イデイラ・ザルツの事情
相変わらず思いつきです。
「婚約破棄な」
5歳で婚約した彼からそう言われました。場所は少し考えて、と詰りたかったけれどもう仕方ない。学園内にある誰も来なさそうな中庭の片隅で言われるだけマシなのかもしれない、とは思うくらい。彼に人の気持ちや常識を考慮出来る思いやりがあったなら私は学園で後ろ指を刺される生活を送らなかったはず。
「……そう。分かりました」
溜め息をついてただ了承します。
「は?」
「だから解りました。それでは」
「ちょっと待て! 理由とか気にならないのか⁉︎」
「えっ。婚約破棄などと勝手に言い出すのに2人きりではなくて女の子を連れている時点で理由に想像つきますもの。別に興味ないですわ。それでは」
という会話をやり取りして、私は彼に見向きもせずに教室に戻ります。婚約破棄ねぇ……。嬉しいとも悲しいとも何にも思わない。ただ「そうか」と思うだけですわね。その手続きなどは大変だけど……彼に関する事で面倒なことはこれが最後だと思えば「仕方ない。やるか」と思います。多分幼馴染みとしての情のようなもの。その情で私は最後の手続きを彼の代わりにしてあげます。本当なら言い出した方が互いの両親に報告して手続きをするはずなんだけど彼の事だからそういった手続きはやらないでしょう。
彼は成績も良いし高位貴族だから当然身分も良いし彼のお父様は領地経営が上手いから資金も潤沢だし彼は護身術も得意だし当然のように顔も良い。これだけ揃っていればまぁ少しでも良い物件と結婚したい婚約者の居ない女の子達が彼に群がるのも仕方ないと思います。しかも婚約者の私は別に王家が介入した婚約でも無ければ政略結婚の相手でも無いので、割り込めるなら割り込みたいところね。
まぁ外では完璧ですわね、あの方。でも幼い頃からモテたあの方が学園に入ってモテないわけがないのでそれはそれは私は婚約者なのに……と笑われて後ろ指刺されましたわ。
何しろ私は自分で言うのもなんですが成績は良いけれど身長・体重は平均値。女性らしい凹凸は殆どない良く言えばスレンダーな体で顔は平凡。目鼻立ちがハッキリしていない、のっぺりに近い顔は目鼻立ちがハッキリした周囲の女の子達からは影でクスクス笑われまくりです。
「こんな人が婚約者なんてサニセル様可哀想」という蔑みは月の半分以上聞きますわね。サニセル様、というのは私の婚約者の名でサニセル・デニス侯爵令息という。彼は次男で勉強が出来るくせに状況判断が出来ない……というか甘いのです。その尻拭いを幼馴染みである私がしてきましたが婚約破棄だと言い切った彼の面倒をもう見なくても良いと思えば、大した傷ではないですわね。
何度浮気相手の女の子同士のケンカの仲裁を頼まれたかしら……。別れて直ぐに別の子と付き合っても構わないけれどきちんと相手の女の子が納得の上で別れ話をすれば良いのにとは思いましたわね。何とも思いませんから何もアドバイスなんてしませんでしたけれど。もう建前の“婚約者”としてそんな虚しい事もサニセル様のために朝早くに起きる必要も無くなるのですわね! これほど嬉しいことはありませんわ。
***
今から18年前、私ことイデイラ・ザルツは侯爵家に生まれました。美しいお母様には似ていない顔立ちだけど髪色は宝石であるエメラルドそのものでザルツ侯爵家の血を間違いなく引いています。ザルツ侯爵家は代々このエメラルド色の髪をした者が生まれます。ウチに限らず高位貴族家の者は必ず同じ色の髪か同じ色の目を持って生まれてきます。どれだけ他家から妻ないし夫を迎えても。この国では何よりも血が優先されるのも多分この不思議な現象の所為ですわ。
一説によれば遥か昔にあった魔法というものの力で同じ色の髪か目を持つ子が生まれるとか、お伽話の妖精の力だとか。或いは呪いという可能性も聞いたけれど分かりません。分かっている事は絶対にその家を表す特徴を継いだ者が生まれるということだけ。
だから夫や妻の不貞で生まれた子なんかは直ぐに分かるし、夫若しくは妻が子が出来ない身体ならばその血を引いた者……つまり兄弟姉妹の子などを跡取りに据えます。何より重んじるのが血。不思議な事に例えばザルツ侯爵家の娘が他家へ嫁に行った場合、生まれるのはその血を引く特徴を持つ子でザルツ侯爵家の血を示すエメラルド色の髪は生まれないのです。何故なのかは不明でそういうもの、と捉えるしかありません。
そして私は間違いなくザルツ侯爵家の血を引く事を表すエメラルド色の髪。そして有り難い事にお母様と同じアクアマリンの目の色をしています。お母様は宝石と同じ目の色まで持っていたので、どんなに私の顔がお母様と違ってもお母様の娘である事は明白ですわ。お母様はザルツ侯爵家の正統な跡取りでお父様は婿です。ちなみにアクアマリンの目もザルツ侯爵家を表す特徴ですがこれまた不思議なことに髪とは違い目の色は違う者が生まれます。まぁ髪色がエメラルドなら別にいいので目の色が違う者が当主になる事もあるけれど、生前お母様は髪と目共にザルツ侯爵家の当主として喜ばれていました。もちろん次代の私も顔の作りは置いといて間違いなくザルツ侯爵家の血を引くので親戚筋からは喜ばれています。
そんな私の婿としてサニセル様は婚約したはずだったのですが……。まさかの婚約破棄。あの方、私と婚約破棄をしたらもう良いところの婿は望めないと思うのですが。それとも先程一緒に居たハルナル・ミクル子爵令嬢のところへ婿入りするのかしら? でもミクル子爵家には跡取りがいたと思うのだけど。ミクル子爵家の血を引く特徴ある目の色をした、きちんとした方が。ハルナル様もまぁ特徴はありますけれど嫡男がいらっしゃるならハルナル様は寧ろ嫁ぐ方だと思ったのですが……違うのかしら?
