しの反動は、しっかりと大地を踏みしめる足を1cmも下がらなかった。爆風で靡く衣服の姿は正常であれ、それだけの力に対して体が微動だにしないのはただただ異常。

「おおすげぇな」スティーヴは指をさして破顔した。無邪気に笑うスティーヴに対して、トラビスはあんぐりと口をあけて目を見開いていた。「あんな大穴が空いたぞ。ほら、トラビス見てみろよ」指をさして自分の成果を誇張するスティーヴをトラビスは頭痛を押さえるように額に手を当てた。苦虫を噛み潰した渋面は汗が滲む。「君……人質の事などとうにわすれているのですか……ッ」叫びはしないものの、トラビスの口調は厳しい。

 スティーヴはへらへらと笑いながら、「あんな入り口には吊るさないよ。なんでって? そういうもんだろう? 私だってそうするし、彼だってそうするだろう。入口はノックするものだ。ノックされたときに吹き飛んでしまっては人質の役に立たないから、きれいに梱包して大事に奥にしまうのが普通っていうものさ」根拠のないスティーヴの言に対して、そうか、とトラビスは納得しない。襟首をつかみ捻り上げた。

「君には――反省という言葉が――」「ないね。後悔もないね。ほら、お客さんのお出ましだ」肩を怒らせるトラビスの襟を握る小指を掴むと、お返しとばかりに手首を返す。痛みに悲鳴をあげてトラビスは襟を離した。「随分と、勇壮なお出ましだなぁ。ん?」キーガンはにゅっと煙がくすぶる入口から顔をだした。

「そらみろ、そんな簡単にくたばるやつではないさ。なに悶えてるのさ、気持ち悪い。さっさととっちめに行くよ」スティーヴは使い切った筒を足元に放り投げて、もう一つの筒をキーガンに向けた。「ほう。竜の咆哮のようではあったが、ただのブリキのおもちゃであったか」「そのおもちゃも使いようっていうだろう?」キーガンは鷹揚に頷き、スティーヴの言葉に同意した。意外に思ったのはトラビスの様で、眉をひそめていた。

「それならば、たしかに、ワシを一切合切ミンチにするには十分よ。いくらワシとて、元に戻らぬかもしれぬのぅ……。とはいえ、おとなしく食らってやる必要もないが」スティーヴはしっかりと狙ったまま引き金に手をかけた。「おっと、せっかちなのはいかんぞ? そこの頭のいい方が言った通り、ワシに当たった後、その砲弾が飛んでいった先にお探しのお嬢さんがつるされておるのだぞ」「死んだら大変ですよ……」トラビスはまさかやらんだろう、という表情でスティーブを見た。

 スティーヴはにやりと笑うと、引き金を引いた。

 大気を振るわせる轟音は一瞬で直径百メートるの空間に広がった。速度にして毎時1000メートルに到達する程の衝撃は、先ほどと同様に、鋼鉄の矢じりを醜きキーガンへと迫った。時間にして1秒にも満たない、”一瞬”で到達する。

 発射されたと同時に発生したマズルの閃光は、スティーヴの目を一瞬焼いた。夜にも関わらず、スティーヴの手の中に太陽が産まれた様な明るさは、それだけで光学兵器として機能する。スティーヴだからこそ一瞬で視界を取り戻すが、『普通』であれば強烈な光に眼球が焼かれ、失明するのが落ちだろう。

 銃弾の大きさは12.7×99mmのスプリングフィールドと比べても段違いにデカい。二倍にすれば威力は指数関数的に上がるというのに、”大昔の大砲”をイメージするその口径は優に200mmを超える。そんな口から発せられる発射音は、爆裂音というよりは、雷が落ちたとか、キーガンの様に竜の咆哮と形容するのが正しいだろう。

 半円球状に広がる音の振動はスティーヴの体をガツンと揺らす程であったし、彼の足元に生えている雑草は大きくのけぞっていた。残っているのは黒く燻った雑草だった残骸だけだ。

