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 メアリーはジェリーが見守る中、カフェの前で手持ち無沙汰で待っていた。パステルカラーを基調とした薄い色彩の落ち着いたな洋服を見繕ったのは、ジェリーだった。大人の女性を強調するために必要な物は、落ち着きである、という彼女の言に則り、子供の様なフリルを多用した装いを今日は止めていた。動きやすいワンピースなども好むが、わざわざジェリーが親指を立ててまで褒めた恰好を変えるわけにもいかなかった。嫌いではないが、可愛くはないとは思っていた外行きの服装であっても、マイケルの隣に立つために必要だ、と言われればしかたなしにそれに落ち着いた。

 いつも通り、マイケルの仕事を考えれば、こんなところに顔を出すのを嫌がるのは分かっていた。しかし、今日はいつもの様に翌日まで待っているという事が出来なかった。不安になった気持ちの現況はエヴァンジェリンだった。痛々しい姿を見せられて平気でいられるほどメアリーは心が強い少女ではなかった。いくら気丈にふるまっていても、まだ16歳でしかなく、マイケルの年上とはいえ、彼以上の人生経験をしているわけでもなかった。

 痛みを伴う様な恐怖感を与えられた事などなかったし、家もかなり裕福ではあったから、苦労という苦労も『知っては』いても『実感』はしていなかった。そんな折りでの大けがを負った同年代の少女を見れば、『仮に自分がそうなったら?』という不安は常に付きまとった。腕がなくなればマイケルに抱きつく事だって、足が悪くなれば彼と一緒に出掛ける事だって難しくなってしまう。不安は枝葉分かれに広がり、胸を締め付ける痛みに耐えかねていた。普段は晴れやかな表情を浮かべ、マイケルに振り向いてもらおうと一途に飾り付けるのだったが、今ではスコールの前の雨雲の様に真っ黒な影に覆われていた。

 真っ暗になった空の様な憂鬱な気分を一切締めだして、疲れた様子のマイケルの彼女より少し小さい手を握り締めた。ひどく冷たく感じるのは彼の体温が低い所為だとは知っていた。すぐにでも抱きしめて温めたいとは思っても、人目がある事から積極的な行動が「お淑やかでない」という先入観からぐっと堪えた。「なにさ」つっけんどなマイケルの口調はいつも通りで彼の感情を図るためのバロメーターにはなりえない。変わりに、彼の手の細かな動きで理解する事はできた。今日はメアリーの握る力に対して痛く無い程度に握り返してくるのを感じて、余裕があることを確認した。

 「トラビス神父がライトハウスで首を長くして待っているわ。急ぎましょうよ」歩き出そうとするメアリーだったが、すぐさまマイケルの足が止まり動かない事を知った。どうしたことか、と振り返って確認をすると、マイケルは真っ暗になった空を見上げて、ぽつり。「今日何日だっけ?」「五月十七日よ?」何を聞いているのか分からず、メアリーは不思議でならなかった。「君が、――死にかけた日だ」マイケルが何を示唆しているのかメアリーは瞬時に理解し、びくりとその場で肩を震わせた。すぐさま当時の記憶が想起され、元々くらい表情であったがそれ以上に凍り付ける事になった。「五年前で、まだ9歳だった。君が一か月の間夏を一緒に過ごすってやってきた時は衝撃だったよ」マイケルは遠い瞳をしていた。メアリーにはその理由がよく分かった。

 「あの時は、叔父様も……叔母様も、元気だったわ……」絞り出す声は震えている。おそらくマイケルにとってもその当時の思い出は、忘れられないものだという事は分かっていた。マイケルの父親の訃報を聞いたとき、メアリーには最初から嫌な予感しかしなかった。男系を尊ぶという風習はいまだ根強い。当然、マイケルの母親であっても、冷遇されているというのは事実だった。「あんな欲まみれの女を母だとは思ってない」冷たく、マイケルは吐き捨てた。「……」メアリーはかける言葉もみつからなかった。マイケルが望んでいる本当の所を彼女は理解していたから、安っぽい説教をする気も起きなかった。ただ、指に力をいれてマイケルがどこにもいかない様にしっかりとつなぎとめるだけだった。