まぁ、もう私には関係ないものね。
長かったけれどこれでようやくサニセル様のお世話をしなくて良いのですもの。婚約破棄をされた不安ではなく解放された喜びしか有りませんわね。
***
私とサニセル様は同い年で王都にある屋敷も割と近くて母親同士が友人だったから頻繁に互いの屋敷を訪れていました。それはもう物心ついた時からずっと。サニセル様の家……デニス侯爵家は代々やや暗めの金髪に夜空を思い起こさせる目を持つ。そして何故か見目麗しい一族だ。サニセル様のお母様はどちらかと言えば私に近い平凡な容姿で、私はサニセル様よりも親近感が沸いてました。幼い頃の記憶で印象的なものは殆どがサニセル様と過ごす日々で。7歳まではお互いしか知らなかったためか気にしていなかったのですが……。
子ども同士の交流目的であるお茶会へ7歳の時に2人で参加して初めて私はサニセル様がとても見目麗しい人だと知りました。そしてサニセル様の無邪気な笑顔に女の子達はたちまちサニセル様に夢中になりました。あの頃はまだ女の子同士のケンカも可愛くて。そう可愛かったんです。一生懸命サニセル様と一緒に居ようと私を精一杯睨んでサニセル様の腕を掴むくらいでしたから。
それに対してニコニコと笑っていた私が悪かったのかもしれないけれど。咎めない私に女の子達もサニセル様も調子づいてしまわれて……。年齢が上がるに連れサニセル様は次々と女の子達とデートを繰り返し腕を絡ませ合い、その近過ぎる距離を度々指摘した私をサニセル様は「女の嫉妬は醜い」と蔑まれましたわね……。
2人だけの世界で済んでいた頃はサニセル様を好きでした。私達が婚約したのもお母様同士の仲の良さと同時に私達も仲睦まじかったから結ばれたものだっただけ。
でも7歳で外の世界を知った私達は……とくにサニセル様は次々と女の子達と仲良くなりましたから。その頃から私はサニセル様のことをもう恋愛対象としては見られなくなりましたわ。だってどれほど注意しても反省なさって下さらないのですもの。呆れてしまいますわ。その状況で未だに好きなんて思えるわけ有りません。同時に婚約解消をお母様に訴えたのですけれどお母様ってば親友であるデニス侯爵夫人の育て方に間違いがあるわけがない、と聞く耳を持って下さいませんでしたものねぇ。
そうしてお母様は最期まで親友の息子と自分の娘が結ばれると思ったまま肺炎を拗らせて逝ってしまわれた。お母様の喪が明ける前には私の1歳下の異母弟と義母を我が家に迎え入れた父には呆れて物も言えない。愛人を持つのは貴族の嗜みという古い仕来たりを未だに信じている阿呆な父と私が必要最低限の関わりしか持たないのは、母が他界するよりも前からだった。そういえばその切欠がお母様に代わる代わる女の子達と仲良くなるサニセル様のことを訴えた時でしたわね。
だからあれは8歳か9歳くらいの頃。お母様に訴える私に、お母様が居なくなった後で男とは愛人を持つのが当たり前だと言い放ったのです。まだ淑女とも呼べない年齢の私に何を聞かせるのか、とこの時に父を見限りました。そして12歳でお母様が他界した後、私はこの侯爵家に居ながらもお祖父様……お母様のお父様の庇護を受けていました。具体的に言えば、私付きの侍女と護衛をお祖父様が与えて下さったのだ。とはいえタダでは無いですわ。
お祖父様はお母様も私も愛してはいるけれど同時にザルツ侯爵家の跡取りとして見ているので何の見返りもなく手助けなどしてくれない。お母様は確か侯爵家の跡取りとしてお祖父様に提示した見返りがお父様との婚姻でした。お父様は公爵家の三男として生まれたのだがその公爵家の当時の当主がお祖父様との仲が物凄く悪かった。だからお母様が必死にお父様との政略結婚を結んだので表向きは仲違いなどありませんでした。その表向きで良かったのです。国と王家からどうにか和解せよ、それがお祖父様に命として下っていたのだから。
その命を婚姻という形で見せたから国も王家もお祖父様に何も言わなくなりました。だからお母様はお祖父様の庇護を受けられていましたの。
では私は?
