邪竜を引き連れ、悠々自適な旅路を目指す〜辺境貴族の四男です。冤罪で父から死刑を言い渡されて邪竜の巣に放り込まれましたが、逆に邪竜と組んで自由を謳歌しようと思います〜
結論から言うと、俺は殺人の罪で死刑を言い渡された。
しかし冤罪だ、俺は誓って人殺しなどしていない。
俺ことフリードは辺境貴族の四男として生を受けた。
この世界では、魔法を扱える血筋の者は貴族とされている。
けれど俺は両親や兄たちのように、魔法をうまく扱えなかった。
それどころか、他の貴族の子供たちが五歳で学ぶレベルの魔法でさえ、十五歳を過ぎても扱えない始末。
だから俺は屋敷で両親から疎まれていたし、兄たちには「出来損ない」と言われ日々罵られてきた。
けれど俺だって、出来損ないと言われ続けて何も感じなかった訳じゃない。
俺は魔法の代わりに、屋敷を護衛する騎士たちから剣術や格闘術を学んでいた。
他にも薬草の知識や魔物の習性など、書庫に籠って多くの知識を吸収した。
一度でいいから、両親や兄たちに認められたかったから。
たとえ魔法が扱えなくても、俺だって領地を守れる貴族の子息なのだと証明したかったから。
俺はともかく、寝る間も惜しんで文字通り手足から血が滲むほどに鍛錬を続けた。
その結果として十九の頃、俺はいつしか剣一本で領地に現れる魔物を倒せるまでになっていた。
領地を回って魔物を倒し続ける俺を見て、領民たちは友好的に接してくれた。
「フリードさまは貴族なのに、あたしたちに優しいんだね」
「お陰で今日も魔物が出なくて平和ですよ」
俺もこんな日々に、それなりの充実感を覚えていた。
領民たちがここまで懇意に接してくれているのだ。
両親や兄たちもそろそろ俺のことを認めてくれるのではないか。
そんな淡い期待が胸の中で膨らんでいた頃。
……事件は起こった。
「夜な夜な、若い娘が連れ去られている、か……」
とある拍子に、領民たちがそんな話をしているのを小耳に挟んだ。
加えて屋敷の騎士に確認を取ったところ、それは事実だと言う。
それなら放置はできない。
俺だってこの辺境を治める貴族の一族。
領民を守る義務がある。
それから娘がよく行方不明になるらしい森の中に入ると、怪しげな影を見つけた。
俺は魔物を追い密かに洞窟の中に入ったが、そこは魔物の巣だった。
中に転がっていたのは大小様々な骨、それに腐臭が鼻を突いた。
そこで何が起こっていたかを悟った俺は、即座に魔物に切りかかった。
ハイコボルトと呼ばれる狼似の魔物は、鍛えていた剣技もあってどうにか倒せた。
けれど……
「フ、フリードさま……」
「なっ、セシリア……!?」
胸を貫いたコボルトが、顔なじみの領民であるセシリアの姿となった。
そこで俺は、セシリアの正体はハイコボルトの人狼であり、セシリアによって辺境の村から夜な夜な若い娘が攫われていたのだと悟った。
そして、丁度その時……
「おい、悲鳴が上がったがここで何が……なっ、フリードさま!? なぜセシリアを!?」
騒ぎを聞きつけた領民が、洞窟にやってきた。
そして端から見れば、丁度俺が人間姿のセシリアの胸を貫いて殺している構図だった。
「フ、フリードさまこれは!? セシリアだけでなく、周りに転がっている骨も何も、まさか全部あなたが……!?」
「ち、違う! 俺は……!」
「くっ、フリードさまを抑えろ!!」
セシリアが死んだ今、セシリア自身に人狼だったと吐かせることもできない。
俺は弁明の余地なく捕らえられ、人狼に食われた娘の親たちから殴り、蹴られた。
「お前が、お前がうちの娘を!!」
「返せ、あの子を返せ!!」
「この鬼畜め。魔物と共に裏では娘も殺しておったとは。儂が今すぐ殺してやりたいくらいだ!!」
「ぐっ、がぁ……!?」
猿轡を咬まされていては、話をして否定することもできない。
俺は娘たちを攫い殺していた『人殺し』の凶悪犯として、制裁と言う名の暴力に晒され続けた。
それから程なくして、俺は牢に捕らえられ死罪を言い渡された。
情状酌量の余地なし、多くの娘の命を奪ったこの者は邪竜の贄にするべしと。
……そう、父から直接言われたのだ。
違います、無罪です! と言う俺の主張に、父は顔色ひとつ変えなかった。
後になって思ったのだが、父からすればこれは都合がよかったのだろう。
……魔法を扱えない一族の恥晒しを、処分する機会として。
そうして俺は、邪竜の巣とされる辺境付近の山奥へ連れて行かれたのだが、その道中で俺は激しく憤っていた。
──ふざけるな。
大勢の娘をさらっていた魔物を倒したのに、この仕打ちは何だ。
俺は魔物を見逃せばよかったのか、領民の窮地を放っておけばよかったのか。
セシリアは単なるコボルトではなく上位種のハイコボルトだった、放っておけば仲間のコボルトを呼んでさらに被害を拡大させただろう。
だからこそ俺は戦った、生まれ育った辺境を守るために……なのに、何故、何故!!
