インビジブル・バレット
どうも、星野紗奈です♪
今月はとりあえず、今まで書いていたものを置いていこうかなと思います。
だいたい夏あたりに書いていたものが多いです。
まだまだつたない文章ですが、どうかお付き合いください。
それでは、どうぞ↓
「国語とかだるー。やる意味あんの?」
「それな。普通に生活してればわかるじゃん」
「どーせお偉いさんが『伝統が〜』とか『昔の教訓を〜』とか言ってるんでしょ」
廊下で跳ねる音の中で、私はそんな言葉を拾った。確かに、生活に困らないようにするというのが目的ならば、わざわざ高校生になっても母国語を学ぶ必要はないだろう。私も、昔はそういうふうに考えていたから、その意見をむやみに切り捨てることはできなかった。
私たちが使っている言葉は、日を重ねるにつれて、段々と重みや厚みを失っているように感じる。ポジティブもネガティブも「やばい」の一語で集約できてしまうし、インターネットでは匿名性を利用して好き勝手意見するようになった。戦場の「生きたい」の声は聞こえないのに、誰かが電子空間に書き込んだ「死にたい」の文字はいとも簡単に広がっていく。こんなにも言葉の存在を軽視しているなんて、この世界は狂っているのではないかとさえ思えてくる。
「瑠璃(るり)、どうしたん?」
「いえ、別に」
「ああ、いつものやつやな」
翠姫(みずき)は少し悲しそうに、柔らかく笑った。
この世界は、もう一度『言葉』というものについて考え直す必要がある。しかし、人々は態度を改善するどころか、その酷い現状にすら気がついていない。よって、あらゆる世界の言語意識改革を目的とする団体「LAR」の一員である私たちが派遣された。
「うち、今日気になるところ見つけたんよ。行ってもええかな?」
「ええ、わかった」
この世界に来て、もう何度言語意識改革活動を行ったかわからない。軽率な暴言、自己中心的な妄想のこじつけ、無謀な責任転嫁。小さなことは積み重ねているものの、残されている問題を上げたらきりがない。ここまで深刻な状況に直面したのは初めてで、あまりの酷さに呆れてくる。こればかりは「いつかは誰かがやらなければならないことだ」と割り切って行くしかない。
「ねー、こいつ歌下手じゃない? しかもブスだし」
「うわ、ホントだ。コメントで言っちゃいなよ」
翠姫の背中を追った先には、スマートフォンに夢中の三人組がいた。
「なあ、やめといたほうがええんとちゃう? 好きで動画見た人が悲しむと思うんやけど」
へらりと笑いながら声をかけた翠姫に、懐疑の視線が突き刺さる。当の本人はそれらをものともせず説得を試みるが、埒が明かないようだ。仕方がないので、私も話に介入することにした。
「見えないだけで、私達は極めて殺傷力の高い武器、すなわち『言葉』を持っている」
「『言葉』が武器? まじありえないんですけど」
川谷がそう言ったのを皮切りに、彼女たちはいかにも私たちを馬鹿にしているといった様子で、下品に大きく笑った。高い声が嫌に頭に響く。ああ、やはりこういう人格の者を諭すのは面倒だ。
「あなたたちが使っとる『言葉』は、実在する物体ではないけど、例えばナイフや銃と同等の物なんよ。『ペンは剣より強し』っていう言葉にはそういう意味も含まれてるしな。要するに、今あなたたちがしようとしとったことは暴力そのものってことや」
翠姫がそこまで言うと、坂口は嘲るように息を吐いた。
「まさか、あんなしょーもない言葉をまともに受けとめるやついんの?」
「あのな、しょうもない言葉で傷つくのは受け取った人だけやない。その行為を見て苦しむ人もおるんよ」
坂口の発言に翠姫はむっとした表情を見せる。私とは違い、翠姫は感情にのせられやすいのが欠点だ。そのせいで暴れだすなんてことはないけれど、冷静な判断が出来なくなるということは、後々私たちにとって致命的な問題を引き起こすだろう。だからこそ、私と翠姫は長年バディでいるのかもしれない。
「ろくに訓練もせず銃を撃ったら、ターゲット以外のものに当たってしまう可能性がある。そんなことも知らないの」
私がそう言うと、彼女はキッと睨みつけてきた。なるほど、感情的になりやすいのは翠姫だけではないらしい。
「だいたい、急にそんなこと言われても実感ないからわかんないし」
「じゃあ、見せたらいいのかしら」
「そんなに言うなら見せてみなよ」