私の場合侯爵家の領地にある商会の立て直しにしました。ここ数年伸び悩み落ち目気味だったので打開策を考えていたようだがその打開策の名案が浮かばない状況でした。そこに私は目を付けたのです。商会は元々ザルツ侯爵領の名産品である果物に力を入れていましたからそこで私は2つ考えました。1つ果物をそのまま売るのではなく乾燥させて日持ちする乾物にすることを提案する。2つ沢山の果物を切ってシロップをかけてデザートとして提供する。このどちらかが当たれば商会の立て直しが図れるでしょう、と。
お祖父様はその案を吟味して実際に私にやらせてみることにしたらしく、私は販売まで携わっていました。取り敢えず結果は直ぐに出なくても立て直し案を出した分は私の価値を認めてくれたらしく、直ちに侍女と護衛を付けてくれました。おかげで私は睨むように私を見る義母の視線も嘲笑う異母弟の視線も煩わしく思うことすらないくらい快適でした。ちなみに私の提案した商会の立て直し案は2つとも採用され半年で結果が出ました。当然立て直しは出来たしそれ以上に売れ行きは好調でしたわ。ここからお祖父様が私に跡取り教育を施し始めました。
そうしておよそ6年。私は本日18歳の誕生日を迎えたのです。まさか誕生日を迎えた私に婚約破棄を突き付けてくる程彼が、サニセル様が阿呆だとは思わなかったけれど。まぁいいですわ。授業を終え次第、サニセル様は婚約破棄と言っていたけれど解消の手続きを行いましょう。あの方は分かっているのかしら。別に政略でもないからお母様達の口約束だけの関係。私達は幼馴染みでお母様達が望んだから婚約しただけに過ぎない。私は元々婚約解消を願っていたのにお母様が死ぬまで認めてくれなかったから解消出来なかっただけだということを。
サニセル様のお母様はサニセル様のお父様と政略結婚されたけれど跡取りであるサニセル様の兄君とサニセル様をお産みになられてから愛人を持たれているのよね。まぁサニセル様のお父様だって居るのだから別に構わないのだろうけど。サニセル様のお兄様はそんなご両親に嫌気が差して婚約者様一筋ですし、婚約者様もそんなお兄様に絆されてお兄様一筋になられました。私のお母様だけでなくサニセル様のご実家であるデニス家のお母様にもサニセル様の行状を訴えたというのにこちらも婚約解消に応じてくれないどころか、さすが自分の息子だと自慢されるような状況。そんな私達を見るに見兼ねてお兄様と婚約者様はデニスのお母様を嗜めてくださっていましたのよ?
ですからサニセル様、貴方様が望んだと訴えれば直ぐにも貴方のお兄様が婚約解消の手続きを私と共に動いて下さいますでしょう。おまけに私は本日を持って18歳を迎えましたもの。大人の仲間入りですわ。監督付きの被保護者ではなくなりましたのよ。契約も私が自らの手で行えますの。当然ながら結婚前から浮気三昧の貴方様との婚約解消を申し出る事も可能ですのよ。
私達はお母様同士の口約束ではありますが、貴族である以上、国王陛下からの承認と貴族院への承認報告はしてあります。その報告書も残されていますわね。ですから婚約解消は国王陛下に解消の承認を頂き、報告書には婚約解消の承認を得たことを書いて頂く必要がありますのよ。そういったことをサニセル様はきちんとご承知だったかしら。
「婚約破棄」と言うだけでは駄目ですのよ。もちろんその手続きは私だけでなくデニス家も納得しなくてはならない。そして成人した私とまだ成人していないサニセル様の代理としてお兄様が手続きを行えば、ようやく婚約解消になりますの。本当にサニセル様には迷惑をかけられっぱなしでしたわね。
まぁ何にせよこれで私は自由ですわ。
お兄様には学園から先触れを出しておいて一度帰宅すればお兄様からの返事が届くでしょうからちょうどいいわね。
***
さて。私とサニセル様のお兄様は無事に国王陛下からの承認を得て貴族院に婚約解消を得たことを記載して頂きまして、一息つきました。もちろん国王陛下直々にお会いしたわけではなく、申請書に婚約解消の申し出をしただけですが。ちなみに我が国は結婚後の愛人は認められますが(古い慣習ですけど)結婚前の不貞は男女問わず許されておりませんのよ。その証拠となるものとして日時・場所・不貞相手の名前を書き記したものを提出しております。もちろん、お兄様の証言もありますし、なんでしたら学園ではサニセル様の浮気は有名ですので第三者の証人もあるかと思われます。というようなことを告げたらあっさりと申請書は受理されて国王陛下のサインが入った婚約解消証明書を頂きまして、その足で貴族院へ参りまして書類に婚約解消の旨を記載して頂きようやく婚約解消出来ましたの。
これでサニセル様の方は片が付きましたわ。
後はあの方達ですわね。
