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   城慧一・3


「え? で?」

「連絡先を交換してきた」

 閉店した後、轍はオレや濱にそう報告した。

 は? オレたちは轍の言葉をすぐに理解できず、手にしたブラシを無意味に動かす。

「轍と?」

「店のアカウントと繋がっていると、またファンが押し寄せるからな。お互いに正体を隠す身としていいだろう」

 うんうん、と頷き、轍は自分の判断に満足げだ。

 いや、そうだけど。そうだけど!?

 轍が日々果の店員としてふるまったことが嬉しくもあり、鷲谷と個人的に連絡先を交換していることが妬ましくもあり。

 濱がいる手前、個人的な嫉妬を前面に出すわけにもいかず、小さくむくれることしかできなかった。

 本来だったら、芸能人と連絡先を交換したことにミーハーな羨望を向けるのだろうが、どうして鷲谷麟が轍と繋がってるんだと、ただただ問い質したかった。

 いや、轍には芸能人である前に、一人の客なんだ。自分のフルーツサンドを絶賛する客にどうしたら長く食べてもらえるか、その結論がアカウントの交換だった。自宅に帰る頃には、鷲谷がフルーツサンド好きで日々果の熱烈なファンなのだということをじわじわ実感し、機嫌は大分直ったと思う。

「ほら」

 帰宅し、今日分で終わりのつくり置きを温め直していると、轍が自分のスマホをオレに見せる。

 鷲谷の個人アカウントはモノクロの手のひらという、少しナルシシズムの漂うものだった。わかるんだよ、オレもそういうチョイスする人間だから。

『轍さん! 今日はありがとうございました! フルーツサンドめちゃくちゃおいしい♡ また差し入れ頼んでいいですか?』

 もう轍さん呼びなことにムッとするも、人好きされそうな語感に感心せざるを得ない。

「……人気出そうだな、こいつ」

 人気出てるんだな、もう。オレたちは知らなかったけど。

 別に有名人御用達じゃなくていい、とは言ったものの、実際に有名人に好かれるとそれはそれで嬉しいものだ。それも、円満に事が収束しつつあるからだろう。あのファンの波の最中だと、決して思えなかった。

「まあ売り上げ伸びるし、いっか」

 上から目線で結論づけると、轍は呆れて笑う。まっすぐな眉を少し垂らした顔は、オレがどんなワガママを言っても許してくれそうで安心する。その感じすら懐かしく思った。

「で? デリバリーどうだった?」

「ああ……問題なかった」

 轍から出た言葉に、オレは体の内側から小さな感激がわき起こるのを感じる。

 問題ない。

 そうか。よかった。

 まるで、はじめてのおつかいだ、とオレはおかしくなる。

 二回目のおつかいも、その後も続くかはわからない。けれど、はじめてのおつかいが「問題なかった」のは、とても重要なことだと思えた。

 轍は小さい子どもじゃない。自分でも何かを変えていきたいと考えて、鉄面皮の奥でいろいろなことを思案し、トライアンドエラーをくり返している。根っからの職人だ。その背中を見るたび、少ない言葉を聞くたび、オレにできることは何なんだろうと思いはせる。

 ただ。高校生の頃のように笑い合っていたいことだけは、きっとずっと変わらない。

「はあ~、ちょっと気持ちが楽になったわ」

 執拗なファンがすぐにいなくなるというわけではない。それでも、鷲谷に対するわだかまりが小さく溶けて、今までの苦労がどこか浮かばれた気になる。

 その日は、久しぶりにきちんと夕飯を味わえた。心持ちだけでこんなに感覚が変わるのかというほどに舌の上に味覚が躍る。

 忙しさとストレスでストップがかかっていた身体に、鮮明な五感が戻ってくる。

「ごちそうさま!」

「ご馳走様」

 食べ終えて伸びをすると、全身にあたたかい血が巡った。

 夕飯の洗い物をする轍の背を見つめる。中学生まで野球をしていたと言っていたが、別段スポーツ漬けなわけでもないのに背中が広い。その背が小さく縮まらないように、丸く項垂れないようになってほしい。轍の背はそうするためにデカいわけじゃないんだ。

 オレは立ち上がり、吸い寄せられるようにその背にひっつく。一瞬の硬直の後、すぐに背筋は弛緩した。あたたかい。頬を寄せる。

「な、轍」

 甘く囁くと、蛇口の音がしばらくして止まった。

「明日休みなんですけど」

 見えない轍の表情を想像する。オレと同じであればいいと思う。

 わずかに高い轍のこめかみを見つめ、ただ、轍のゴーを待つ。

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