 一拍の時間をおいて、なんの防ぎもしていないトラビスは目玉を丸くしながら、強烈の轟音によって割れたらしい鼓膜の様子をみるため小指で耳をほじっていた。

 しかしすぐさま音が聞こえないと悟ると、「馬鹿野郎!」と普段のトラビスの声の倍以上の音圧で叫んだ。

 手にした筒を放りなげて、スティーヴは大地を蹴る。翻るコートの裾から背中に手を回し、”杭”を取り出した。長さ60センチほどの穂先の杭は、スティーヴの手に収まると、反時計回りに捻られる。隕石を鋳溶かしてから作られた杭は大気中に埋め尽くされた轟音を切り裂いて、《シンッ》と強烈な甲高い音を立てた。

 持ち手が伸び、150㎝に 到達する。中空の柄を再度時計周りに回すと、ギジリ、という中身の詰まった様な振動をスティーヴの手に返した。穂先が背に届くような大振りをして、スティーヴは振るう。

 眼前にはキーガンの姿が迫っている。

 あれほどの轟音を放った大砲であってもキーガンの”半分”しか吹き飛ばせていない。露出した胸部に存在する肉片に埋もれた核は、夜空に無数に散らばる星の様に幾つもの光を体内から放出していた。

「バケモンだな。何個あるんだよ」問いに答えるためのキーガンの口は吹き飛んでいる。顎は消え、口頭から脊髄にいたるまで白の骨を露出させ、ピンク色の肉がしぶとくまとわりついているだけだ。

 振り下ろす。速度は最初から最高速度。キーガンの背後に燃える小屋の入口の炎の明かりで、真っ赤な軌跡が絵描き出された。上段から地面に向かう滝の様な一撃。

 キーガンの胸に一際大きく光る核にむかって吸い込まれた。

 コンッという硬い音が一度。割れない。「硬いって……」悪態をつきつつもスティーヴは返す腕で再びモーションを起すと、二度目の刺突を行う。風になるスティーヴの腕が嘶きを上げた。

「下がれ!」トラビスの鋭い言葉にスティーヴは反応する。

 二度の金属音がスティーヴの左耳辺りから聞こえた。身を捻りながら着地するトラビスの姿が視界を一瞬塞ぐ。鋭い風切り音だけが再びスティーヴの耳に届いた。

 翼の攻撃である事は長年の経験から分かる。当たりさえすれば、一撃でスティーヴは柔らかいアルミニウムの塊の様に小さく潰され、地面に踏みつぶされる事になる。仮に戦艦を中心とした現代兵器においては垂直装甲相手では、十分な防御力を持っているから、破壊せしめる事は難しいだろう。しかし、未だ難のある水平攻撃に対しては、艦艇に穴を開け損傷させるだけの威力を十分に持っている。

 一撃が、金塊の山と同等の戦艦を破壊せしめるという事になれば、その軍事的利用価値は高くかつ、貴重な戦力だ。しかし、スティーヴは身を翻し、音の発生源に対して杭を打ち込んだ。

 手ごたえは十分。とはいえ、相手が死んだとは考えられない。「何故、そうやってまでしてキーガンを守るんだい?」純粋な問いかけは、スティーヴの興味本位。職務上必要はないし、相手の事を知る必要などない。命令は絶対で、『抹消』する事のみに重きが置かれている。

「そ、そ、そん、な汚い手で、ち、ち、近寄るな!」そうなのか、とスティーヴは手首を返しながら杭を地面すれすれを通して打ち直す。その最中に腕を見る。特段の汚れはない。となれば、と左の二の腕が顔の前に来たから臭いを嗅いでい見る。

「いい、匂いじゃか……。やはり、火薬の匂いはいい」「へ、へ、変態だ!」失礼な奴だな、とスティーヴは振り上げる杭の反応を確かめ体を入れ替える。石突で相手をひっかく様振り下ろしながら、踏み込みながら最速で打ち下ろす。

 杭のは”見えない”翼にはじかれる。トラビスは相変わらず耳の感覚が可笑しいのか、真っすぐ走れていない。「何やってんだか」と他人事として笑う。「な、な、仲間すら――」うるさい、と姿を隠している相手に対して左右から杭を振るい一度距離を取った。

「名前も名乗らない、礼儀のない奴は、私に対して文句を言う資格はない。礼儀のない奴は異教徒か、化け物だ。ただの敵でしかない。掃いて捨てるだけのゴミに対してなんで説教なんぞせにゃいかん。時間の無駄だ」