俺は山奥の洞窟に運ばれ、蹴りで真下へ突き落とされた。
「ぐ、ごはっ……!?」
高所から突き落とされ、体が岩肌にぶつかって口元に血がこみ上げてくる。
多分、骨も何本か折れた。
内臓もやったかもしれない。
それに片目もうまく見えない……いや、こっちは怒った領民に潰されたからか。
けれど全身の激痛は、目の前のモノを見た瞬間に一気に遠くなった。
「邪竜……!」
暗く深い竪穴状の洞窟の中でよく見えないが、それでも目の前の何かが小丘ほどの大きさの竜だとすぐに分かった。
鋭く生え揃った牙に爪は、ほんの少し動かすだけで俺の体を容易に裂くだろう。
……殺される。
俺は唯一持つことを許された剣を反射的に引き抜くが、途端、邪竜が唸った。
『よせ、人の勇者よ。何もせずとも私はじきに死ぬ。それにそんなひょろい剣など、私には効かない』
「しゃ、喋った……!?」
『私はお前たちが邪竜と呼ぶ者。人の言葉を解する程度は容易い』
邪竜は首をもたげ、鼻先をこちらの腹に押し付けた。
『人の勇者よ、私はじきに果てる。竜といえど定命の身、寿命には勝てぬ……がしかし、滅びる前にお前の唄を聞かせよ』
「唄?」
『これまでの人生のことだ、竜は己が生涯を唄よ呼ぶ。……さあ、語るがいい。このまま果てるのでは、私もつまらぬ』
俺は妙に穏やかな邪竜の声音に、次第に警戒を解いていた。
それから俺は座り込んで、ここまで来た顛末を語った。
村の皆のために魔物を倒した筈が人殺しの罪を着せられ、邪竜の巣に放り込まれたのだと。
すると邪竜は少しの間、黙り込んだ。
『……中々不憫だな。そしてお前は勇者ではなく、魔法を扱えない貴族の四男坊だと?』
「そうだよ、俺は勇者じゃない。……家族に認められたかっただけの、ただの青二才だ」
だが、それすら叶わなかった。
人殺しの罪を着せられては、ここから出ても貴族としての復帰は不可能だろう。
それに体中の傷も酷く、放っておいてもそのうちに死ぬ。
……そう、思っていたところ。
『では青年よ、取引といかぬか?』
「取引?」
『うむ、私とお前を融合させる。そうすればお前の身は今まで以上の力を得て復活し、私はお前の中でもうしばらく生き続けられる。互いに利益になる取引ではないか?』
邪竜はそれから、じっと俺の顔の一点を見つめた。
『それに潰されたその左目、痛々しくて見ていられん。私が全盛期ならばすぐに治せたものを、このザマでは融合しての修復が限界だ』
「なんだそれ。さっきから話していても優しい雰囲気だけど、本当に邪竜なのか?」
『お前たちが邪竜と勝手に呼ぶから、いつの間にかそうなっただけだ。私は縄張りに入った不届き者を叩き返しはしたが、人を食うことは一切していない』
邪竜の言い草を聞いているうちに、笑いがこみ上げてきた。
「ははっ、それならお前も冤罪をかけられたようなもんか。人を殺していないのに、力が強いだけでいつの間にか邪悪な竜扱い」
『うむ、その認識で相違ない。で、融合はどうする? お前の命も私の命もこのままでは尽きる、できるだけ早く決めてほしい』
「ああ、それなら受けるさ。貴族として生きられなくても、ここで野垂れ死ぬ道理もないから」
『了解した。では、ゆくぞ』
邪竜は次の瞬間、黒い体を漆黒の閃光に変えて俺の体に入り込んだ。
バクン! と心臓が大きく跳ねた感覚に次いで、体が焼けるように熱くなった。
けれどいつの間にか、失われていた左目の感覚が戻ってきた。
それから体中の痛みが引いて、肉体が強靭化されていくのが分かった。
「……これで、終わりか?」
洞窟の中にあった泉に、自分を映す。
俺の見た目は、傷もなく健全な状態に戻っていた。