初めは穏便に済ませようと考えていたのだが、終わりが見えない。そこで、安い挑発の言葉を投げてみれば、見事に釣られてくれた。すると、翠姫が少し慌てたように話しかけてきた。
「ちょっと瑠璃、それはあかんとちゃうのん? あの子、結構重症なんやけど」
「知らないわ。自業自得よ」
私は左から右へザッと手を振りきり、空間の認識方法をLAR基準に変更した。
「あんた中二病? 何も変わってな――」
坂口は無実を主張するように両手を大きく広げて、そう言いながらぐるりとあたりを確認した。するとどうだろうか、彼女は軽い悲鳴を上げてへたりこんでしまった。川谷も坂口の視線を追って、目を見開いた。
「な、なんであんた血まみれなの」
震える指が捉えたのは、強気な彼女たちの後ろで笑っていた安部だった。右肩と腹部に銃弾が何発も貫通したような跡があり、今も溢れ出る血は留まることを知らない。本人は驚いたように自分の体をまじまじと見たあと、眉尻を下げた。
「これが『言葉』で傷つけられた跡や。うちらはこんなふうに実際の怪我として『言葉』の被害を認識出来るんやけど、この世界の人にはそんな能力あらへんから、気づかんのや。あなたも、見たものを否定しないってことは、何か心当たりがあるってことやろ?」
黙っていた安部は、翠姫の言葉にピクリと反応し、ゆっくりと口を開いた。
「さっき見てた動画、私の昔の友達が投稿したやつなんだ。だから、あんまり悪口言われると、ちょっとしんどいなって」
よほど暗い過去を思い出したのか、表情が段々と曇っていく。空気がしんと静まったのにはっとして、安部は苦笑いをした。そんな彼女を見て、川谷が怒気を込めた言葉を発した。
「私たちがいるのに昔の友達の方が大事なわけ? まじ意味わかんないんだけど」
感情を取り乱しているわけではなく、じっとりと睨みつけるような言い方だ。そこには、ほんの少しの嫉妬が見えた気がした。
そんな川谷の問いかけに対し、安部はぐっとつばを飲み込み、確かな意思を持って話し始めた。
「私、中学入る前くらいまですっごいブスでさ、友達いなかったんだよね。でも、あの子だけはずっと仲良くしてくれてたの。そんな子がネットで貶されてるのもそうだけど、自分が『ブス』って言われてたのも思い出してさ」
すると突然、先程まで隅で震えていた坂口が勢いよくバッと立ち上がり、感情のままに叫んだ。
「ふざけんな! 急に被害者アピールして、私たちが悪いみたいな、そんな言い方ないでしょ。こっちだって好きで一緒にいたわけじゃないっつーの。っ、もう、あんたなんか」
「待っ――」
翠姫の制止の声も虚しく、坂口は言ってしまった。
「消えればいいのに!」
ばんっ。
その瞬間、一発の銃声が教室に響いた。そして、小さなうめき声が漏れた。それは紛れもなく、安部の声だった。
「はっ、なんで。だれ、が」
川谷が掠れた声で小さく呟いた。目線の先には生々しい赤で染め上げられた彼女がいる。
「安部さん、大丈夫?」
あまりの衝撃に固まっている二人を放置して、翠姫は安部に駆け寄り、声をかけた。すると、流血が徐々に止まり、彼女の表情も柔らかくなっていった。
ふと、かしゃん、という音が教室に響いた。
「銃なんて、持ってなかったのに。どういうこと? 私が、やったの?」
黙り込んでいる川谷とは対照的に、坂口は声に出すことで何とか自我を保っているようだ。少々、やりすぎてしまっただろうか。
「びっくりさせてごめんな。『言葉』の傷は実際の外傷とは違うもんやから、即死になることは少ないんよ。でもな、『言葉』っていうのは、使い方によってはとんでもなくたちが悪いもんで、相手のことをじわじわ苦しめて、蝕んでいくんよ。だから、今後はもう少し意識してほしい。『言葉』はな、確かにこうやって人を傷つけてしまうこともあるけど、癒やすことも出来るんや。だから、ふとした瞬間の『言葉』を大事にしてくれな」
ふわりと笑いかければ、それぞれがこくりと首を縦に振った。母親に諭されている時の子供のように、真っ直ぐな明かりを目に宿していたから、きっとしばらくは大丈夫だろう。
アイコンタクトで翠姫から合図が送られてきた。今回の目標も無事達成し、ひとまず安心した。これで彼女たちとは無縁の状態に戻る。
「私たちのことは忘れてもらう。だけど、今日見た光景だけは――どうか、忘れないで」
パチンという軽快な音を最後に、彼女たちは眠りについた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'ω'*)