 距離を詰めながら、不可視の敵に臆する事なく詰め寄った。相手は見えない事を全く有利に使えてない。翼の打ち鳴らす音も、大気の流れも、大地を踏み鳴らす音も、どれもとっても『二流』だ。

「こんなのが、『聖人』と同じく、私達が求める『天使』と同じだとね……」心底スティーヴは嫌がった表情を浮かべ、神父らしくなく唾を吐き捨てた。「侮辱以外の何物でもない。……猊下の愁いの通り、ただの模倣品でしかない貴様らは、土くれに戻れ」

 先ほどまでの早い動きよりも、さらに踏み込んだ。

 一歩の距離が飛躍的に向上する。打ち下ろされる杭の速度は空気を最小限に切り裂き、微かな音だけを耳に届かせた。一切軸のブレの無い攻撃は、何度も繰り返される中で変化を生む。

 上、下、右、左。しかし杭の性質上、最も多用されるであろう突きは一切出されない。不可視の相手は防戦一方のまま下がっているようだ。

「アリソン下がれ」野太い声は、スティーヴのすぐ脇までとんできていた。「――!」トラビスが何度かキーガンを切り裂いた。しかし、肉片をまき散らすだけで、彼の動きを止める事が出来ない。「ゾンビか?」

 トラビスの呻き声に似た小さい声。「酷い例えだのぅ。ブードゥーの教義は全くしらないが、カトゥーンで見る程度には理解しておる」重い一撃がスティーヴの腹に差し込まれた。

 不可視のアリソンへの攻撃に気を取られて横のガードは間に合わない。


 トラビスはすぐさま攻撃の手をキーガンから、アリソンへ”変更”した。キーガンの一発が綺麗にスティーヴのはらわたを抉りだす。はずだったが首をひねって訝しんでいるのはキーガンだ。

 気にしている余裕はない、とばかりに疾風となったトラビスは、四度、ナイフを投擲した。方向は上で、上段から落ちてくる刃物はそのまま四角柱の様にアリソンを囲む様に赤い炎の光を反射して線を描きだした。

「汝、姿を現せ!」トラビスの呼びかけに世界が唸りを上げる。しかし、その扉は開かれない。重い、重い扉だ。視界を司る神がトラビスの視界を閉じたのだから当然だ。「重ねて命ず! 汝、姿を現せ!」

 眼前にたすかな揺らぎが存在した。大きさにして四メール程の高さを持つ陽炎は、トラビスの呼びかけに対して一瞬だけ視界に現れた。

 と同時に、四隅に配置されたナイフがはじけ飛んだ。文字通り柄の部分と刃の部分が分離し、見えない力によって散らばっていった。翼による力だという事は分かる。この中心に奴はいるはずであるが、スティーヴの様に”見えなくても戦える”程トラビスは視界に無頓着ではなかった。

 目に映った揺らぎに向かって一閃する。そこに存在するであろう扉は、あちら側とこちら側とをつなぐ通路でしかない。神だけが作り上げ、神だけが制御しえる力だ。視界に映っていても、『見ていない』とする事も、死んでいたとしても『死んでいない』とする事さえも。

 神にとってはただの遊びに過ぎない。矮小で低能な人間に《鍵》と称して、権能の一部を貸借する事も戯れにしか過ぎない。

 トラビスは嫌いだ。傲慢で、高慢で、やたら自尊心だけが取り柄の神というやつが。何度か”見えた”事はあった。人の姿をして、綺麗な言葉を並べていたが、間違いなく、人間を蟻か、はたまた蜻蛉の様にしか思っていない。

 鍵を壊し、思いっきり蹴りをぶち込んだ。閉じた扉の鍵を破壊する。固い手ごたえも、何か切ったという感触も存在せず、眼前に作られた”見えない”鍵を切り飛ばした事により、蹴りあげた足に合わせて視界がぐわん、と歪んだ。

 ぶわり、と白い靄が一瞬立ち込め、強烈な羽の奔流に飲み込まれた。渦の様な奔流は一瞬で、大気中に雪の様に羽が舞っていた。チラチラと舞い降りるが、トラビスの背後で盛大に炎を上げている小屋の明るさの所為で、昼間の様に思えた。