 一歩踏み出してマイケルはメアリーに並んだ。「あの年は色々あった。庭に鳥小屋も作ったし、サニーも子犬を生んだしね。とりわけ、君への……スコッティの行いは記憶に残っている」「それは、……それは」言わないでほしいとメアリーは切に願っていやいや、と首を横に振った。彼が落ちた奈落への入口を再確認している気がして、彼の暗い瞳の理由だとも分かって、とても辛かった。声にするのは憚られ、ぎゅっと握った手が微かに震える。彼に考えが伝えられればいいのに、と願った。しかし想いは届かない。「僕は、スコッティを殺したんだ」メアリーはマイケルの言葉に合わせて手を強く握った。


 9歳になったマイケルの前に、親戚のメロ家が訪ねてきたのは、父のジョージ・フォン・フォスターが家の建て直しに際して金銭的な資金援助と多くの便宜を図ったお礼としてだった。広大な土地をペンシルバニアに持ち、都市区画を貸し出すという暴挙によって金を巻き上げたジョージの評判は決して良くないものだった。慈善事業に投資はおこなっていたものの、がめつい男という印象は強かった。対して、イーサン・パーカー・メロは多角的に企業を運営し、起業家として成功していたし、その多くの資金を雇用者に充てる様、新たな事業への循環の資金へとつなげていた。当然内部留保も多く、企業を安定的に運営するために株に投資をしていた。

 ジョージはイーサンに対して、世界大戦が起きた時から「株などという水物を扱うのは愚だからな。戦争が始まれば物がある者が強いのさ」と豪語していた。当然それは分かっていたが、当時の景気を考えれば、投資すれば金が増えたのだから、あまりにもばかげた事だと誰もが笑った。イーサンがジョージの言葉の真意を分かったのは、暗黒の金曜日の一週間前だった。天井に到達した株価が反発して急落。一瞬にして大損を被った時に、まずいとほぼ持っている資産を換金する事になった。

 優良企業で通っていたから内部留保分の4割の損失にとどまったが、買い手がつかず紙きれになった物を鑑みれば、恐怖以外の言葉はイーサンには持ち合わせてはいなかった。事業継続性は意地したが、今後の景気を見れば一年もつかどうか、であった。主産業であった造船も関連企業の経営悪化により、資材の高騰が起きていたという事も要因に挙げられていた。イーサンは先行きの不安から所有企業にいくつかを売却又は閉鎖を考えたが、ジョージからいたずらに従業員を刺激する事は、メロ家の評判を下げると助言した。手元にそれをとどめるだけの資金が1年ほどしかない事を素直に打ち明けると、ジョージは自身が溜めた金銀を含めた財の一部を無利子・無担保で貸し付け、ある時に返せばいいというある意味譲渡に近い状況で貸し付けを行った。

 イーサンは元々ジョージと年齢が近い事もあり、親交はあったものの、ジョージの事を世間と同様に変わった人とは見ていた。お金に執着しているのに収集は現物で、どこに隠しているのかと疑問符を浮かべる程だった。しかし、ジョージはイーサンの事を評価していた。経営者として利を求める事の必要性は理解していたし、何代も続く造船業を担っているという歴史も重んじていた。だからこの支援に対して、イーサンは非常に感銘をうけた。