……父と義母と異母弟です。あの3人の行く末を決定する仕事ですわ。これは私がザルツ侯爵家を継ぐのに必要な決断なのですわ。それがお祖父様との約束です。さてどうしましょうか。執事にお父様と義母と異母弟の現状を聞きました。相変わらず義母と異母弟はお父様の稼ぎで贅沢三昧のようですわね。でもまぁお父様も侯爵家の運営資金を使わないだけまだ理性がありますか。この屋敷の維持費やら使用人達の給料やら……そういったものに手を出していないだけ、まだ自分の立場を理解出来ていたようで安心しました。
でも見逃す気は有りませんわよ。
3人が何処に居るのか確認して侯爵家の執務室に来るように伝言させます。執事と私の侍女と護衛に立ち会ってもらいましょうか。
やがて集まった3人が私を不審そうな目で見ています。
「一体なんなんだ!」
お父様が口火を切ります。義母が便乗します。
「そうよ! 私達は忙しいのですからね! 抑お前なんかに何の権利があって私達を呼び出せるの! この能無しの穀潰しが!」
更に異母弟が言い募ります。
「そうだ! 俺達はお前なんかと違ってザルツ侯爵家の者として色々と忙しいんだ! この家から出て行く者ごときが何故呼びつけられるんだ!」
……阿呆はここにもいましたか。
「先ずはお父様の愛人とその息子の誤解を解かせて頂きますわね」
私は当然この2人を家族だなんて思ったことはない。義母と異母弟が顔を真っ赤にして何か言い出す前に切り出した。
「愛人の息子ごときがこのザルツ侯爵家の当主になれるわけがないでしょう」
「「なっ! 何を!」」
「あら本当のことよ? ねぇお父様?」
私が父を見れば苦い表情で、けれど否定はしない。義母と異母弟が何も言わない父を不安そうに見る。
「全く。何故、愛人の息子ごときがザルツ侯爵家の当主になれると思ったのかしら。教育を受けさせていましたの? お父様。このザルツ侯爵家の当主は亡きお母様。そして私ですわ」
「は? 何故お前ごときが!」
義母が喚く。この人、男爵家の令嬢のはずなのに何故こんな簡単な事も分からないのかしら。男爵家は貴族教育を義母に受けさせていないの?
「何を今更なことを。古い慣習が邪魔なこともある我が国ですが何よりも家を継げるのはその血だと重んじられているじゃありませんか」
私の指摘にお父様は苦い表情のままだが無言を貫くが義母と異母弟は分かっていないようでポカンと口を開けた。まぁ間抜けなお顔。
「高位貴族になればなるほど、その血が最優先されますわ。お父様はこのザルツ侯爵家の婿なの。つまり当主ではないわ」
「「そんなまさか!」」
えー。お父様の髪色は黒に間違えられるくらい濃い青ですし目の色も茶色ですわよ? どこをどう見てもザルツ侯爵家の血なんか入ってないじゃない。
「何を勘違いしたのか分かりませんが、お父様はあくまでも婿で当主ではないです。私が成人するまでの保護者という役割でこのザルツ侯爵家に居たに過ぎません」
「む、婿でも俺は間違いなく父上の子だ! だったらザルツ侯爵家の跡取りだろう!」
「そうよ! この子は旦那様の血を引いているのだから!」
「お父様。何にも知らないお花畑なお2人に現実を見せてあげませんでしたの?」
私は呆れた言い分の2人に溜め息をついてお父様を見るがまだ何も言わない。腐っても公爵家の3男だった人だ。血が最優先なのは嫌というほど分かり切っているだろう。ちなみに異母弟の髪はお父様よりやや薄い青。目の色は黒。一滴たりともザルツ侯爵家の血が入っていないので我が一族からは婿の愛人の息子と思われているだけ。一族誰一人として侯爵家の人間だ、と思っていない。
何も言わない父に溜め息をついて2人に諭すように言ってやった。
「高位貴族になればなるほど血が最優先。それは分かりやすいほど分かりやすく形に現れます。ザルツ侯爵家はエメラルドの髪色ですね」
「髪色? それがなんだと……」
反論しかけて義母が黙る。言いたいことが分かったようで何よりだが異母弟は理解していないようだ。
「髪がエメラルドでそれがなんだと言うんだ!」
「ザルツ侯爵家の血を引く者という証になるわね。貴方は一族の会合に出席したことが無いの? 私のお祖父様にお会いした事は無かったかしら? ザルツ侯爵家の血を引く者はエメラルド色の髪をしていたと思うのだけど。逆に言えばエメラルド色では無い者は他家の者なの。ああでも良かったじゃない? お父様と同じ青い髪色ですもの。公爵家の血筋だと認めてもらえると思いますわ。ウチの人間とは思われないだけで。高位貴族ならば誰だって一族の色を持つ者が跡取りって知っている事実よ? そのように教育を受けているの。あなたはそういった教育を受けていないの? それとも頭の中に残っていないの?」
私の指摘に義母と異母弟の顔色が悪くなっていく。一族の会合に出席した事はあるはずだしお祖父様にお会いしたこともあるはずだ。髪色も直ぐに思い浮かんだのだろう。
「あ、あああ」
異母弟が言葉にならない声を上げる。
「理解したかしら? つまりあなたがザルツ侯爵家の当主になる可能性なんてまるでないの。それこそ髪の毛1本程の可能性もない」
私が通告すれば口を開閉するだけで最早言葉どころか声すら出ないようだ。それを見届けると私は父を見据えた。