 さっさと、エヴァンジェリンを助けに行かなければと焦るが、その前に邪魔になる奴を始末しなければならない。時間がない中で視界を扉のあった方へと向ける。

 アリソンは其処に驚いた様に立っていた。「なんで? なんで?」普段の様な吃音ではなく、純粋に彼の中から漏れ出た音だ。細く、弱く、白く無垢である。子供の様な呆然とした声を聞くと、トラビスにも微かに同情心は産まれた。

 しかし、ナイフを構えると、「君を処分する様に頼まれていてね。悪いが、此処で終わりになってもらう」わざわざ、状況を教えるトラビスの事をきっとルークは『サディスト』だと笑う事だろう。

 呆然としていたアリソンは、揺らいだ視線をトラビスに向けた。「なんで、僕を、見てるの? なんで? なんで? 僕を見れるのは、先生だけなのに!」頭を抱えて絶叫するアリソンは、足元にあるハンマーを手に取った。工業用の両口ハンマーは80センチ程の長さ。両手で扱うのが通例であるそのハンマーの端を片手で持ち、軽くくるり、と手首で回した。

「僕を見るな! 見るな! 見るな!」拒絶の絶叫を聞いてもトラビスの表情は変わらない。無表情のまま、右手を突き出して、ナイフの延長にアリソンを捉える。

「喚く程、自分の力に酔いしれていたのですか? その手の手品は昔から有名でね。しかし、『不可視』という特性は私達の中では『模倣』してはならない禁忌なのだよ。神に近づく絶対的な力の模倣など、狂気の沙汰というものです。

 我々の求める神というのは、君達が見ている”神”とは違い、偶像で、妄想で、空想で、不定の存在でなければならない。”誰”とも違い”誰”にも近く、”誰”にでもなれる、”誰”とも言えない存在。

 そのために、力は隠し、見せず、隠匿し、しかし、必要に応じて救世の為に使うのさ。不可視の神――私達の言うところでは悪魔と呼称するがね、そういうものと契約なぞをして、不可視を誇示する君は、例え子供だとしても行先は決まっている。

 マイケルから聞いた時には何となく、先天的な我々と同類なのかとも思ったがね、結局のところはこの程度の悪魔付きという事だろう。しかも、酷く歪な使い手だ。悪いが、私が会った中でも最低の能力だろう。見えない以外は、スティーヴが対処せしめた通りだ。」

 シンッとナイフで空を切った。トラビスは、初めて邪悪な笑みを浮かべた。一度、逆手に持つとサムズアップし、それを地面に向ける。首を掻っ切る様な仕草をし、「出来損ないは、塵になれ」

 トラビスが大地を一歩踏み出した。風となった彼の速度は10メートル程度1秒にも満たない速度で

 時、アリソンの背後に存在していた一対の翼が大きく開かれた。クジャクの尾羽の様に開かれた翼は、合計三対存在した。

「⁉」驚きの表情を浮かべる。しかし、動きは変えられない、と悟り、トラビスは全速力で四度切りつけた。突進しながらアリソンの脇腹を一度、次いで向かって左側の翼の付け根を駆け抜けながら二度、すぐさまアリソンの頸椎を空中で態勢を整えて。

 最後に逆手で脇腹にナイフの刃を突き立てた。

 感触はどれもある。引き抜こうとするナイフに違和感がなければだ。

「ど、ど、どぅして邪魔するの? な、な、なんで、先生をイジメるの? ひ、ひ、ひどいじゃないか! 酷いじゃないか! 酷いじゃないか!」ナイフが刺さった脇腹を固く閉め、全身に力を滾らせてアリソンは何度も地団太を踏んだ。

「――、だったら、あんたを殺せばいいんだ」

 泥人形の様にアリソンから表情と気配が消えた。不可視の影響ではない。平常心で努めようとトラビスは距離を取る。手にしていたナイフを手放して、一歩、二歩と跳躍する様に後方へと大きく距離を取った。

 ナイフがアリソンの脇腹から抜け落ちる。ナイフの先に血の一滴でもついていればトラビスは安心できただろう。しかし、刃先には一切の曇りもない。まるで水の中に落ちただけの様にまっさらな刃先であり、汚れの一つもない。

 ナイフの違和感に気を取られていた。

 次の瞬間にはアリソンが猛獣の様に歯をむき出してトラビスの眼前に迫っていた。

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