けれど以前と少し違ったのは、顔つきが若干凛々しくなったのと、復活した左目が淡い紫に輝いていることだった。
「邪竜の邪眼ってやつか?」
『うむ、竜の力を宿した眼と言う意味ならな』
「うおっ!? ……って、今のは俺の中からか」
どこから声がしたのかと驚いたが、よく感じて見れば俺の中に邪竜がいて、直接心に語りかけているようだった。
『その眼は力を引き出すことで、私の権能を自在に扱えるようになる。竜の魔法は万能だ、大概のことはそれで何とかなる。使い方はおいおい教える』
「それはありがたいな。それに俺、魔法とか使ってみたかったから」
『お前の生い立ちでは、そうだろうな。……して、これからどうする? この洞窟に引きこもって生活するか?』
「まさか。俺はここを出て、辺境も離れる。それで俺を知る人がいない土地へ行って……全部やり直す。人生を、一から」
『……そうか、ならばよい。全てはお前の心のままに。ところで今更だが、お前の名は?』
「フリード、そう言うそっちは?」
『ヨルノトバリだ、古き友にはヨルと呼ばれていた』
「そっか、それならヨル。これから一連托生だけど、よろしくな」
『うむ、心得た』
それから程なくして、俺は辺境を出た。
そしてひとまず……行ったことのない場所へ向かおうと、ふらりと歩いて行った。
「なあ、ヨル。ところでなんだけどさ。ヨルはやっぱり俺の中から出てこられないのか?」
『ふぅむ、結論から言えば可能だが。どうかしたのか?』
「いや、俺の中って窮屈じゃないかなって。それに融合したとは言え、ヨルも体がないと不便だろ?」
草原を歩きながら聞くと、ヨルは言った。
「うむ、それもそうさな。ではこうしよう」
「ん?」
ヨルの声が聞こえた途端、俺の体が薄紫に輝きだした。
そしてその光が俺の体を離れ、形を作っていく。
……その末、俺の正面に少女が現れていた。
吸い込まれるような銀髪に静かな碧眼。
肌は白くきめ細やかで、小さな唇は柔らかな桃色。
それに夜を映したような黒っぽい服装に、整った顔立ち。
少しの間、見ほれてしまうほど綺麗だった。
「……って、はぁ!?」
「おお、よい反応だな。こうして人の姿を作った甲斐があると言うもの」
「いやいや、ヨルはドラゴンだろ!? 何で人間の姿!?」
事も無げに言ったヨルに、俺は慌てる他なかった。
「そうわたわたするな。邪竜の魔力があれば、この程度はたやすい。……と言っても力の大半はフリードに持って行かれているので、少し離れてしまえばこの体は消滅してしまうが」
ヨルはそう言って、手を差し伸べてきた。
「だからほれ、移動する時は手を繋ごう。その方がフリードから魔力をもらえて、私も助かる」
「そ、そっか……」
俺は若干気後れしながら、ヨルの手を取った。
……小さくて柔らかい。
毎日修行したり魔物を倒したりの日々だったので、女の子と接する機会もあまりなかった。
だから正直……少し恥ずかしいような、そんな気がした。
「……? フリード、顔が赤くないか?」
「い、いや? そんなことない……うん」
俺はそう言って、ヨルと手を繋いだまま草原を抜けて行った。
***
……フリードが去ってから二週間ほど。
辺境では、少々騒ぎが起こっていた。
「り、領主さま! お願いします、どうか魔物の討伐を!」
「私の家の方にも魔物が! このままでは子供たちが……!」
「ここはおひとつ、ご子息さま方のお力添えもどうか!!」
屋敷の前に集まった領民たちを窓から見て、辺境の領主ことロイド・バルゼリットは頭を抱えて深くため息をついていた。
「これは一体、どうしたものか……」
ここ最近、辺境に現れる魔物の数が激増しているのだと言う。