 年の近い愛娘をジョージの息子にあてがいたいと思う程であった。

 それぞれの思惑は別としても、マイケルの前に可憐な少女が現れたのは事実だった。「アナタ、お名前はなんていうの?」2年前にも会った事あるというのに、メアリーは意地悪でそう聞いた。マイケルは親戚筋であり、箱入り息子であったことから人付き合いは少ない。口下手で、ドギマギした臆病な少年は、「How are you?」といった定例的な挨拶よりも、印象の強い言葉の方がいいのだろう、と彼女なりに考えた結果だった。長い栗毛の髪は燦燦と降り注ぐ真夏の太陽によってきらきらと反射し、少し吊り上がった目には青空の様に美しい青い瞳。しっかりと伸びた背筋に、11歳にしては背伸びした薄い化粧を施していた。彼が今までみた女性の中でも飛び切り魅力的で、とても直視ができる相手ではなかった。「え、えっと……」まごまごと、マイケルは両手に抱えた真っ黒な子犬を見たままで、立ちすくんでいた。「あら、お名前はないの?」いたずらっぽくメアリーは笑みを浮かべてマイケルの顔を覗き込んだ。麦わら帽子がずり落ちない様に頭に手をあてて下からマイケルの目をみると、すぐさまマイケルは視線を外した。

 人付き合いが苦手な子供に特有の行動で、多くの人と面識のあるメアリーにはさして、珍しいものでもなかった。しかし、父からもいずれ彼の相手になる、と含みを持たされた上で、相手を値踏みする程度にはメアリーはしたたかな性格だった。人形の様に可愛らしいさらさらな赤髪は、風が撫でるごとに一本一本が競走馬の尾の様に艶やかに、きめ細かく揺れ動いた。丸まるとした緋色の瞳は白い瞳と瞼によってより燃える様に煌めいた。「メアリー、さん。会った事あります、よね?」疑問形の文言は、少し幼稚な話口調ではあったが、彼の幼さの残る顔ととても合っており、愛おしくメアリーは思えた。

 ふふん、と得意そうにメアリーは笑って見せた。「そうよ! よく覚えていたわ。褒めてあげる。でもアナタの口から、もう一度お名前を聞きたいの」何故?、とマイケルは自信なさげな表情で眉を詰めた。しかしメアリーは、彼の口から言葉が出るまで口を開かなかった。「あの、なんで、ですか?」「もう……、その一言を使わないで、名前を言えばいいのに、」と口を尖らせながら、メアリーは腕を組んだ。「お話したいのよ」拗ねたように彼女はそっぽを向いた。マイケルはおろおろとしながら、「マ、マイケル、キーソン・フォスターです……」尻すぼみになりながら答えた。

 二人の再会がこういったストロベリーの様な甘酸っぱさだったとしても、その後の出来事がなければいい思い出になっていたはずだった。

 スコッティ・カール・ダンピアーはマイケルの家の使用人の一人だった。若い白人と黒人のハーフで、父親は不明、母親は娼婦という家系だった。家には優しい男たちが、毎日父親代わりに出入りしていたから、スコッティが物心つく頃には、父親のいない寂しさなんていうものは微塵も感じていなかった。暴力的な人々の出入りもなく、母親も温和なものだったから、彼自身ねじ曲がった性格に育つ謂れはなかった。

 しかし、15歳になると彼の出来上がっていく体に対して、未だ30代後半の若い母親は、屈折した愛情を示す様になった。母親に襲われたのはスコッティにとっても衝撃的な出来事だったようで、当時付き合っていたガールフレンドに隠れて、口を閉ざし、母親の行為を受け入れていた。スコッティは行為自体を嫌っているわけではなかったが、年上のしかも近親者からの行為という事もあり、母親に対して嫌悪感を強く持ち、ひどく悪夢に苛まれる事になった。

 18歳になると早々に家をでてニューヨークの建設現場を渡り歩き、好景気に沸く街の建造に携わっていた。転機が訪れたのは20歳になるころで、ジョージの邸宅での使用人の募集がひっそりとニュースペーパーの広告欄に出ていた。待遇の良さと、なにより、都市近郊であるという立地の良さから、遊ぶにも十分な生活空間の成立を夢見ていた。ごみごみとしたスラムでただの日雇いとして生きていた彼にとっては、雲の上の仕事だった。

 綺麗なベッド、二人で一部屋という好条件。朝も、夜も食事はついて、給料もでる状況は、今の一日パンを齧りついて、穴の開いたズボンをはいて塗料まみれの擦れたソックスの中に少ない資産を隠し持つ生活とは雲泥の差だった。幸いにも読み書きはできたうえに数字にも強かったため、彼は身なりは多少汚かったものの、マイケルの家に住み込みで働く事になった。