「さて。あなたの愛人とその息子が理解したようだから本題に入ります。選択肢を与えましょう。今日中に幾許かのお金を持ってここから出て行くか3日後に無一文で出て行くかどちらでもお好きな方を」
「なっ! 私が何故出て行かねばならん! 私はお前の父だぞ!」
「だからなんです?」
「お前は私の庇護が必要なはずだ!」
顔を真っ赤にして声を荒げる父。良くもまぁ恥知らずに父だと言えたものだ、と冷めた目で見れば言うに事欠いて庇護などと言い出した。あまりの面白さについつい笑い声を上げてしまう。父も義母も異母弟も唖然とした後に気味が悪そうにこちらを見る。
「失礼しました。庇護、だなんて全くそのつもりが無い癖にどの口が仰るのかと面白くて笑ってしまいましたわ」
父はバカにされたと思ったのだろう。全身が震えていて一瞬本当に病か、と疑ったが只の怒りだと考え直した。父が口を開いた瞬間に私は両手を打ち合わせて言葉を封じる。そして蔑みを込めて父を見下しながら告げた。
「私の誕生日がいつだかご存知ですか」
「は? 誕生日?」
思ってもみない事だったのかまたも間抜け面を晒した父は呆けたように視線を彷徨わせている。即答出来ない辺りどれだけ私に興味が無いか良く解る。これで良く庇護だ、などと抜け抜けと言ったものだ。
「本日ですわ」
「だからなんだ!」
「だからなんだ? まぁあああ! 私の誕生日どころか私の年齢もお忘れになりましたの? 私、あなたの愛人の息子の1歳上でしてよ?」
「だからなんだ! 18歳になったからなんだと……っ」
怒鳴っていた父はみるみるうちに顔色が蒼白に変わっていく。あら面白い。
「お気付きになられたようで良かったですわ。さすが腐っても元公爵家の3男様。18歳が成人年齢だと気付いて下さり助かりましたわ。……そう。私、本日で成人に達しましたの。もうあなたの庇護など必要なくてよ?」
私の声に感情が篭っていない事に気付いたのだろう。父は蒼白から白に顔色を変えていく。どうやらきちんとこの意味を理解したらしい。父の顔色が悪いのを見て義母が父に「どういうこと⁉︎」と尋ねている。
「あらあらまぁまぁ。さすが只の愛人ですわねぇ。後妻の座を得ても侯爵夫人ではない貴女だからご存知無くても仕方ないですが、お父様はお祖父様とお母様が生きている時に契約を交わしましたの。もちろん書面もございましてよ? そこにはきちんと私が18歳になった時には速やかにこのザルツ侯爵家を出奔する旨が書かれていますの。何故なら成人をした私が本日よりザルツ侯爵家当主だからですわ。只の婿ごときが侯爵でもない男がいつまでもザルツ家に居られるわけがないじゃありませんか」
お母様の命が風前の灯だった時に見舞いに来たお祖父様がそういった契約書を作成しておりました。父はお祖父様に迫られて契約書にサインしております。その契約書はもちろんお祖父様が持っています。そこには私が成人した日にはこのザルツ家を出る事も書かれています。お祖父様はきちんとお父様に愛人がいることも息子がいる事も把握していましたからね。ザルツ侯爵家が食い荒らされないように私が成人するまで庇護をする、と書かれてますの。
そして成人したら私が侯爵家当主という旨も書き記した契約書ですもの。まぁ3日後の私の成人の儀式で正式に国王陛下から私が女侯爵になる事を認められますが、既に誕生日を迎えたのでこの父を追い出しても何の問題も有りませんわ。父と共に義母と異母弟も追い出しても何の問題も有りません。一族はザルツの血が入ってない父の弁えない振る舞いに怒り心頭でしたし、その愛人と息子の振る舞いも気に入らなかったようですから追い出したら「良くやった」と褒めて下さる事でしょう。
「これがお母様だけをきちんと大切にしているかお母様が亡くなっても愛人を後妻に引き入れるなんて愚かな真似をしなければ、私が成人しても私に追い出されなくて済みましたのに。お祖父様もお母様もあなたに愛人が居たのはご存知でしたわよ? だから態々契約書を作成したのです。お母様を亡くした後に愛人を後妻に迎えるような愚を犯した場合、私を蔑ろにしたのと同じですからね。私が成人したら出ていく、と。そんな契約書にサインしたことも忘れてお母様の喪が開ける前から愛人を後妻にするような阿呆だと思いもしませんでしたわ。さぁもう一度伺います。今日中に幾許かのお金と共に出て行くか、3日後に無一文で出て行くか。どちらでも好きな方をどうぞ」
正式な契約書がお祖父様の元にある事から父は項垂れて「今日中に出て行く」と言った。義母と異母弟は侯爵夫人の座と侯爵令息の座を捨てたくない、と喚いている。……だから貴方達は侯爵夫人でも侯爵令息でもないってば。婿の愛人とその息子としか見られてないわよ。
そう思いながらも執事に1週間はやっていけるお金を渡すよう命ずる。その間に何処へなりと向かい、生きて行く術を考えるべきでしょう。お父様のご実家である公爵家に戻ってもそれこそ穀潰しでしょうしねぇ。どうでもいいですが。しかしザルツ侯爵領からは追い出しますわ。これは私の名前で領地にいる領主代理にもしそちらに行ったら追い出せ、と手紙を出してあるから何の問題もないです。