しかも被害の件数は東の森を発端として日々増加し、付近では魔物の群れに潰された村もあると聞く。
何故こんなことに、そう思ったロイドの脳裏に数週間前に話した騎士たちの言葉が思い浮かんだ。
彼らはフリードが罪人となって牢へ放り込まれたと聞きつけると、ロイドの自室に押し寄せてきたのだ。
『領主さま。どうかフリードさまの件、お考え直しください』
『何か理由があったはずです。フリードさまは無辜の娘を攫い殺したりはしません』
『それにフリードさまのご活躍もあり、多くの領民が救われた筈。今やフリードさまを恐れて魔物たちもなりを潜めていますが、フリードさまがいなくなったと気が付けばしたたかな魔物たちがまた暴れ出すことでしょう』
その時、ロイドは平静を欠いていた。
ようやく一族唯一の汚点である魔法が使えない四男を処分できる口実を得たのに、ここで反対されてはたまったものではない。
ロイドは騎士たちに「もし魔物が暴れたら、お前たちが出向いて倒せ! そのために高い給金も支払ってやっているだろう!」と怒鳴り散らした。
加えてこの騎士たちがフリードに幼い頃から稽古をつけてやっていたのを、ロイドもよく知っていた。
だからこそ騎士たちもフリードを庇いたくもなったのだろう……などと、そう考えていたのだ。
けれど、実際には騎士たちの言った通りだった。
屋敷を出て自由奔放に領地を歩き回っていたフリードが邪竜の贄になった途端、魔物たちの動きが活発化した。
今や雇っている騎士たちや出向かせた息子たちのみでは、領地を魔物の手から守りきれない。
このまま領民の被害が出続ければ、このバルゼリット家の名に大きな傷が付く。
そうなれば他の貴族たちの笑いの種となってしまうだろう。
貴族とは時に、命以上に体面を守らねばならない生き物なのだと、ロイドはそれを重々承知していた。
頭を掻き毟りたくなる衝動を覚えた時、青ざめたロイドに声を掛ける者がいた。
「ロイドさま、大変でございます!」
「ええい、今度は何だ! これ以上何が大変なのだ!」
駆けつけてきた騎士が脂汗を流しながら、ロイドに言った。
「……西のガラン湿地帯のヒュドラが目覚め、この領地に向かっているとの報告が。恐らく、この豊かな辺境の地を我が物にしようとしているのかと」
話を聞いて、ロイドは今度こそ震えた。
ヒュドラとは、多くの首を備えた毒の魔物だ。
ブレス一発で森を腐食させるとされ、その凶暴性は邪竜並みとの噂もある。
その上、ヒュドラの鱗は高い魔力耐性を持ち、魔法が効かないことでも有名だ。
つまり、ヒュドラとは魔法使いの家系である貴族の天敵なのだ。
「しかしそのヒュドラは二年前、倒されて眠りについたのだろう!? 以前ヒュドラを倒したと言う男を、至急連れてくるのだ!」
早口にまくし立てたロイドに、騎士は顔を歪めた。
不快感を隠そうともしない騎士に、ロイドは眉間にシワを寄せた。
「どうした? 何が言いたい??」
「……残念ながら、それは不可能です。二年前にヒュドラを命がけで倒したのは、誰あろうあなたの息子であるフリードさまです。……まさかその報告すら、当時は聞き逃していたと言うのですか?」
屋敷を護衛する騎士たちも、ロイドが息子のフリードを疎んじていたことは知っていた。
加えてフリードに関する話を、ロイドは「所詮出来損ない」と半分以上聞き流していたことも。
この領内でヒュドラに対応できるのは、魔力は皆無でも魔法使いの家系ゆえの高い身体能力と、磨き抜かれた剣技を併せ持つフリードのみだった。
魔法使いのロイドたちバルゼリット家の一族はもちろん、一市民の出である騎士たちも基礎的な身体能力はロイドほど卓越していない。