 至極真っ当に、スコッティは仕事をこなしていく。雑事は多く、使用人の数も多いフォスター家の生活は次第に彼を狂わせていった。禁欲を強いられる、かつ時間的制約の多い生活を行う事は、いままでの悠々自適に近い生活と比べ、守るべき規則が多すぎた。自由を求めているはずなのに、社会の歯車になる事に窮屈さを覚えたが、心の欲求を満たせるものを彼は持ち合わせていなかった。時折、スピークイージーにいって酒をあおったり、女を買い求めたりしたが、そこに危険性と近似した――あるいは禁忌性に近い興奮というものを得られなかった。そこには母親からの仕打ちというのが存在していたとはスコッティもうすうす理解していた。

 マイケルの隣に立つ可憐な少女を見たとき、スコッティの中にある獣欲はマグマのように沸騰した。マイケルの親戚筋のメアリーの姿は妖精の様に美しく、純粋な存在であると直感で核心していた。彼の周りにいた薄汚れた人とは違う、真っ白な心の持ち主であるという事は、スコッティに「御機嫌よう」と一言声をかける仕草一つで理解できた。あまりにも彼が関わっていた人々とは違ったのだ。

 高根の花である事は良く分かる。家柄的にも年齢的にもつり合いなどが取れない事もスコッティは良く分かっていた。それでもロミオとジュリエットの様なロマンスを夢見ない事はなかったが、メアリーの相手にはマイケルが「収まる」という事も十分に理解できた。仮にそうなれば、使用人の自分はいずれ二人の仲睦まじい姿を眺める事になる、とは簡単に想像がついた。妄想をすればするほど、メアリーに対してのスコッティの想いは強くなった。

 白い肌、小さい口、大きな瞳。綺麗な栗色の髪は完璧に近い程の光沢をもち、細い手足は女性をそのまま小さくした様にすら思えた。力で押さえつける事は容易だと想像でき、その際にメアリーが悲痛な表情を浮かべる様を妄想すると彼自身が少年の頃に受けた母親の仕打ちと交錯し、今までにない絶頂間を味わう事になった。

 「お嬢さん、少しだけ手伝ってほしいのですが」マイケルが部屋に引きこもりがちである事を利用し、スコッティは優しい笑みを浮かべて庭で子犬と戯れていたメアリーに声をかけた。「あら、御機嫌よう。スコッティは何をしているの?」「作業小屋の修繕ですよ、」スコッティは右手に抱えた木材を見せて笑った。煙草吸いらしい黄色い歯を覗かせたが、メアリーは気にした様子もなかった。元々彼女の家の使用人の多くも、マイケルの家と変わらず煙草や酒などをやっていることを理解していたからだろう。

 「それで、」メアリーはマイケルの子犬の頭を一度なでると、しゃがんでいた姿から立ち上がり、くくっと体を伸ばした。「何を手伝ってほしいのです?」スコッティはしめた、と思った。しかし表情は変えず、相変わらず人の良い笑みを浮かべていた。「扉を直すのに、どうも一人ではできません。枠は直し終えたのですが、一度扉を外して蝶番を調整しなければならず、押さえていてくれる人が必要なんです。――なに、そんなに重くはありませんよ。ただの木造ですから」「それくらいならお安い御用だわ」メアリーは活発な少女であったから、断る事はないだろうとスコッティは予想していた。その通り、快活な承諾を得ると、屋敷の庭園の影にある小屋まで連れて行った。

 子犬がついてきたが、物言わぬものになんの感慨もわかなかった。いざとなれば一発殴ればいいのだと思っていたからだ。「ここなんですがね、」スコッティは扉をぎぃっと音をたてて開いてみせた。「どうもずれてしまっているみたいで、はまらないんですよ」「本当ね、であれば一度外すしかないものね。ええ、それで、私が後でもっていればいいのでしょう?」そうです、とスコッチはゆっくり頷いた。「マイケルお坊ちゃまはなかなか外に出てくれない