そしてザルツ侯爵家の婿と愛人とその息子は我が侯爵家から追い出しました。6年。耐えた甲斐がありましたわ。取り敢えずこれで一段落かしら。3日後の成人の儀式で正式にザルツ侯爵家の当主だと陛下にお認め頂けましたら学園卒業後暫くは領地経営を中心に勉強しつつ当主の務めを果たす事にしましょう。
***
ようやくここまで来ましたわ。本日は成人の儀です。ザルツ侯爵家一族とザルツ侯爵家と付き合いのある貴族のご当主宛に招待状は出してあります。成人の儀は教会にて司祭様から祝福の言葉を頂きましてその後そのまま教会にて国王陛下にお認めの言葉を頂くのです。一般的な貴族の令嬢・令息は国王陛下から祝福の言葉を直接頂く事はなくて代筆された手紙に陛下の直筆のサインが入ったものが届くだけですが、私の場合は成人と同時にザルツ侯爵家の当主の座に着きます。高位貴族の当主が変わる場合は陛下から直接お言葉を頂くのです。当主である事を認められるという事ですわ。その後お披露目会として我が侯爵家でパーティーを開催しますの。
そのパーティーが問題ですけれどね。私がサニセル様のエスコート無しで現れれば皆様は私が婚約者の居ない女侯爵だと解るでしょうから。私とサニセル様が婚約していた事は皆様ご存知。それなのに婚約者のエスコートが無いということは私がフリーだって証ですものね……。縁談が山となって申し込まれるでしょうねぇ。面倒ですわ。
そう思っていた私なのに司祭様の祝福を受け国王陛下からのお言葉を賜わる時に事件が起きました。ええ事件ですわ。何故なら……
「ザルツ侯爵家当主・イデイラよ。其方は長年の婚約者であったサニセル・デニスと婚約を解消したな?」
「は、はい、陛下」
ってまさかのここで婚約解消の話が陛下から振られるなんて思いも寄らないじゃありませんか! 事件と言っても過言ではありませんわ!
「何故だ?」
「恐れながら……デニス侯爵令息様は婚約破棄を望まれました。その際ミクル子爵令嬢様とご一緒に仰られましたので。せめて破棄ではなく解消という形を取らせて頂きました。陛下からの王命でもなく政略的なものでもなかったためデニス侯爵令息様が成人されていらっしゃらないためにその兄君様が代理に立たれまして無事婚約解消の運びとなりました」
陛下からのご下問に嘘偽り誤魔化しなどしたらいくら我がザルツ侯爵家でも簡単に潰されてしまいますので全てを申し上げましたわよ。ミクル子爵令嬢様は厳密に言えば一言も言ってはいませんがサニセル様と共に同席した時点でサニセル様と同意見を仰った、と捉えられてもおかしくないのです。
「成る程。あい解った。だが其方はザルツ家の当主。その責務の一つとして後継は急務だ。取り急ぎ婚約者を決めるが良い。分かったな?」
「承りましてございます」
まさかの陛下直々のさっさと新しい婚約者決めとけ命令っ! これ諾以外の答えがあるわけないじゃないですかっ! そんなわけで私は満足そうな表情をした陛下の前から辞して教会を出ました。あああこの後のお披露目会で婚約者の居ない次男以下の方達から新たな婚約者を探す必要がでてしまいましたわー! 泣きたい。まぁ仕方ないですわね。ザルツ侯爵に伴侶が居ないと子が望めませんもの。さすがに秘密の恋人とか男娼とかの子を身籠るわけにはいきません。私は侯爵。世間体にも伴侶が居ないのに子を孕ったとなればザルツ侯爵家に泥を塗るのと同じこと。早急に伴侶を探す事に致しましょう。
そんなわけで私のお披露目会が始まったのですが。陛下のは事件ですがコレは問題ですかしら……。私が招待したのはサニセル様のお兄様とご婚約者様だけだったのですが、何故かサニセル様とお母様がいらっしゃいます。サニセル様のお兄様をチラリと見れば怒りのためか顔が真っ赤……。お兄様はご存知なかった、と。一体どこから情報を仕入れてどうやって我が侯爵家に入り込んだのかしら。……いえ、入り込めるかもしれませんわね。私が婚約解消したのは3日前。執事を含めた使用人や門番や護衛には話しておりませんでしたから。これは私のミスですわね。
まさか乗り込んでくると思いもしませんでしたもの。厄介ですわねぇ……。でもまぁ私が婚約者のエスコート無しだった事は皆様に理解して頂けていますからダンスのお誘いは凄まじいことになりそうですわね。そうなるとサニセル様に構うこともないですわね。
***
女侯爵となった挨拶を終えた後歓談とダンスがこういったパーティーの定番でして。終えた直後からやはりダンスの申し込みが殺到致しました。が。
「どけっ! イデイラは私の婚約者だ!」
と怒鳴りながらお母様を引き連れてサニセル様が私の前まで現れました。今更何を仰っておいでなのかしら。私の真ん前に立ってさも当然の如く手を差し出して来ましたが何故私がその手を取ると思っていらっしゃるのでしょうか?