東から迫り来る魔物の群れに、西からは目覚めたヒュドラの侵攻。
一体何故こんなことになってしまったのかと、領主であるロイドはその場に膝をついた。
***
旅をしていれば、自然と会ったことのない人と出会うのだと思っていた。
……けれどまさか、最初の相手が行き倒れとは。
「……こいつは、何だ? 耳も尖っているし、エルフか?」
うつ伏せで倒れている少女を見ながら聞くと、ヨルが答えた。
「いや、匂いからこの娘はデミドラゴン……俗に言うハーフドラゴンだな。竜と人間の混血児だ」
「ってなると、ヨルの親戚みたいなもんか?」
「馬鹿者! 純血の邪竜をそこいらのハーフと同列に扱うな。トカゲと蛇ほどの差があるわ!」
「今のたとえ、お前がトカゲ側なのか蛇側なのかって突っ込みたいが……それはさておきっと」
「……むっ? 何をしている」
俺は旅の道中でヨルから教わった魔法でポーションを作り出し、両手に溜めて少女に飲ませた。
「行き倒れなら、ポーションくらい飲ませてやらないとな。ほれ」
起こしてポーションを飲ませると、少女は目を開けた。
「うっ、ん……?」
少女の様子に、ヨルは鼻を鳴らした。
「ふん、軟弱者め。それでも竜の血を引く娘か!」
「まあそう言うなって。一応、ヨルの遠い血族ではあるだろ?」
「……そうではあるが。しかしフリードも物好きだな、あんな目に遭いながらまた人助けとは」
「人じゃなくて竜助けならセーフだ」
「屁理屈だな」
「屁理屈で困った奴が助かるなら、悪かないだろ?」
しばらく木陰で寝かせると、ポーションのおかげか少女がむくりと起き上がった。
当初はこちらを警戒していた少女も、事情を聞かせると表情を明るくしていった。
「助けていただき感謝します! お恥ずかしながら、旅の途中で水も食料も尽きてしまいまして……。その、あなたのお名前と、横にいらっしゃる邪竜さまのお名前もお聞きできればと……!」
「……邪竜? こいつ人間の姿なのに、分かるのか?」
「分かりますとも! その禍々しく死を振り撒くようなオーラは隠しきれません!」
「ふふっ、その調子で褒めよ讃えよ。私も悪くない気分だぞ」
「……それ、褒められてるのか?」
いまいち竜の賛美基準が不明だ。
「我が名はヨル、そして横の男は相棒のフリードだ」
「あたしはノエリって言います。改めて助けていただき感謝します。その、お礼をしたいのですが何なりと……」
「よし、ならば我が下僕となるがいい」
「えっ」
「ちょっ、待てよお前!?」
思わず手が出て、尊大に反り返るヨルを押さえ込んだ。
「なっ、何をするフリード。邪竜たる私の頭を抑えるとは、いくら相棒であっても許される狼藉ではないぞ」
「狼藉を働いたのは主にお前だ。いきなり下僕になれって何事だよ」
「ふーむ……」
ヨルは唸った。
「唐突感があったのは認めよう。しかしながら、これからの旅にこの娘は側に置いておいた方が良いと思う」
「妙に神妙な面構えになったな、理由を聞こうか」
「私は常日頃から神妙だっ!」
やかましいわ。
「この娘、ハーフなだけあって魔力の乗りがよい。ついでに強き魔術師の素質の匂いも漂わせておる、従者としては申し分なかろう」
「脂のノリが良くて旨そうな匂いみたいな言い方だったな」
「ゆくゆくは食うのも悪くないか」
真顔で言い切ったヨルに、ノエリが涙目になった。
「ぴっ、ぴええぇ……!?」
「おーっと、邪竜ジョークはそこまでだ。ノエリは割と真に受けやすいタイプっぽいからな」
「ふっ……ジョーク? 常日頃から真面目なこの私が?」
「鼻で笑いやがったなこの野郎」
……と、話が落ち着いたところで。