 「ここって、庭の関係の道具ならなんでもあるのでしょう? わたしも少し菜園をやってみたいとおもっていたの。よければ後で貸してくれないかしら?」メアリーの提案に、スコッティは上機嫌になった。わざわざ中に入る口実を自分から作ってくれるとは、と心の中ではほくそ笑んだ。「色々ありますよ。ポットも肥料もスコップも。なんなら、必要なら穴掘り機まで貸せますよ」「そんな、木を植えるわけではないのですけど」メアリーはころころと笑った。つられてスコッティも笑い、右手で立て付けの悪い扉を開けて、中にメアリーを招き込んだ。

 40㎡程度の広さの小屋は電気が引かれているわけではなかったから、薄暗いものだった。変わりに入口に油でつけるランプが用意されていた。スコッティは入口を半開きにしたままそのランプに火を入れ、入口の机の上に置いた。床には整理されて、何個もの芋の入った袋や、球根を入れた麻袋などが並んでいる。少し埃っぽいにおいがするものの、農機具などが壁に設置された棚に整理されていた。「これいいわね!」メアリーは小さいスコップを手にはしゃいでいた。「それよりも、」スコッティは扉を一度持ち上げてしっかりと閉じると、振り返りながら言葉をかけた。「奥にあるのが良いと思います。手前のは古いやつで少し先がまがっておいでですよ」ランプを手にとり、彼女の側までいくと、棚の後ろを指指して見せた。「あら、ほんとね。少し先っぽがまがっているわ。石に当たればすぐそうなってしまうものね……。これは直すのかしら?」スコッティは頷いた。メアリーの手から全長30センチ程のスコップを取り上げると、「エドウィンが月に一度くるんですが、彼がそういったものを一手に引き受けてくれていますね。簡単なものは直しますけど、鍛冶屋の彼に頼むのが一番早い」「ふーん」彼女の言葉に合わせて、スコッティはランプを棚にひっかけて、スコップを入口の机に置いた。

 メアリーが興味を奥のそれに向けた時、スコッティは彼女に襲い掛かった。四つん這いになりつつ奥を窺っていたメアリーに多いかぶさるように力づくで押さえこんだ。「な、なに!」メアリーは最初驚きを口にしたが、すぐにスコッティの両手で彼女の口にタオルをきつくまきつけられ、口が封じられた。体重がかけられているため、メアリーは手から力を抜く事ができず、抵抗する事もできなかった。「んー!」こもった悲鳴を上げた。

 カリカリと入口の方から何かひっかく様な音がした。子犬である事は分かったが入ってくる事が叶わないのは理解できていた。スコッティは手早く園芸用のロープで彼女の手と足を"慣れた"手つきで縛っていった。何度となく娼婦相手に楽しんだものだから淀みなどない。メアリーを縛り上げると、彼女の上から一度退き、あおむけにさせた。スコッティの興奮は最高潮に達していた。「いやね、ほら、お嬢さんの体をみているとどうもね、ここが固くなるんですよ。――いや、ここでお嬢さんが居なくなったとしても、誰もお嬢さんを見つけられません。何故って、このあとじっくり楽しむために、私の友達の所へ連れて行ってあげようとおもいましてね。彼らも飢えているんです。お金持ちの娘とくればさぞかし"いい具合"だと分かってるんでね。ちょいと味見位はさせてもらおうかと思いますが、へへ、叫んでもこの時間だれもきやしませんよ。元々本館からも遠く、汚くなるような仕事をだれも好みやしないでしょう? 庭いじりすら最近は私ばかりで、老人のフレッドすら表にでてこなくなりましたもんねぇ」

 スコッティはワンピースの上から厭らしく彼女の肢体を撫でた。その動きに合わせてメアリーが悲鳴を上げるが、口にタオルがかまされていて大きな音にはならなかった。スカート部分をたくし上げ、下着を露わにすると、スコッティは法悦の笑みを浮かべた。力で相手を屈服させることがここまで高揚感を持ち得る事なのかと。