「護衛の皆様。こちらのお二人は私、招待しておりませんのでお引き取り願いますわ」
私の後ろで護衛をしている方達に声をかけるとサニセル様とお母様が呆然とした表情を浮かべます。途端にクスクスと洩れる失笑に我に返ったサニセル様が顔を真っ赤にさせました。
「何を言っている! 俺はイデイラの婚約者だぞ!」
「それこそ何を仰っておいでなのかしら? 私とサニセル・デニス様との婚約は3日前に婚約解消されていますわ。そして何故招待状も無しに此処にいらしているの?」
「なっ! 何を! 招待状など無くても婚約者なのだから当然だ!」
「いえ。ですからサニセル様との婚約は解消されておりますわ」
「何故そんな嘘を! 母上はご存知なのか!」
「知りませんよ。ねぇイデイラ。あなたそのような嘘をこのような場でつくのはどうかと思うわ。女が侯爵を務められないと見られても仕方なくてよ? サニセルに大人しくお譲りしなさいな」
ああ。お母様が信じていらした友人とはこのような方でしたか。ねぇ亡きお母様、こんな人の何を信じて友人でしたの?
「母上。サニセル。あなた達は我がデニス家の恥晒しです。下がりなさい!」
あらサニセル様のお兄様、かなりお怒りですわねぇ……。
「兄上! 何故あなたが此処に!」
「私は正式な招待客だ。それにお前も母上も聞いていなかったようだがきちんと説明したぞ。サニセルとイデイラ嬢の婚約はきちんと解消された、と」
「なっ! どういうことですか! 兄上!」
サニセル様ってば説明されていたのに聞いていなかったのですの? はぁ相変わらずご自分の都合の良いことしか聞かない耳ですこと。どれだけ私がそれに苦労してフォローしてきたことか。
私が遠い目をしている間にお兄様はサニセル様とお母様にご説明していらっしゃるようですわね。周囲の婚約者の居ない紳士の方達が真剣に聞いていらしてちょっと怖いですわ。
「というわけで、国王陛下からの承認を経て貴族院にも連絡済みで書類に婚約解消と記載されている。つまり婚約解消は国に認められている!」
お兄様、かっこいいですわねー。本当にこの方は真面なのにどうしてサニセル様とそのお母様は残念さがそっくりなのかしら。
「付け加えさせて頂けますならば、先程教会で祝福を受けた時に国王陛下から何故婚約解消を申し出たのかとご下問がございましたので、素直にサニセル・デニス様が婚約者である私の前で他の女性とかなり親しいと思われる距離で私に婚約破棄を申し出て参りましたので了承して婚約を解消ということに致しました、と奏上致しましたの。陛下からは新たな婚約者を取り急ぎ決めるように勿体なくもお言葉を賜りましたので、このお披露目会で候補者の方を募ろうかと思っていますのよ」
私が先程のやり取りをサニセル様に聞かせればサニセル様のお顔が蒼白になっていますわ。そして隣のお母様も。もう国王陛下がご存知でお認めになられたならば再度の婚約は結べない事に気付かれたようですわね。おまけに先程の女が侯爵を務められない云々が暴言だという事にも気付かれたでしょうか。
私はもうザルツ侯爵令嬢ではなくザルツ侯爵なのですもの。侯爵夫人であるサニセル様のお母様より地位が上なのですわよ? そこに気付いたかしらね。それもサニセル様に譲れ、なんて言葉を私に投げかけた以上、それはデニス侯爵家が我がザルツ侯爵家を乗っ取ろうとした、と見られてもおかしくない発言でしたけれど。お分かりになられたかしら?
「では、サニセル・デニス様。またデニス侯爵夫人。招待客でない以上はザルツ侯爵家を出て頂きましょうか。今すぐに出て行って頂けますならデニス侯爵夫人の無礼な発言を無かったことにしてあげても構いませんわ」
私に見下されてお母様は頬を痙攣らせましたけれど、貴族院に訴えてもよろしいのですわよ? 貴族院は私達貴族を法で厳しく監視している所ですもの。血を重んじる貴族が乗っ取り発言をした……なんて訴えられたらデニス侯爵家に傷が付きますものね。
お母様は其処に気付いたご様子で蒼褪めたままサニセル様と共に帰ろうとしているようですわ。護衛の皆様に促されているのもあるのでしょうけれど。ですが、サニセル様が呆然とした表情のまま少しも動きませんわ。あらあら一体何に驚いていらっしゃるのかしら? サニセル様がピクリとも動かない時って驚いていらっしゃる時なのですわ。そんな事が解るくらい、私達はずっと一緒でした。仕方ないですわね。幼馴染みの情くらいはありますもの。お声掛けいたしましょうか。
「サニセル・デニス様。お帰りは彼方でございますわ」
私がにこりと微笑んで促せば、サニセル様はハッとした表情を浮かべました。ああ気付かれましたわね。では帰って下さいませね?