「ではノエリ。ここで出会ったのも何かの縁。私は邪竜ヨルノトバリノ名の下に、お主に従者の役目を申し付ける。異論あらばその首を寄越せ」
「選択肢がない!?」
流石は邪竜、従わなければ褒美に死をくれてやるタイプである。
「……腕の一本で許していただけませんか?」
「ちょっ、ノエリも困り顔で交渉するなよ!?」
いまいち理解が及ばないが、竜のノリってこんなもんなのだろうか。
だとすれば竜のコミュニティーは恐怖政治もびっくりの縦社会だ。
「……しかしながら半竜として、邪竜さまとその下ぼ……相棒に助けられながら何もお返ししないのは義に反します」
「おい今下僕って言おうとした?」
「ですからあなた方の旅に同行いたします。よろしくお願いしますね? ヨルさまに……フルートさま」
「俺はフリードだ」
何かこの子、思ってたよりポンコツっぽいけど大丈夫かな。
とは言え旅の仲間が増えるのは賑やかでいいかなと、俺はこの時は思っていたが……。
「できましたフリードさま!」
日が沈む頃、ノエリに呼ばれて俺はそちらを向いた。
「おっ、夕食か?」
「はい、大ガエルの踊り食いです」
「まっ、待てぇぇぇぇぇぇ!!!」
目の前のゲコゲコ鳴いてる何かを見て、俺は発狂した。
「これが夕食!? ドラゴンの基準の夕食ってこうなるのか!?」
「もう、食わず嫌いはいけませんよ?」
「何で説教されてんだ俺!?」
「そうだフリード。邪竜の相棒たる者、この程度黙って食さぬか。ヌメりとしていて旨そうではないか」
「感じる! 俺とお前らの食文化に絶望的な隔たりを感じるぞ!!」
俺はノエリの持っていたカエルを奪い、言った。
「ええい、せめて焼いて食うぞ! ヨルも人間の姿だし、下手すれば腹壊すだろ!」
「私が腹を? まさか、そんな軟弱な訳があるまい……もぐっ!」
ヨルは妙にイラっとする笑みを浮かべて俺の手から一匹奪い取り、頬張った。
「ま、マジで食いやがった……!?」
「ならあたしも……」
「頼むから冷静になって」
俺はカエルを貪るヨルは放って置いて、ノエリの説得に入った。
それと俺たちはその辺で小ヒュドラでも狩って焼いて食おう、そう決心した。
「う、ぐああぁ……!?」
夕食後。
目の前ではヨルが悶えていた。
「言わんこっちゃない」
「は、ハデスだ。ハデスが我が体内で宴を開いておる……!」
「贄はカエルか」
ハデス、供物適当すぎかよ。
「……あっ!?」
「……どうした?」
ノエリは目を点にした後、微笑んで言った。
「これ毒カエルでした。てへっ」
「やっぱポンコツだこのハーフドラゴン……!」
「くっ、まさか初日から下僕が毒殺を試みてくるとは。何たる不徳か……!」
「従わねば首を差し出せって話した奴とどっちが不徳だろうな」
「そうです! 誰しも間違いはあるじゃないですか!」
「いや開き直るんかい!?」
いまいちノエリのキャラが掴めない。
しかしヨルはノエリが気に入ったのか、笑っていた。
「くっくっく……しかしそれでこそ我が下僕よ。この程度はやってもらわねば面白みがない……!」
「腹にハデス飼ってる奴が何言ってんだか」
その後一晩中、俺はヨルを介抱した。
毒カエルに敗れる邪竜、何ともシュールな光景だった。
《作者からの大切なお願い》
ここまで読んで頂きありがとうございます。
「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思ったらブックマークと広告下の「☆☆☆☆☆」を押して「★★★★★」にして応援をお願いします。
もし皆さんに気に入っていただければ、こちらの作品の連載化も検討しようと思いますのでよろしくお願いします!