 気づくとカリカリと扉をひっかいていた犬の音が、悲痛な犬の叫びに変わっていた。あまりにうるさいので、いくら本宅から離れているとはいえ、気になった。一発なぐってやればいいとおもい、一度メアリーのふとももに舌をべっとりと這わせ、汗の味を堪能した後、立ち上がりハンマーを手にとって扉へと向かった。真意を察してメアリーがさらに呻いたが、彼女の事は無視した。

 うるさいといわんばかりに思い切り扉を開けた。「おい」虚勢を張った声が聞こえ、どきりとした。がさりと音がして垣根から少年が出てきた。「おやぼっちゃん。どうしましたか?」「そ、そんなもの持って、な、何をしているんだ」震える声にマイケル姿をしっかりとみると、震えながら拳を握っていた。扉を軽く締めて、呻くメアリーの音を遮ると、「子犬が騒いでいまいたのでね、蛇でも出たかとおもいまして」嘘だ、とマイケルの瞳が非難の色を濃くした。しかし、口は真一文字に結んだままで特に言葉は出なかった。「こ、小屋になにかいるの?」「なぜです?」矢継ぎ早に回答をすると、マイケルは「うっ」と気圧された。身長差としては一メートルちかくある。見下ろす威圧の力は強く、一発蹴れば子供でも何もできないだろう。

 「メアリーを、見てないか? この子は、メアリーに預けた子だ」マイケルの足元には先ほどまでキャンキャンと鳴いていた子犬が居た。黒っぽい毛の獣をマイケルは大事そうに片手で掬い上げ垣根の後ろに置いた。「いえ、しりませんね」「……嘘はいい。この子がメアリーを助けてほしいっていってるんだ」はて、とスコッティはとぼけた。ハンマーを左手の平で包み込み、一発この聞き分けのない子供を殴り飛ばしてしまおうかとも思った。楽しみを邪魔をされて冷静な判断ができてなかったというのはあるが、あまりにも軽率な考えだった。「そんなことをいって困らせないでください。犬が喋るわけないじゃないですか。お嬢さんはここには居ませんし、仕事の邪魔はしないでくださいよ、ぼっちゃん」ほら、と邪見にあしらうと、キッとマイケルは睨んできた。反抗的な表情にスコッティは苛立ちが高くなった。さっきまで気分が高揚していたこともあり、思考が短絡的になり始めていた。右手でハンマーを掲げてみせると、にやりとスコッティは笑った。

 マイケルは鋭く叫んだ。「サニー!」それが親犬であるという事を理解した。猟犬として育てられたドーベルマンは鋭い動きでスコッティに襲い掛かった。「この!」悪態をつきながら、ハンマーを繰り出そうとしたが、右手に犬は噛みついた。激痛が走り、ハンマーを落とすと、噛みついた犬を振り回しながら、喚いた。「糞! 放せ! この野郎!」左手で腕にぶら下がるように食らいついている犬の頭に思いっきり殴り込んだ。犬はそれでも離さず、無理やり口の中に指を突っ込んで引きはがそうとした。犬の重さと、痛みによってスコッティは膝を折った。絶叫抑え込み、激しい呼気音が辺りに充満した。「……この、やろう!」怒りに満ちたスコッティではあったが、すぐさまサニーが首を振りながら腕を引きちぎろうとする。それを必死に抑え込み、噛みつかれたまま地面に犬の頭を押し付けた。手近にあった石をとると、「死ねよ!」左手で振り下ろそうとした。スコッティは側頭部に違和感を感じ、意識が一瞬で途絶えた。

 犬の騒ぎ声を聞きつけて使用人たちが、血だらけになったマイケルが見つけた時、隣にはサニーが座り、顔面がぐちゃぐちゃに破壊されたスコッティが発見された。彼は放心状態で天を仰ぎ、小屋の奥から縛られたメアリーが発見をされ事の次第が分かるまで、マイケルは虚ろな表情で太陽を眺めていた。

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