「なんで! なんでなの⁉︎ イーラちゃん!」
あらあら。随分と懐かしい呼び名ですこと。小さな頃はサニセル様は私の名前・イデイラを呼べなかったのでイーラちゃんと呼んでいらっしゃいましたわ。懐かしい。
「なんでとは?」
「だって。だってイーラちゃんが居なくちゃ、誰が朝、起こしてくれるの⁉︎」
ああやっぱりそれですか。
「サニセル様にはお母様もいらっしゃいますし、別の方と婚約をすればその方が起こしてくださるのでは?」
「そんな! 酷いよ! イーラちゃんじゃなきゃ誰も起こしてくれないよっ!」
……。本当に子どもですわね。いえ、まだ3歳くらいの子どもの方が可愛げがありますわぁ。サニセル様はもうすぐ成人するという年齢なのにこの発言……。やはり甘やかし過ぎましたかしら。
「もう私には関係ないことですわ。どうぞお引き取りを!」
同時に護衛の皆様にサニセル様とお母様を追い出してもらいました。
それから私は今の騒ぎを謝罪しまして、後程お詫びの品をお送りしますことを伝えました。皆様、余興という事にして下さり不興を買わなくて安心しましたわ。サニセル様のお兄様には申し訳ないですが後程この事に関してデニス侯爵家から慰謝料を頂きませんと。私のお披露目会を台無しに仕掛けたのですもの。当然ですわね。
さて。私は何人もの紳士からダンスを申し込まれました。全ての方と踊るのは少々体力的な問題が有りますからある程度踊ったら休みましたけれど。そこへサニセル様のお兄様とご婚約者様がいらっしゃいました。先程の騒ぎの謝罪かしら。
「イデイラ嬢、済まなかった」
「いいえ。ご存知なかったようですもの。仕方ないですわ。……それにしてもサニセル様は、私のことを本当に母親のように思っていらっしゃいましたわね……」
「……ああ、それも済まない」
お兄様が遠い目をされています。
まぁ分かります。サニセル様は寝汚い。本当に寝汚い。幼馴染みだった所為かあの方をほぼ毎日起こしておりました。とにかく朝が弱いのかカーテンを開けて眩しくても眠っていますし、耳元で名前を呼んでも揺さぶっても頬を叩いても軽く抓っても起きないお方なのです。掛け布団を引き剥がしサニセル様の両頬を叩いても起きなくてデニス家の使用人数名と無理やり身体をベッドから起こします。上半身だけだとそのまま突っ伏して寝てしまいますのでベッドから足をおろして立たせるまでが毎日の日課でした。もちろん、婚約破棄を告げられたあの朝もそうして起こしていましたの。そうして起こして侍女達に着替えさせられ顔を洗ってもらって朝食を取る頃にようやく目が覚め始めて身支度が終わる頃にようやく目が覚めますのよ。
目が覚めてしまえば、それなりにモテるサニセル様の出来上がりになりますから女の子達はそんなサニセル様の真の姿をご存知なくてサニセル様もサニセル様で私にそこまで世話を焼かせておいて蔑ろなんですもの。どう考えても私が割に合いませんわ。それでもまだ幼馴染みとしての情が有ったからどれだけ婚約解消を願っても解消を了承してもらえなかった事もありまして、仕方なく結婚後もこうなのだろうと思って諦めておりましたの。
ですが……。
私の誕生日当日に婚約破棄を申し出てきたサニセル様でしたが、その1週間前に私は心底サニセル様のことを見限りましたの。
あのミクル子爵令嬢様相手にサニセル様が仰った言葉で。
「イデイラ? ああ婚約者というより母親みたいなものなんだ、あの女は」
この一言でもう疲れ果てました。
私も自分が婚約者ではないような気がしていたのですが……。
母親扱いされては、多分、違いますわね、コレ。と思いまして。私を婚約者ではなくかと言って幼馴染みでもなく母親として見るならばもうサニセル様の面倒は見たくなかったのです。
それでも長年染み付いた習慣は直ぐに辞められませんでしたが。
婚約破棄を突きつけられてようやくお役御免な気持ちになりました。もうサニセル様のために無駄な時間を作る必要が無いと思えば清々しい思いしかありませんわ。
まぁその分嫌な記憶の誕生日になってしまいましたけれど。
そんな事を思い返しながら私はお披露目会のホスト役を務め上げました。後日使用人達に何故サニセル様が入れたのか確認したところ、やはり私が婚約解消をしたとは知らなかったことが原因で招き入れたそうです。まぁコレに関しては話しておかなかった私が悪いですから次からは気をつけて、と話しておくだけでした。執事に伝え損ねてましたわね。お父様達を追い出すので精一杯でしたのよ。
その後、サニセル様が何度か我が家を訪れたそうですが執事達に追い返されていたようです。報告を受けるだけですから後から知りましたわ。更にはこちらが忘れた頃を見計ってお父様と義母と異母弟が我が家を訪れたそうです。金の無心かしら? 払うわけがないですわ。次に来たら貴族院に訴えて裁判にして頂こうかしら。
そんな間に私はお披露目会でダンスを誘って来られた紳士の何名かとお会いする事にしました。……目下早急に新婚約者を決めなくてはなりませんからね。
疲れますわー。まだまだ未熟な当主ですが有り難い事にお祖父様が後見人になって下さってますし、私を正統な当主として支えてくれる一族がおりますから何とかやっていけてますわ。使用人達も優秀ですしね。家族と婚約者には恵まれませんでしたが、補って余りある人間関係と考えれば、結果的には帳尻が合っているのかもしれませんわね。
求められた役割は婚約者じゃなく母親……
まだ一文字も書いていませんがサニセルサイドを書いて完結します。
サニセルサイドではイデイラが(起こす時だけ)何故母親役を押し付けられたのかということを書きます。
まぁサニセル母がああいう方なので……。
急いで執筆する予定ですが、何日か間隔が空くと思います。1週間以内には書き上げられると良いな……。